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03.まずは形から
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図書館に来て恭佑が真っ先にすることは、本を適当に取ること。次にいつもの場所に向かう。目の前に本を置き、さも少し休憩していますと言わんばかりの雰囲気を作りつつ寝る。それがいつものルーティーンだった。
しかし、今日は違う。昨日、盗み見た本のタイトルを手がかりに本を探していた。
オレンジっぽい紙に、濃いオレンジで字が書いてあったような……。
本棚をよく見ると、同じような姿形の本がずらりと並んでいる。一応似たような色で分けられているらしく、見覚えのある色の組み合わせはないかと、本棚の棚を1つ一つを見ながら進んでいく。この色の組み合わせは存在しないんじゃないかと自分の記憶を疑い始めた頃にようやく、目当ての本がありそうな棚に行き着いて、恭佑は愕然とした。
いや、これ多すぎるだろ……。
本棚1つと半分が同じような見た目の本で埋まっている。ここから探し出すのかとげんなりとした気持ちになりながらも、ここまで来たのだからと自分を励まして腰を屈めた。端から見ていけばあるだろうと考えてのことだった。
数分後、様々なタイトルを見過ぎたせいで自分が何を探していたのかもわからなくなり、辛うじてこんなタイトルだった気がすると思える本を見つけた恭佑。いつもの定位置に座ると、教科書以外の本に初めてまともに向き合った。
『いつかの明日に君が来る』
前書きと目次を読み飛ばし、いざ本文へ。
ゆっくり、ゆっくりと文字を追う。
……。
…………。
……………………。
三分ほどかけてようやく一ページを読み終えてページをめくる。
次のページは五分。
「ああもう!」
むしゃくしゃして呟いた言葉は、恭佑が思ったよりも周囲に聞こえていたらしく、さっと視線が集まった。そして慌てた様子で視線を逸らす。まるで、見てはいけないものを見てしまったかのように。
視線を避けるために俯いた恭佑は、今度はきちんと心の中で愚痴を零す。
ちっとも意味わかんねー! しかもおもしろくねーし。あの子はあんなに楽しそうに読んでいたのに。
ふと思いついて、同じところを読めば面白さが分かるんじゃないかと閃いた恭佑。この辺だろうと思った最後の方を適当に開き、読み始めた。だが、その目論見はすぐに外れることとなる。
知らないシチュエーションに知らない登場人物。何が起こっているかすら分からない。
何が面白いんだ……。一ミリも内容が理解できない本に飽きた恭佑は、背もたれに預けていた体重を、机に乗せる。根性で本を読み進めようと視線だけは文字から離さなかったが、体はすっかり伸びきっていた。
すー……すー……。
意思に反して恭佑はいつのまにか眠り込んでいた。
その間に、少女が昨日と同じ時間に席に座り、眠り込んでいる恭佑が持っている本のタイトルを見て、
「この本を他に読む人がいるなんて、嬉しいな」
そう言ってほんの少し笑みをこぼしたことも、この日少女が読んだ本が昨日、恭佑が手元に置いていたことも知らない。
恭佑が起きたときには既に少女の姿はなく、今日は来なかったのかと思いがっかりして人目も憚らず大きなため息をついた。
閉館時間が近いのか蛍の光が流れる中、恭佑は見せかけだけのために持ってきていた荷物を片付ける。
ん? なんだあれ……。
きらりと夕日を反射するものが視界の端に映り、恭佑は手を止めた。輝いていたものの正体は足下に落ちた可愛らしい白と桃色のカードケース。中には学生証が入っていた。
来てたのか……。
会えなかったことを残念に思いながら、学生証を拾い上げる。あまり見てはいけないと思いながらも、拾い上げたそれをまじまじと観察してしまう。
去年撮影されたであろう写真は、恭佑の記憶より少し幼く見える。8月28日生まれ、桜が丘女子学校二年、小日向向日葵。
しょう、ひ? 向かい? ……読めねー……。
せめて名前だけでも知りたいという恭佑の思惑はあえなく潰えた。読めないものは仕方ない。恭佑は忘れ物として司書にカードケースを渡して帰路についた。
明日は会えるように起きてないとなー。
普段意識することなく歩く道のりも、意識するようになると違う景色が見えてくる。あそこに本屋が、こっちには古本屋が。映画館では、本を原作にした映画が上映されているという。オリジナルの作品かアニメの映画しか知らなかった恭佑にとっては、その事実すら新鮮に感じられた。
本ってそんなに人気なんだな。
同時に、そんな本に魅了されている少女の表情を思い出し、一方的に恭佑だけが少女のことを知っていく罪悪感に胸が締め付けられた。ただ偶然少女のことを見て、偶然少女のカードケースを拾っただけ。
自分は悪くないとそう自分に言い聞かせている間に、あっという間に家に帰り着いた。
しかし、今日は違う。昨日、盗み見た本のタイトルを手がかりに本を探していた。
オレンジっぽい紙に、濃いオレンジで字が書いてあったような……。
本棚をよく見ると、同じような姿形の本がずらりと並んでいる。一応似たような色で分けられているらしく、見覚えのある色の組み合わせはないかと、本棚の棚を1つ一つを見ながら進んでいく。この色の組み合わせは存在しないんじゃないかと自分の記憶を疑い始めた頃にようやく、目当ての本がありそうな棚に行き着いて、恭佑は愕然とした。
いや、これ多すぎるだろ……。
本棚1つと半分が同じような見た目の本で埋まっている。ここから探し出すのかとげんなりとした気持ちになりながらも、ここまで来たのだからと自分を励まして腰を屈めた。端から見ていけばあるだろうと考えてのことだった。
数分後、様々なタイトルを見過ぎたせいで自分が何を探していたのかもわからなくなり、辛うじてこんなタイトルだった気がすると思える本を見つけた恭佑。いつもの定位置に座ると、教科書以外の本に初めてまともに向き合った。
『いつかの明日に君が来る』
前書きと目次を読み飛ばし、いざ本文へ。
ゆっくり、ゆっくりと文字を追う。
……。
…………。
……………………。
三分ほどかけてようやく一ページを読み終えてページをめくる。
次のページは五分。
「ああもう!」
むしゃくしゃして呟いた言葉は、恭佑が思ったよりも周囲に聞こえていたらしく、さっと視線が集まった。そして慌てた様子で視線を逸らす。まるで、見てはいけないものを見てしまったかのように。
視線を避けるために俯いた恭佑は、今度はきちんと心の中で愚痴を零す。
ちっとも意味わかんねー! しかもおもしろくねーし。あの子はあんなに楽しそうに読んでいたのに。
ふと思いついて、同じところを読めば面白さが分かるんじゃないかと閃いた恭佑。この辺だろうと思った最後の方を適当に開き、読み始めた。だが、その目論見はすぐに外れることとなる。
知らないシチュエーションに知らない登場人物。何が起こっているかすら分からない。
何が面白いんだ……。一ミリも内容が理解できない本に飽きた恭佑は、背もたれに預けていた体重を、机に乗せる。根性で本を読み進めようと視線だけは文字から離さなかったが、体はすっかり伸びきっていた。
すー……すー……。
意思に反して恭佑はいつのまにか眠り込んでいた。
その間に、少女が昨日と同じ時間に席に座り、眠り込んでいる恭佑が持っている本のタイトルを見て、
「この本を他に読む人がいるなんて、嬉しいな」
そう言ってほんの少し笑みをこぼしたことも、この日少女が読んだ本が昨日、恭佑が手元に置いていたことも知らない。
恭佑が起きたときには既に少女の姿はなく、今日は来なかったのかと思いがっかりして人目も憚らず大きなため息をついた。
閉館時間が近いのか蛍の光が流れる中、恭佑は見せかけだけのために持ってきていた荷物を片付ける。
ん? なんだあれ……。
きらりと夕日を反射するものが視界の端に映り、恭佑は手を止めた。輝いていたものの正体は足下に落ちた可愛らしい白と桃色のカードケース。中には学生証が入っていた。
来てたのか……。
会えなかったことを残念に思いながら、学生証を拾い上げる。あまり見てはいけないと思いながらも、拾い上げたそれをまじまじと観察してしまう。
去年撮影されたであろう写真は、恭佑の記憶より少し幼く見える。8月28日生まれ、桜が丘女子学校二年、小日向向日葵。
しょう、ひ? 向かい? ……読めねー……。
せめて名前だけでも知りたいという恭佑の思惑はあえなく潰えた。読めないものは仕方ない。恭佑は忘れ物として司書にカードケースを渡して帰路についた。
明日は会えるように起きてないとなー。
普段意識することなく歩く道のりも、意識するようになると違う景色が見えてくる。あそこに本屋が、こっちには古本屋が。映画館では、本を原作にした映画が上映されているという。オリジナルの作品かアニメの映画しか知らなかった恭佑にとっては、その事実すら新鮮に感じられた。
本ってそんなに人気なんだな。
同時に、そんな本に魅了されている少女の表情を思い出し、一方的に恭佑だけが少女のことを知っていく罪悪感に胸が締め付けられた。ただ偶然少女のことを見て、偶然少女のカードケースを拾っただけ。
自分は悪くないとそう自分に言い聞かせている間に、あっという間に家に帰り着いた。
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