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第二章 サイケデリック革命ラバーズ

妖精にとっての死

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 給食のあとの昼休み。オレたちは、あの教室から逃げ込むようにしてこの場所を見つけた。裏庭、と呼ぶべき場所だろう。


 裏庭はじめっとしている。靴には泥がこびりつくし、雑草と泥のにおいが混ざって変な感覚だ。遠くからは、膜を通したようにして校庭でサッカーをする声が聞こえてくる。目の前にはがっちりと背の高いフェンスがあり、ときおりトラックや車が通過していった。そのときの排気ガスが裏庭のにおいとまた、混ざるのだ。


 この学校におけるオレたちの会話は、昼休みになるなり裏庭に移動することではじめて再開できた。

 駆けるとまでいかなくとも、廊下を早足で歩いてきた。オレよりも体育の成績がいいはずのローザはオレ以上に息を切らしている。ローザは子りすのようにあたりを警戒したあと、しゃがんで石を掴みそのまま泥にぶつけた。

「なによ、なによ、なんなのよこの学校!」
「まあまあ、声落とせよ。ここもだれが聞いてるかわかんねーぞ」

 そんな物騒なことを言う程度には、オレもローザとおなじ心境になっていたというわけだ。人間界留学初日、午前中のわずか数時間にして。

「人間ってこういう存在だったわけ……? 私が勉強してきたことと、ぜんっぜん、違うんですけど!」
「落ち着け、判断するにはまだ早い。新手のドッキリかもしれないじゃねーか」
「んなわけないでしょっ?」
「まあ……んなわけねえけどさ。そんでも長老さまとか、知らねーけど大妖精たちが選んだ学校だろ? ……なんか意味はあんだろ。なあ、そういうのは優等生のおまえの得意技なんじゃないか」

 オレなりに励ますつもりだったのだが、ローザはキッとオレを睨んだ。

「……私が学校で勉強してきた人間というのは……『ひとりひとりは細くて弱い葦のよう。でも、集まれば秋の麦畑のように太陽を受け止める。きらきら光って受け止める。わたしたち妖精が存在を賭してでも愛しく守っていくべき、誇り高くうつくしい生きもの』」
「なんだっけそれ。ガッコで習った詩だよな。むかしの妖精のさ……セラフィーナだっけ? あっ違う、リータ?」
「カンタータ・アデーレよ! こんなの初等教育課程でやるでしょ!」

 ローザが繰り出すパンチを、オレはひょいっとかわす。おお、オレすばやい。ローザの当たり判定、シビアなんだってば。

「おまえ小学校とか大むかしのことよく覚えてんな。オレなんか初等教育で教わったことなんかぜんぶきれいさっぱり抜けてるぞ、あのころはまだゲーム機のハードの入手ルートもなにひとつなかったしな、自由帳切り取ってカードゲームごっこがせいぜいでなあ」
「だからレオンのそういうのってどうでもいい! 私が言ってるのは――」

 ローザはくしゃりと顔を歪めた。……あー、こりゃ、来るぞ。ローザの悪癖と学校でも言われていたやつ。

「……私がっ、言いたいのはっ、彼らは私の思っていたような人間ではなかったということ!」

 その言いかたじゃやつらと旧知の仲のようだぞ……と思ったけれど、まあいまは突っ込まないでやった。


 だってこいつ泣いてんだもん。めそめそとさ、まーるで初等部のときと変わらん顔して。


「どういうことなのよ……あいつら、あいつら、優しい顔被ってるだけ厄介! わっ、私だってこの国の国語くらいわかるわよ、妖精言語を人間界の個別固有言語に変換することなんて、変化系魔法の中級でしょっ? 日本語だって簡単よ、私の優れた言語変換魔法はつねに発揮されているのだから!」
「まあそうだな。オレができるくらいだし、魔術としてもせいぜいが中級だな」
「レ、レオンのが魔術は下手じゃない、ねえ私、問題ないよね、完璧に日本語に変換してるよね?」
「ああ。してるよ。魔術にかんしてはおまえは特化してるだろ、オレなんかよりよっぽどさ」
「そうよ、そうよね……なのに! どうしてあの子たちは私をああやってからかうの?」

 すん、すん、と鼻を鳴らすローザは、妖精学校の華々しい優等生ではなく、感性女児のままって感じだ。まあこいつ妖精学校じゃちやほやされるだけで、馬鹿にしてくるやつなどだれひとりいなかったしなあ。というかみんな妖精だし、穏やかで礼儀正しく心優しいのは当然のことなのだ。……オレがむしろちょっと変わり者だったってくらいで。


 空を仰ぐ。雲がぽつぽつ浮いている、のんきなライトブルーの空。パステルカラーなんか子どもっぽくて嫌いだと思っていたが、まあそれなりに懐かしくはなるもんだな、と。まだ留学一日めなわけだが。

 たしかに、さんざんな幕開けであったことは基本ポジティブシンキングのオレでも否定はできない。紙飛行機ってのは子どもが楽しく遊ぶためだけのもんだと思っていたが、ああやって悪口とか書いて飛ばしたりもできるんだな。しかもわっざわざ赤色ばっかり使いやがってよ、……性格悪ぃのな。

 ローザに赤い紙飛行機をぶつけておいて、ローザがキッと睨むと、女子生徒たちはきゃあっと大げさな悲鳴を上げてくすくすとさざめく。


 ……次は、アレ、挟んでみる? 赤って血の色だし? お赤飯だし?
 ……でもほら、わかんないよ、身体の発達ってそれぞれだから。
 ……幼児体形ってこと? かわいそー、言ってあげるなよー、そういうのって本人がいちばんわかってんだからさ!


 なにを言っているかはわからないが、くすくす笑いは、げらげら笑いにまがまがしい進化を遂げる。雑魚モンスターが集合して巨大モンスターになる、みたいな感じ。

 もちろんオレはそいつらに反撃を試みたが、三時間めが終わるころにはその作戦ではいけないと気づいていた。報復は、オレではなくローザに向く。なまじ席が離れているぶん、授業中だとかばうことさえも困難だ。


 あいつらはオレたちふたりではなく、ローザだけをターゲットとしている。
 オレのことは、どうやら、なぜか……神井を中心として、取り込もうとしているふしさえも感じる。


 ローザは両手で目を覆いぬぐい続け、いまもすんすんすんすん泣いている。……ああ、女児モード。

 や……オレが泣かせたことだって、いままで数知れずなわけで。ふだんは強気なローザがそうやって子どもっぽく泣くのは、困りもしたけど、まあぶっちゃけ嬉しくもあったんだな。でも……オレ以外のやつに泣かされたことなんて、なかったんだ、いままで。


「さて。――どうしたもんかね」
「ど、どうするって、どうにかできるってわけ……」
「いーや。おまえにどうにかできないもんがオレなんかにできるかな。……ああ、でも打開策ならいっこあったわ」
「えっ……なに?」
「オレが魔法であいつらぶっ飛ばす。……オレが戦闘系なら得意なのは、なあ。授業でも喧嘩でもなんでも、競り合ったおまえがいちばん知ってるだろ」

 ローザが鼻をすするのをやめて、驚いたようにこちらを見る。……こんなときでも、いや、だからこそ、理不尽な悲しみと怒りに燃えるような赤い瞳。

「そうしたらたぶん、妖精法を犯して咎めを受けるのはオレだけだ。おまえは妖精界に帰るなり別の留学先を探すなりすればいいんだ。おまえはここにいるべきじゃない。直感だけど、わかるんだよ。いまからあいつらぶっ潰してくる」

 言葉の流れのまま教室に向かおうとすると、

「――だっ、だって! たしかにあなたは攻撃系の魔術が強い……私でも驚くほどに。でも、違うわ、そうじゃないわ」

 ローザは涙を乱暴にぬぐう。

「そうしたら、そんなことまでしたらレオンは分解されちゃうかもしれないじゃないっ――!」
「いいよ、そんなの」
「そんなのってなによ! ぶ、分解よ、分解されるってことはつまり――わかってるの?」

 ほんと熱くてやりづらい。オレは、頭を軽く掻く。

「や、わかってるけどさ。……あいつらムカつくじゃんかよ」
「けどっ――!」
「まあべつに有罪にならなきゃ分解にもならんし。……こんな生活一年ももたねえだろ、おまえも」
「だ、駄目……それは駄目! 駄目よ、人間たちを魔術で傷つけるなんてことだけはしないでね、駄目よ、ぜったいぜったい約束してよっ……!」


 約束は、できないけれど。
 だって、オレもおまえも、与えられる寿命の長さは違うじゃん。



 分解。すなわち――妖精にとっての、死。


 分解されるということは、オレたちにとっては――殺されるということを意味する。妖精は、けっしてだれも、そうとは言わないが。
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