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始まり、そして再会のとき
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新入生たちがそわそわと体育館の隅で固まっている。大学生になったばかりの彼らは、まだできたばかりの友達と一緒に、サークルを求めて各所に足を延ばしているのだろう。
コンコンコンコンと小気味いい音を響かせながらピンポン球をラケットで弾ませながら素養素を眺めてていると、ふと見知った顔が近づいてくるのに気が付いた。その姿に思わず手を止める。
腰まであった髪は短く焦げ茶に、雪のように白かった肌も綺麗な褐色に染まっているが、姿形は半年前に別れた元カノの奈海そのもの。高校のジャージをそのまま着ていることもあり、まるで本物のようだ。とはいえ、よく見れば別人。こんなそっくりな人間がいるとは思わなかったと眺めていると、その新入生は笑顔で口を開いた。
「祐樹先輩、お久しぶりです!」
声は僕の知っている声とは違って、もっと低い。はにかむような笑顔が、奈海とかぶって見えて可愛いと思ってしまった。ただし、この顔で知っているのは奈海しかいない。
「ごめん、知り合いだっけ?」
心当たりがなくて素直にそう答えると、笑顔がほんの少し悲しそうに歪んでから、また笑顔の裏に隠れた。
「片桐海斗、奈海とは双子です。前に、デートに奈海を連れていったのを覚えていませんか?」
首を傾げられて、そんなところも奈海にそっくり。そして思い出す。電車に乗り慣れない奈海のために、わざわざ待ち合わせ場所まで送ってきてくれたのだと言っていた。あのときは遠目にしか見えなくてわからなかったけれど、双子だと聞いたような……。
「思い出したよ。ーー奈海じゃなくて、君と大学に入って再会するとは思わなかったけど」
奈海は一緒の大学に来たいと言っていた。別れていなければ、この場にいるのは奈海だったはずだ。振られて出来た心の傷は、とっくの昔に埋めたはずなのにむくむくと顔を出す。
それを知ってか知らずか、海斗は奈海のことを教えてくれる。
「奈海は県外の大学に行きました。あ、それで、奈海に頼まれてたんです! これ」
差し出されたのは、男子大学生にはあまり似つかわしくないピンクがメインの可愛らしい紙袋。何かと思ってのぞき込むと、何枚かのCDと漫画が入っている。別れ際があまり良くなかったから、もう返してもらえないと思っていた。
「ああ! 助かるよ。わざわざありがとう」
「せっかくだったので、俺も読ませてもらいました。良かったら続きも貸してもらえませんか?」
奈海と同じでちゃっかりとしているらしい。思わぬ形ではあるけれど、気に入ってくれたのならそれは喜ばしい。せっかくだからこのまま沼にはまってくれないかと、はやる気持ちを抑えて平静を装う。
「今度持ってくるよ」
「お願いします! もう、先が気になって仕方がなくて」
会話を遮るように笛が鳴り、集合がかかる。僕はともかく、新入生の海斗が遅くなるのは良くないだろう。そう思ってまだ話したりなさそうな海斗を急かした。
「行くか」
「はい!」
------------
簡単な自己紹介の後、練習が始まった。体育館をぐるぐると走った後は、ペアを組みまずは準備体操。僕はもう慣れたものだが、受験明けで運動から少し離れていた新入生たちには少し大変なようで、息が上がっている。
その後、経験者は練習に交じって、初心者はピンポン玉に慣れるところから始める。海斗も初心者組にいたが、奈海にでも習ったのか、他の新入生に比べて比較的上手くピンポン玉を操っている。
指導をしていた先輩もそのことはわかったのか、少しして海斗の手を止めさせた。
「祐樹ー! この子にラリーを教えてあげてよ」
僕の名前を先輩が呼んだ瞬間、嬉しそうな顔をしたのが見えて素直な反応に可愛いなと思った。それからずっと観察していたのがばれないよう、わざとワンテンポ反応を遅らせてから答える。
「はーい」
海斗の隣に並んで、ラケットの握り方から教える。ピンポン玉には慣れているようだったが、打ったことはなかったらしくぎゅっと握りしめている。並んで教えようと思って横に立って気づいた。
「あれ、左利き?」
「ですです。利き手が違うとなんか影響あったりしますか?」
「多少はね。良いこともあるし、そうじゃないこともあったりね」
海斗の利き手に合わせて、僕も左手でラケットを握る。慣れない感覚に、卓球を始めたころを思い出した。
「握手するように持って。で、人差し指をこうやってラバーのところに……」
人差し指が真ん中に立っているのを、自分の指を見せて修正する。
「祐樹先輩……指が、戻っちゃうんですが……」
「まぁそうだよな。えっと、ちょっとラケットの角度をずらして」
見せて説明してもその通りにするのは難しい。自分のラケットを卓球台の上に置いて、しかめっ面をして力を入れている海斗の指を押す。
「こう……で、手首に沿わせるとしっくりくるかも」
持ち方一つとっても、慣れないうちは違和感がすごいだろう。持ちやすそうなところはないかと、何度か握り直させてみる。
「どう? 少しは持ちやすくな」
顔を見ると、思ったより海斗の顔が近い。けれど、それ以上に真っ赤に染まった表情に驚いて慌てて距離を取る。
「ごめん、近かったね」
「こっちこそすみません! あの、暑いですね」
「そ、そうかも」
顔をそらして、ラケットをうちわのようにして仰いでいる。海斗が照れているせいで、僕まで気恥ずかしい。
「ちょっと休憩しようか。ほかの人もその頃には追いつくと思うから」
コンコンコンコンと小気味いい音を響かせながらピンポン球をラケットで弾ませながら素養素を眺めてていると、ふと見知った顔が近づいてくるのに気が付いた。その姿に思わず手を止める。
腰まであった髪は短く焦げ茶に、雪のように白かった肌も綺麗な褐色に染まっているが、姿形は半年前に別れた元カノの奈海そのもの。高校のジャージをそのまま着ていることもあり、まるで本物のようだ。とはいえ、よく見れば別人。こんなそっくりな人間がいるとは思わなかったと眺めていると、その新入生は笑顔で口を開いた。
「祐樹先輩、お久しぶりです!」
声は僕の知っている声とは違って、もっと低い。はにかむような笑顔が、奈海とかぶって見えて可愛いと思ってしまった。ただし、この顔で知っているのは奈海しかいない。
「ごめん、知り合いだっけ?」
心当たりがなくて素直にそう答えると、笑顔がほんの少し悲しそうに歪んでから、また笑顔の裏に隠れた。
「片桐海斗、奈海とは双子です。前に、デートに奈海を連れていったのを覚えていませんか?」
首を傾げられて、そんなところも奈海にそっくり。そして思い出す。電車に乗り慣れない奈海のために、わざわざ待ち合わせ場所まで送ってきてくれたのだと言っていた。あのときは遠目にしか見えなくてわからなかったけれど、双子だと聞いたような……。
「思い出したよ。ーー奈海じゃなくて、君と大学に入って再会するとは思わなかったけど」
奈海は一緒の大学に来たいと言っていた。別れていなければ、この場にいるのは奈海だったはずだ。振られて出来た心の傷は、とっくの昔に埋めたはずなのにむくむくと顔を出す。
それを知ってか知らずか、海斗は奈海のことを教えてくれる。
「奈海は県外の大学に行きました。あ、それで、奈海に頼まれてたんです! これ」
差し出されたのは、男子大学生にはあまり似つかわしくないピンクがメインの可愛らしい紙袋。何かと思ってのぞき込むと、何枚かのCDと漫画が入っている。別れ際があまり良くなかったから、もう返してもらえないと思っていた。
「ああ! 助かるよ。わざわざありがとう」
「せっかくだったので、俺も読ませてもらいました。良かったら続きも貸してもらえませんか?」
奈海と同じでちゃっかりとしているらしい。思わぬ形ではあるけれど、気に入ってくれたのならそれは喜ばしい。せっかくだからこのまま沼にはまってくれないかと、はやる気持ちを抑えて平静を装う。
「今度持ってくるよ」
「お願いします! もう、先が気になって仕方がなくて」
会話を遮るように笛が鳴り、集合がかかる。僕はともかく、新入生の海斗が遅くなるのは良くないだろう。そう思ってまだ話したりなさそうな海斗を急かした。
「行くか」
「はい!」
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簡単な自己紹介の後、練習が始まった。体育館をぐるぐると走った後は、ペアを組みまずは準備体操。僕はもう慣れたものだが、受験明けで運動から少し離れていた新入生たちには少し大変なようで、息が上がっている。
その後、経験者は練習に交じって、初心者はピンポン玉に慣れるところから始める。海斗も初心者組にいたが、奈海にでも習ったのか、他の新入生に比べて比較的上手くピンポン玉を操っている。
指導をしていた先輩もそのことはわかったのか、少しして海斗の手を止めさせた。
「祐樹ー! この子にラリーを教えてあげてよ」
僕の名前を先輩が呼んだ瞬間、嬉しそうな顔をしたのが見えて素直な反応に可愛いなと思った。それからずっと観察していたのがばれないよう、わざとワンテンポ反応を遅らせてから答える。
「はーい」
海斗の隣に並んで、ラケットの握り方から教える。ピンポン玉には慣れているようだったが、打ったことはなかったらしくぎゅっと握りしめている。並んで教えようと思って横に立って気づいた。
「あれ、左利き?」
「ですです。利き手が違うとなんか影響あったりしますか?」
「多少はね。良いこともあるし、そうじゃないこともあったりね」
海斗の利き手に合わせて、僕も左手でラケットを握る。慣れない感覚に、卓球を始めたころを思い出した。
「握手するように持って。で、人差し指をこうやってラバーのところに……」
人差し指が真ん中に立っているのを、自分の指を見せて修正する。
「祐樹先輩……指が、戻っちゃうんですが……」
「まぁそうだよな。えっと、ちょっとラケットの角度をずらして」
見せて説明してもその通りにするのは難しい。自分のラケットを卓球台の上に置いて、しかめっ面をして力を入れている海斗の指を押す。
「こう……で、手首に沿わせるとしっくりくるかも」
持ち方一つとっても、慣れないうちは違和感がすごいだろう。持ちやすそうなところはないかと、何度か握り直させてみる。
「どう? 少しは持ちやすくな」
顔を見ると、思ったより海斗の顔が近い。けれど、それ以上に真っ赤に染まった表情に驚いて慌てて距離を取る。
「ごめん、近かったね」
「こっちこそすみません! あの、暑いですね」
「そ、そうかも」
顔をそらして、ラケットをうちわのようにして仰いでいる。海斗が照れているせいで、僕まで気恥ずかしい。
「ちょっと休憩しようか。ほかの人もその頃には追いつくと思うから」
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