元カノ≠彼

白水緑

文字の大きさ
上 下
1 / 4

始まり、そして再会のとき

しおりを挟む
 新入生たちがそわそわと体育館の隅で固まっている。大学生になったばかりの彼らは、まだできたばかりの友達と一緒に、サークルを求めて各所に足を延ばしているのだろう。

 コンコンコンコンと小気味いい音を響かせながらピンポン球をラケットで弾ませながら素養素を眺めてていると、ふと見知った顔が近づいてくるのに気が付いた。その姿に思わず手を止める。
 腰まであった髪は短く焦げ茶に、雪のように白かった肌も綺麗な褐色に染まっているが、姿形は半年前に別れた元カノの奈海なみそのもの。高校のジャージをそのまま着ていることもあり、まるで本物のようだ。とはいえ、よく見れば別人。こんなそっくりな人間がいるとは思わなかったと眺めていると、その新入生は笑顔で口を開いた。

祐樹ゆうき先輩、お久しぶりです!」

 声は僕の知っている声とは違って、もっと低い。はにかむような笑顔が、奈海とかぶって見えて可愛いと思ってしまった。ただし、この顔で知っているのは奈海しかいない。

「ごめん、知り合いだっけ?」

 心当たりがなくて素直にそう答えると、笑顔がほんの少し悲しそうに歪んでから、また笑顔の裏に隠れた。

「片桐海斗、奈海とは双子です。前に、デートに奈海を連れていったのを覚えていませんか?」

 首を傾げられて、そんなところも奈海にそっくり。そして思い出す。電車に乗り慣れない奈海のために、わざわざ待ち合わせ場所まで送ってきてくれたのだと言っていた。あのときは遠目にしか見えなくてわからなかったけれど、双子だと聞いたような……。

「思い出したよ。ーー奈海じゃなくて、君と大学に入って再会するとは思わなかったけど」

 奈海は一緒の大学に来たいと言っていた。別れていなければ、この場にいるのは奈海だったはずだ。振られて出来た心の傷は、とっくの昔に埋めたはずなのにむくむくと顔を出す。
 それを知ってか知らずか、海斗は奈海のことを教えてくれる。

「奈海は県外の大学に行きました。あ、それで、奈海に頼まれてたんです! これ」

 差し出されたのは、男子大学生にはあまり似つかわしくないピンクがメインの可愛らしい紙袋。何かと思ってのぞき込むと、何枚かのCDと漫画が入っている。別れ際があまり良くなかったから、もう返してもらえないと思っていた。

「ああ! 助かるよ。わざわざありがとう」
「せっかくだったので、俺も読ませてもらいました。良かったら続きも貸してもらえませんか?」

 奈海と同じでちゃっかりとしているらしい。思わぬ形ではあるけれど、気に入ってくれたのならそれは喜ばしい。せっかくだからこのまま沼にはまってくれないかと、はやる気持ちを抑えて平静を装う。

「今度持ってくるよ」
「お願いします! もう、先が気になって仕方がなくて」

 会話を遮るように笛が鳴り、集合がかかる。僕はともかく、新入生の海斗が遅くなるのは良くないだろう。そう思ってまだ話したりなさそうな海斗を急かした。

「行くか」
「はい!」


------------


 簡単な自己紹介の後、練習が始まった。体育館をぐるぐると走った後は、ペアを組みまずは準備体操。僕はもう慣れたものだが、受験明けで運動から少し離れていた新入生たちには少し大変なようで、息が上がっている。

 その後、経験者は練習に交じって、初心者はピンポン玉に慣れるところから始める。海斗も初心者組にいたが、奈海にでも習ったのか、他の新入生に比べて比較的上手くピンポン玉を操っている。

 指導をしていた先輩もそのことはわかったのか、少しして海斗の手を止めさせた。

「祐樹ー! この子にラリーを教えてあげてよ」

 僕の名前を先輩が呼んだ瞬間、嬉しそうな顔をしたのが見えて素直な反応に可愛いなと思った。それからずっと観察していたのがばれないよう、わざとワンテンポ反応を遅らせてから答える。

「はーい」

 海斗の隣に並んで、ラケットの握り方から教える。ピンポン玉には慣れているようだったが、打ったことはなかったらしくぎゅっと握りしめている。並んで教えようと思って横に立って気づいた。

「あれ、左利き?」
「ですです。利き手が違うとなんか影響あったりしますか?」
「多少はね。良いこともあるし、そうじゃないこともあったりね」

 海斗の利き手に合わせて、僕も左手でラケットを握る。慣れない感覚に、卓球を始めたころを思い出した。

「握手するように持って。で、人差し指をこうやってラバーのところに……」

 人差し指が真ん中に立っているのを、自分の指を見せて修正する。

「祐樹先輩……指が、戻っちゃうんですが……」
「まぁそうだよな。えっと、ちょっとラケットの角度をずらして」

 見せて説明してもその通りにするのは難しい。自分のラケットを卓球台の上に置いて、しかめっ面をして力を入れている海斗の指を押す。

「こう……で、手首に沿わせるとしっくりくるかも」

 持ち方一つとっても、慣れないうちは違和感がすごいだろう。持ちやすそうなところはないかと、何度か握り直させてみる。

「どう? 少しは持ちやすくな」

 顔を見ると、思ったより海斗の顔が近い。けれど、それ以上に真っ赤に染まった表情に驚いて慌てて距離を取る。

「ごめん、近かったね」
「こっちこそすみません! あの、暑いですね」
「そ、そうかも」

 顔をそらして、ラケットをうちわのようにして仰いでいる。海斗が照れているせいで、僕まで気恥ずかしい。

「ちょっと休憩しようか。ほかの人もその頃には追いつくと思うから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

歌は君だけに届かない

天岸 あおい
BL
※『全年齢BL企画・BR新レーベル計画』参加作品。 歌手・永峰凱斗(ながみねかいと)は、いつも作詞家の相坂を想いながら歌い続けていた。 しかし相坂の反応はいつも不快そうな顔ばかり。周りばかりが感動し、本命の彼だけに歌が届かない日々を送っていた。 デビューして十年目のある日、永峰は自分で作詞することになり、相坂へ教えを請う――切なく純粋な現代ボーイズロマンス。

処理中です...