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第二章 サイケデリック革命ラバーズ

クラスメイトの恩田さん

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 そんなわけで、オレたちは裏庭で言い争いを繰り広げた。オレは自分がどうなってもいいからいますぐあいつらをぶっ潰すと言うのだが、ローザは、そんなことをしたら魔法を使ったオレを逆に攻撃するなどと意味のわからないことを言う。それではまるで意味がないではないか。

 途中まではただの言い争いだったが、まあ、ローザが先に手を出してきた。といっても手でぶってきたわけではない。こいつは炎を出しやがった。

 さすがに、ないわーと思った。オレには人間界で魔術を使うなとかなんとかあんなにさんざん言っていたくせに、これではまったくもっていつも通りだ。人間界で魔法を使うことそのものは禁止されていないからいいようなものの……。

 というわけで、オレも水を出して対抗した。


 わあわあぎゃあぎゃあ、と。言葉と、炎と水の小競り合い。途中でふと思い出したのは、人間界で暮らすのであれば、洗濯には洗濯機を使ってみなさいって先輩妖精に言われたことだった。日常的に人間の文明にふれるのはたいせつだから、って。妖精界の小川に突っ込むのもめんどいといえばめんどいが慣れていたし、でもたしかにこの制服洗濯しなきゃいけないしそれ以前にローザの炎でちらちら焦げてきたぞどうすんだよこれ。制服ってそう何着もあるもんじゃないだろ。時間や空間を操る系魔術は未成年は使えないから、服の再生さえもできないぞ。

 焦がされるとなんか悔しくて、オレも指先から水をほとばらせてしまう。そんな調子だったから、オレたちは気づかなかったのだ。


「……あ、えと、あのぅ?」


 声はか細かったし不自然なほどに高すぎた。ふたりで降り返ってみれば一メートル程度のところにそのひとは立っていた。だからか細い声でも聞こえたのだ。

 女の子が立っている。地味でおとなしそうで暗そうな子だ。三つ編みのおさげはある意味よく似合っているが、ひとつひとつがぶっとすぎる気もする。眼鏡は黒縁。レンズの底が極端に厚いビン底眼鏡とかいうギャグはやらかしていないみたいだが、それでもそれだけで地味な印象になってしまうのは否めない。スカートの長さも、あんたいつの時代の中学生? ってくらいに長い。脚は露出が皆無だ。分厚い黒タイツを穿いている。そういえば黒タイツははじめて見た。いままでの女子たちは白か紺色のハイソックスだったから、黒タイツはオレはじめて見たなあ。地味な印象が残念だけど、脚はけっこうきれいじゃんか。華奢でもなく太くもなく、なあ。いやむしろ地味なおさげ眼鏡だからこそいい……ということなのか?

 とかオレが無駄な観察をしていると、ローザがバシンとオレの頭を叩いた。

「レオン、こんなときまでなにじろじろ見てんのよっ。……それで? 恩田さん。あなたが、なんの用?」
「知り合いか、ローザ?」
「はあっ? あんたってばほんと注意散漫! ほんといつもなに見てどこ見て生きてんの!」
「いつも星見て生きていますが」
「そういう無駄に妖精っぽい返し、いらないから! ……恩田さんでしょ。ほら、副委員長の」
「ああ……もしかしてクラスメイトだったっすか?」
「もしかしなくてもそうなのっ! ……というか恩田さんを覚えてないなんて。あんた女子の名前ひとりも覚えてないんじゃない?」
「え? えーっと。そりゃ本名わかんないのは全員だけど。マエっちとかゆーちゃんとかキィとか、そうやって呼ばれてる女子たちはわかるぞ? 顔と名前くらいは、なんとなく」
「その子たち覚えててどうして恩田さんを覚えてないのよ……」

 ローザが悩ましそうにこめかみに手を当てたところで、三つ編みおさげの脚美人――もとい、恩田さんとやらがおずおずと話を切り出した。

「……う、あの。もしやお取り込み中でありましたか」
「取り込んでるわよ、おかげさまでございましてこちらはいっつも取り込んでるんです、あなたとあなたのだいっ好きな委員長さんのせいでいまもお取込み中なんですよ!」

 ローザは指を振りながら恩田さんに迫っていく。……やめろやめろやめたげてよー、おまえの正論オーラってほんと真っ赤で、それだけでひと火傷させんだから。指先から炎なくてもおまえほんっと炎。

 恩田さんはひいぃぃぃ……となにか恐怖っぽい声を漏らしつつも、驚いたように目を見開いてローザを見ていた。

「え。神井くんのこと……どうしてなのですか? どうして、知っているのでしょうか? だってだってお噂はそこまで届かないですよね」
「オンナのカン、かしらね」

 ローザ、髪を大げさにその手でさらり。……うわあ。なんかキメてきた。

 まあでも……この裏庭に来たときに比べれば、ローザがちょっと元気になってきたみたいでなによりだ。それでもずいぶん強気な態度に出ているものだ。でもそうなるとふしぎなのは、恩田さんがクラスメイトであるならば、ローザはどうしてこういう態度でいられるのかってこと。
 ローザはこれでいて行動原理が単純だから、自分より強い者にはあたふたと怯えるし、弱い者にはこうやって強硬的な態度を取る。あんがい意地も悪いのだ。


 オレは絶賛調子取り戻し中のローザの肩に、ぽんと手を置いた。


「まあまあ、ローザ。そこらへんにしとけよ、なあ、ドン引いてんじゃねえか。恩田さん。……なんの用?」
「あっ、ひゃい……」

 恩田さん噛んだ。

 上目遣いで睨みつけてきて、それなのにどこか不安そうなその顔はわかりやすくも真っ赤になっている。

「その。――おふたりのお手伝いをいたしたく」
「お手伝い?」

 オレとローザの声が被った。

「……あのクラスは、だめです」

 恩田さんは、それまでにもましてひとことひとことをくっきりと発音する。
 目力だけがやけにぎらぎらと強い、ってかちょっと怖い。


「革命を、起こさなければ、だめです」


 ――ええぇー。こういうキャラだったのか。予想外でしたわ、なんかこうキャラ的に違うじゃんよー、どーゆーって言われたら難しいけどさー、革命起こすキャラじゃないじゃんよー。革命起こすならせめてその野暮ったい眼鏡取ってー、マントのひとつも翻してきてー、もっと言うなら中性的になってくれるとオレの好みかなー。あ、もちろんかっこいい感じで頼んます。とにかく野暮は駄目だ、野暮は。

 ローザが先に喋った。

「革命、――ってどういうことよ恩田さん? 委員長に反旗でも翻すつもり? 馬鹿らしいわ。……副委員長というすばらしく安定したポジションにいるあなたが、なにを言うの」
「ああそっか、恩田さんって副委員長なんだもんなあ。覚えてなくてごめんなー、オレそういうのってあまり覚えられなくって。……でもそんならローザの言う通りだ。なんの意図がある?」

 オレはあくまでも穏やかな態度を維持する。

「……革命とやらにオレたちを巻き込むことによるそちらさんのメリットは?」
「メ、メリットっていうか!」

 恩田さんは全身を震わせて叫んだあと、ぎゅっとうつむいた。

「……まさか断られるとは思っておりませんでしたよ。迫害を受ける者が拒絶をするなどなんということでしょう、ああ私の神よ……」
「なんだよそれ。っていうか……その自信どっから湧いてくんだよ。こっちにだって断る権利はあるだろ」

 それにまだ断ったわけじゃない、と続けようとしたら、恩田さんはもういちどびくりと痙攣のように身体を震わせた。ローザまでびくっとしている。……なんかイタコみたいだな、この子。

「い、いいんですか、そ、そ、そんなこと私に言うんじゃ、私、バラしちゃいますけどっ」
「なにを?」
「あなたたちが――邪悪な魔法使いだということを!」

 ……ドヤ顔ってこういうことかぁ。オレ、こんなテンプレはじめて三次元で見たわー。
 荒い呼吸のなかで、どうだ、と言わんばかりだけれども――いや、オレたち妖精なんだけどなあ。

 でも、たしかに、魔法は見られてしまった。人間に魔法を見られたら即分解、みたいな懐かし魔法少女アニメっぽい決まりがあるわけでもないのだが、人間界の秩序に矛盾と支障が出ないように、ということは長老さまの前で竜神さまに誓って約束させられている。


 オレはローザと顔を見合わせて、さあどうする、と目と目だけで言い合った。
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