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第二章 サイケデリック革命ラバーズ
人間を、助けてあげたいって思わない
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子ども時代から今に至るまで、年上の妖精たちに何度も何度も怒られてきたこと。ローザはあんなにも妖精らしくて他人を助けることをいとわないのに、どうしておまえはそう無関心でいられるんだ、って。ローザが慌てて駆け寄るようなところでも、おまえは、ぬぼーっとした顔をして突っ立ってるだけ。手があるだろう。足もあるだろう。目も耳も口もある。そして、魔法もある。おまえは、他者を――人間だって、助けることができる。妖精というのはそういうものだ。そういう存在こそが妖精だ。それなのにおまえは――、
幼かったオレはじっとりと大人を睨み上げて言った。
じゃあオレは妖精じゃないんじゃないの。
そう言って、平手で頬をはたかれたあの日は――今思い返しても、あまり、気分のいいものではない。……ローザも知らないささやかなオレの過去だ。はたかれたことなど、後にも先にもあの日だけ。妖精も必要に応じて暴力をふるうこともできるのだということは――もしかしたら、妖精界の最高機密なのかもしれないな、って。だって妖精は善良を本質とする。
だから、オレは、そっけなく答える。
「……別に」
「もう。レオンってばいつもそうなんだから……」
でも、ローザは悪い顔をしていない。
しょうがないなあ、って。全くの同い年なのに、こういうときだけどこかお姉さんぶっているような顔をして。
「――あなたがどういう気持ちでも、私がそうしたいんだから手伝いなさい?」
……ああ。
ローザのこの頼みごとに、オレが――勝てたことなど、果たしてあるのだろうか。
難易度が鬼畜だともっぱらの評判のゲームの超上級のクエストでも、強敵に立ち向かい、勝利を手にするこのオレでも……ローザの一言にはオレは、勝てないのだ。やはり。
だからオレは、返事をする。
「……はいはい」
とてつもなく億劫そうに、面倒くさそうに、おまえのせいでこっちは散々だよみたいな、そんなポーズを絶対に崩さない。……崩せない。
オレは何てことないことのように言う。
「そんじゃ、行くぞ。授業はじまっちまう。これ以上悪目立ちするのはまずいだろ」
「レオン」
急にローザは心細そうになってオレの名前を呼ぶと、学ランの腰あたりをきゅっと掴む。
不安そうで。……それでいてオレのことはたぶん信頼してくれていて。
いつもそうだ、こいつは、……いつも、そう。
だからオレもいつものように馬鹿みたいに明るく、笑い飛ばしてみせる。
「なんだよ、また急にしおれちゃってさ」
しおれる――それは、オレとローザの間で通じる言葉。炎のようでいて、……あるいは、薔薇のように華麗などと言われるローザ。でも実際は、毎日、毎日、しおれ続けているのだ。
ローザは、きゅっと口を真一文字に結ぶ。ふっとうつむく。
そして、ぽすん、と。オレの胸にその頭を軽く当てた。
こういうときのローザは、優等生でもなければ女児でもなくて――オレはこういうときの気持ちを、どうしていいのか、いつもわからない。まだローザよりもチビだったくらいなガキのころは何が何だかよくわからず、声変わりするころに、かわいい、という概念を発見して楽になったような気がしてた。けれどもそこからまた数年経って、オレのこの感情は、そんなきれいな言葉では片づかないと知っている。……知っているだけでどうしようもないし、まさか誰にも言うことはできないが。
ちなみに。妖精間では、愛情はあっても恋愛というものはありえない。
もちろん……子どもをつくるとかいうことも、できない。できないというより、妖精はそもそもそういった機能もなければそういった欲求も持たないものなんだそうだ。
だから――おかしいのは、オレだけなのだろう。
こうやって。そういった。気持ちを感じてしまうということは――。
オレはポンとその赤髪のてっぺんに手を乗せた。
「だいじょぶだよ。そんな心配すんな。どうにかなるよ」
「……ほんと? どうにかなる?」
「や。違うな。厳密に言うなら、どうにかするんだな」
手を離す。手には、ローザの細い髪の毛の余韻。
ローザは癖っ毛で自分の髪が嫌いといつも言うけど、そういうところはむしろそっちがギャルゲーの主人公並みに鈍感なんだよな。や、ローザの場合は女だから乙女ゲーってことになるのか? オレ、乙女ゲーは守備範囲外だからちょっとよくわからんのだけど。……まあ。でも。この空想はやめておこうと思った。ローザに言い寄ってローザとうまい感じの仲になるイケメンなんていうのは、すこし、いやたぶんかなりめちゃくちゃ不愉快だ。
「とりあえず、校舎のなるべく近くの人がいないところまでテレポーテーションするぞー。裏庭から教室まで全行程を走るとか無理ゲーすぎる」
「そうやって怠けてちゃ駄目よ! そもそも、妖精たるもの足腰もちゃんと鍛えておかないと……」
「違くて。始業まで、後一分もないっぽい」
オレは入手したばかりのスマホの画面を見せた。ローザはなんか驚いている。
「えっ、それって時計でもあったわけ?」
「時計でもあるし、時計だけでもない」
「レオンの言うことってときどきわからないわ」
「オレもおまえのことがときどきわからないよ。……ほら、行くぞ」
オレたちは手をつないで、シュンとテレポートした。
幼馴染の美少女とぎゅっと手をつないで、いざ、と戦いの地に赴くという絵面。
……これだけだったらオレが充分物語の主人公なんだけどなあ。
幼かったオレはじっとりと大人を睨み上げて言った。
じゃあオレは妖精じゃないんじゃないの。
そう言って、平手で頬をはたかれたあの日は――今思い返しても、あまり、気分のいいものではない。……ローザも知らないささやかなオレの過去だ。はたかれたことなど、後にも先にもあの日だけ。妖精も必要に応じて暴力をふるうこともできるのだということは――もしかしたら、妖精界の最高機密なのかもしれないな、って。だって妖精は善良を本質とする。
だから、オレは、そっけなく答える。
「……別に」
「もう。レオンってばいつもそうなんだから……」
でも、ローザは悪い顔をしていない。
しょうがないなあ、って。全くの同い年なのに、こういうときだけどこかお姉さんぶっているような顔をして。
「――あなたがどういう気持ちでも、私がそうしたいんだから手伝いなさい?」
……ああ。
ローザのこの頼みごとに、オレが――勝てたことなど、果たしてあるのだろうか。
難易度が鬼畜だともっぱらの評判のゲームの超上級のクエストでも、強敵に立ち向かい、勝利を手にするこのオレでも……ローザの一言にはオレは、勝てないのだ。やはり。
だからオレは、返事をする。
「……はいはい」
とてつもなく億劫そうに、面倒くさそうに、おまえのせいでこっちは散々だよみたいな、そんなポーズを絶対に崩さない。……崩せない。
オレは何てことないことのように言う。
「そんじゃ、行くぞ。授業はじまっちまう。これ以上悪目立ちするのはまずいだろ」
「レオン」
急にローザは心細そうになってオレの名前を呼ぶと、学ランの腰あたりをきゅっと掴む。
不安そうで。……それでいてオレのことはたぶん信頼してくれていて。
いつもそうだ、こいつは、……いつも、そう。
だからオレもいつものように馬鹿みたいに明るく、笑い飛ばしてみせる。
「なんだよ、また急にしおれちゃってさ」
しおれる――それは、オレとローザの間で通じる言葉。炎のようでいて、……あるいは、薔薇のように華麗などと言われるローザ。でも実際は、毎日、毎日、しおれ続けているのだ。
ローザは、きゅっと口を真一文字に結ぶ。ふっとうつむく。
そして、ぽすん、と。オレの胸にその頭を軽く当てた。
こういうときのローザは、優等生でもなければ女児でもなくて――オレはこういうときの気持ちを、どうしていいのか、いつもわからない。まだローザよりもチビだったくらいなガキのころは何が何だかよくわからず、声変わりするころに、かわいい、という概念を発見して楽になったような気がしてた。けれどもそこからまた数年経って、オレのこの感情は、そんなきれいな言葉では片づかないと知っている。……知っているだけでどうしようもないし、まさか誰にも言うことはできないが。
ちなみに。妖精間では、愛情はあっても恋愛というものはありえない。
もちろん……子どもをつくるとかいうことも、できない。できないというより、妖精はそもそもそういった機能もなければそういった欲求も持たないものなんだそうだ。
だから――おかしいのは、オレだけなのだろう。
こうやって。そういった。気持ちを感じてしまうということは――。
オレはポンとその赤髪のてっぺんに手を乗せた。
「だいじょぶだよ。そんな心配すんな。どうにかなるよ」
「……ほんと? どうにかなる?」
「や。違うな。厳密に言うなら、どうにかするんだな」
手を離す。手には、ローザの細い髪の毛の余韻。
ローザは癖っ毛で自分の髪が嫌いといつも言うけど、そういうところはむしろそっちがギャルゲーの主人公並みに鈍感なんだよな。や、ローザの場合は女だから乙女ゲーってことになるのか? オレ、乙女ゲーは守備範囲外だからちょっとよくわからんのだけど。……まあ。でも。この空想はやめておこうと思った。ローザに言い寄ってローザとうまい感じの仲になるイケメンなんていうのは、すこし、いやたぶんかなりめちゃくちゃ不愉快だ。
「とりあえず、校舎のなるべく近くの人がいないところまでテレポーテーションするぞー。裏庭から教室まで全行程を走るとか無理ゲーすぎる」
「そうやって怠けてちゃ駄目よ! そもそも、妖精たるもの足腰もちゃんと鍛えておかないと……」
「違くて。始業まで、後一分もないっぽい」
オレは入手したばかりのスマホの画面を見せた。ローザはなんか驚いている。
「えっ、それって時計でもあったわけ?」
「時計でもあるし、時計だけでもない」
「レオンの言うことってときどきわからないわ」
「オレもおまえのことがときどきわからないよ。……ほら、行くぞ」
オレたちは手をつないで、シュンとテレポートした。
幼馴染の美少女とぎゅっと手をつないで、いざ、と戦いの地に赴くという絵面。
……これだけだったらオレが充分物語の主人公なんだけどなあ。
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