白に染まる

スカートの中の通り道

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第十三話 夢の予兆

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 翌日、灼熱の太陽が照りつける中、インターハイの二回戦が行われた。
 時刻は朝の十時にもかかわらず。気温は早くも三十度を超えている。
 僕たちは会場入りすると、さっそく昨日と同じルーティーンを繰り返しこなし、体と緊張をほぐした。至るべき瞬間に向けて、準備を整える。
 試合開始が迫っていることを告げられると、メンバーの表情がより引き締まった。安納先生の力強い掛け声が轟くと、ありさ先輩とレギュラーメンバーが覚悟を宿した瞳でコートへと歩み出す。
 試合は開始直後から激戦の様相を呈し、一瞬たりとも気を抜けない緊迫感が場を支配する。相手チームがリードを奪い、こちらが追いつく。その繰り返し。攻防は第三クォーターの終盤まで一進一退を続け、まるで均衡が崩れることのない、綱渡りのような展開だった。
 しかし、試合が第四クォーターに突入した瞬間、ありさ先輩が魅せた。鋭いステップが相手のディフェンスを引きつけると、そのわずかな隙を見逃さず、仲間が放ったスリーポイントが弧を描いてゴールへと吸い込まれた。この日初めての逆転。会場は一気に沸き立ち、歓声が波のように押し寄せた。
 だが、僕たちのチームはそのまま守りに入ることなく、攻撃の手を緩めることはなかった。集中力を絶やさず、逆に勢いを味方につけたまま、試合の流れを完全に掌握していく。そして、試合終了のブザーが鳴り響く頃には、僕たちのリードは決定的なものとなっていた。
 直後、場内は大歓声に包まれ、戦い抜いた選手たちに惜しみない拍手が送られる。汗と熱気が入り混じる中、なんとかチームは二回戦を制した。

 僕たちは勝利の余韻に浸りながら、ゆっくりと帰り支度を始める。会場の外に出て、先生と挨拶を交わし、そのまま解散となった。
 周りでは、友達や家族と一緒にそれぞれの家路につく部員たちの様子が見えた。僕は、そんな光景をぼんやりと眺めていた。
 本当なら、僕の家族も応援に来てくれるはずだった。けど、急な仕事が入ったり、体調を崩したりと、どうもタイミングが悪く、それは叶わなかった。ただ、それでも一人でいることが嫌だとか、寂しいというわけではなくて、ただこの特別な二日間を、家族と分かち合えたら良かったのになっていう残念な気持ちが、僕の心の中で小さな波紋が広げていたんだ。

 ーーでもまあ、明日もあるしな……。

 そう、明日には第三戦が待っている。それに勝てば、四戦目、五戦目と続き、まだまだ道のりは長い。さらに、その先には決勝の舞台があるかもしれない。そうなれば、もっと特別な瞬間を家族に見せられるかもしれない。何だか、心の中にウキウキとした感情が広がっていった。

 ーー決勝かあ……家族もきっと喜んでくれるだろうなあ。

 よし、絶対に呼んであげよう。決勝に進んで、家族みんなに応援してもらおう。そんな風に思いを巡らせていたときだった。不意に後ろから声がかかった。
「みっちゃん」
 振り向くと、僕の肩にそっと手を置いて、ニコニコと微笑んでいるありさ先輩がいた。少し浮かれたようにも見えるその顔は、いつもとは違う柔らかい表情をしている。こんな表情のありさ先輩はとても珍しい。僕は内心、そんなありさ先輩が面白いと感じた。
「お疲れ様。一人?」
「ありさ先輩、お疲れ様です。はい、そうですけど……どうしたんですか?」
「よかったら、私と一緒に帰らない?」
「え!?  本当ですか?」
 驚きが隠せない僕の反応に、ありさ先輩はクスッと笑った。
「私も一人だし、それに、約束があるでしょ? アイスのこと」
「あ……! 初戦のときの、アイスの約束!」
「そう、ちゃんと覚えてるよ。まさか、忘れてるなんて思ってないよね?」
「は、ははは……もちろんです! じゃあ、一緒に食べましょう」
「ほんと? やったっ!」
 先輩からの突然の誘いに、僕は有頂天になった。試合に勝った喜びに加えて、憧れのありさ先輩と一緒に帰れるなんて、夢のような展開だ。しかも、二人でアイスまで食べるなんて……。
 心の中では、もうすっかり浮かれきってしまっていた。

 ーーなんだか今日は、凄くいい日だなあ。

 嬉しさが抑えきれない。試合にも勝ち、先輩と一緒に過ごせる時間もある。僕はその幸運に胸を躍らせながら、ありさ先輩と並んで歩き出した。
 帰り道の電車の中、試合の勝利にまだ心が弾んでいた。なんか、体が少し軽く感じる。電車の揺れに合わせて気持ちもふわふわしてるみたいで、足元がちょっと浮いてる感じがした。
 すぐ隣にはありさ先輩が立っていて、窓の外をぼんやり眺めていた。
 
 ーーでも、今日の試合はほんとにすごかったよな……。

 先輩たちは最後まで全力で戦い、ついに勝利を掴んだ。ありさ先輩もチームのキャプテンとして、凛々しく冷静に仲間たちを導いていた。しかし今こうして僕の隣にいる先輩の表情は、どこか安心したような満足げな微笑みが浮かべているが、僕からすれば、何だか空気の抜けた風船みたいにも見えて少し面白かった。自然と僕の頬が緩んでしまう。
 今日は僕の人生の中でも最高に特別な日なんだろうな、と感じていた。試合の緊張感から解放された僕たちは、まるで長い旅から帰ってきたような気分で、肩の力がすっかり抜けている。電車の音さえも、いつも以上に心地よく響いて、日常の中に特別な瞬間が溶け込んでいるようだった。
 ふと、視線が交わる。ありさ先輩が何かを言いたそうに僕を見つめていたが一度瞬きをしただけで、言葉は発せられない。それでも、瞳が語るものは多く、僕の胸がドキドキと高鳴り始めた。お互い、何も言わずとも通じ合っているような静かな空気が、僕たちの間に流れていた。
 電車が駅に到着し、僕たちは並んで降りる。ホームを歩くときも、心の中は浮ついたままだ。言葉はなくても、ただ隣に先輩がいるだけで、十分すぎるほどに幸せだった。この瞬間が永遠に続いてほしい……そんなことをぼんやりと思っていた。
 やがて、慣れ親しんだ地元に戻ってきたが、その高揚感は一向に冷めなかった。何度も乗ってきたはずのこのローカル線でさえ、今は違って見える。
 ありさ先輩が軽やかな足取りで電車に乗り込むと、僕の手をさっと掴んで、「早く!」と急かしてきた。その突然の触れ合いに心臓が一瞬止まりそうになったけれど、僕はなんとか平静を保とうと、ちょっと見栄を張ってカッコつけた。でも後から思い返すと、これは少し恥ずかしかった。
 車内には、まるで僕たち二人だけに用意されたおとぎ話の馬車みたいに誰もいなかった。
 席に着くと、先輩は窓際に移動して、すぐに窓を開けた。夏の風が、海と砂浜の匂いを運んでくる。風が先輩の髪を柔らかく揺らし、その香りが僕の鼻腔にふわりと漂った。僕の感覚はそのまま、まるで夢の中に引き込まれていくようだった。
 気がつくと僕は、ありさ先輩の隣に腰を下ろしていて、白くて繊細なその手に、自分の手をそっと重ねていた。
「みっちゃん……」
 驚きながらも、先輩はすぐにその手を優しく握り返してくれた。その瞬間、胸の中でいくつもの感情が渦巻いた。喜び、緊張、不安、でも……その幾多の感情の中で、最も特別で大切な光を放っている感情が、すぐに言葉となって溢れ出た。
「ありさ先輩……僕は、先輩のことが好きです」
 その言葉に、先輩は一瞬戸惑ったような表情を見せたけれど、すぐに穏やかな微笑みが浮かんだ。そして、次の言葉を待つように、僕の目をじっと見つめてくれる。
「ずっと前から……先輩が僕に居場所をくれたときから、僕はずっと先輩だけを見て来ました」
 先輩は静かに頷き、言葉の重みを噛みしめるように僕の想いを受け取ってくれた。
「すぐじゃなくても……構いません。でもいつか、先輩の気持ちを聞かせてください」
「うん……」
 小さく答えた先輩の声が、僕の心に優しく触れる。
 僕はありさ先輩の手をギュッと握りしめる。
「僕はこれからも先輩のそばにいて、先輩を応援します。そしてどんなことがあっても、絶対先輩を守ってみせます」
 言葉は熱を帯びていた。頭の中は真っ白で、何も考えられなかったけれど、僕の想いだけは、ただまっすぐに先輩へと届いた気がした。

「うーん、それはちょおっと、無理かなあ……」
 突然、後ろから聞き覚えのある女性の声が聞こえて来た。
 すぐそこにあった太陽の光が、いつの間にか雲の影に隠れていた。
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