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10.新しい生活
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町の人たちと交流するようになってひと月が過ぎた。
今日は魔王に呼び出されて久しぶりに魔王城に来ている。本当は三人とも招かれていたのだけど、二人は用があると言って、よく遊びに来る若い魔族たちと森へ出かけてしまった。
毎朝誰かが玄関を叩き、ナディヤとロイス兄さんを連れ出している。森へ付き添ったり、子供たちの遊び相手を務めてみたり。そのおかげで生活には不自由しなくなったが、残念ながら戦うのも人付き合いも苦手な私は家で暇を持て余し気味だった。それでも時折窓の外に顔を出す奥方たちがいるおかげで、引きこもりからは免れていた。
――思いのほか、共存できている。
「暮らしには困っていないようだが、本当にここに住むつもりか?」
目の前の魔王にそう話しかけられ、意識が引き戻される。魔王と私とシルヴェさんの三人でテーブルを囲んでいた。出された茶色の飲み物は、魔物の肉からとったものらしい。ワイルドな味の飲み物を一口味わい、私は答える。意外と悪くない後味だ。
「そのようです。少なくとも今のところは」
何も考えずに答えたため、含みのあるような回答になってしまった。魔王は訝しそうに首をひねった。
「お主は違うのか?」
誤解を生んでしまったと、慌てて首を横に振る。
「二人から離れるつもりはありませんから、当分はこちらにお世話になるかと」
「そうか。お主たちがエルヴダハムに住むといったときはどうなることかと思ったが、案外なんとでもなるものじゃな」
魔王に会うのはこれで二度目。けれど、話してみれば人の良いおじいちゃんのような魔王で、オラニ王国で私たちが耳にしていた魔王像は間違っていたことが分かった。感心したような魔王の様子に、私も心から同意する。
「ナディヤの言っていた通り、人間と魔族の差などそうないのかもしれません」
もちろん、価値観の違いから伝わらないこともある。育った国も文化も違う。だが、お互いがそういうものだと理解できれば、手を取り合うこともできるのだと知った。
「そうじゃな」
魔王は大きく頷くと考え込む。そのまま数分。真剣な表情に口を噤んで見守っていると、席を回り込んできたシルヴェさんに耳打ちされた。
「ご自分の世界に入られた魔王様は話にならない。帰っていいぞ」
「でも」
顎に手を当てて宙を見上げる魔王の目の前を、シルヴェさんは手をひらひらとさせるが、微動だにしない。
「御覧の通りだ。ほっとけば一日や二日このままだが、それまで待つつもりか?」
「……ちょっと困りますね」
「そうだろう」
そんなには待てないと苦笑を漏らす。ほんの少し、いつもより口数の多いシルヴェさんに、普段から魔王に苦労させられているんだなぁと思った。ナディヤに振り回され気味な私と似た空気を感じて、勝手に親近感を覚える。
「場所を移して少し話してもいいか? オラニ王国のことは話には聞いているが、住んでいたお前たちの話も聞いてみたい」
シルヴェさんの申し出に、これから帰ってどうしようかと考えていた私は一も二もなく頷いた。
部屋を出たシルヴェさんに案内されて、庭へと出た。庭は緑一色で統一されていて、その緑の中に多くの植物が存在していた。辛うじて同じ種類で分けられているようだが、ただそれだけだ。こういう金持ちの庭は見栄えのためにあるのではないかという印象が強いだけに乱雑な印象はとても意外だった。そういえば、魔王城も武器が飾られているもののどれも実用的で、キラキラと無駄に豪華絢爛ではないなと気づく。少し歩くと、庭の中ほどの広くなった場所に、ぽつんと大きな倒木があった。その幹に座るように促されてよくよく倒木を見ると、何人もの人が座っているのか、幹がつるつるになっている箇所があった。みんな倒木をベンチとして使ってるんだろうか。
「ああ、届かないのか」
私が躊躇っているのをどう受け取ったのか、突然後ろから抱きかかえられ幹の上に座らせられた。あ、足が届かない……。
「心配せずとも、降りるときも手伝う」
私が足下をのぞき込んでいるのを見て、シルヴェさんはそう言うが、気になっているのはそこではない。とは言えず、ありがとうございますと返すにとどめた。シルヴェさんは慣れた様子で隣に腰掛ける。
「この庭もオラニ王国の王が住む場所とは違うか?」
そんなに物珍しそうに見ていただろうかと、自らを振り返りながら一度見ただけの王宮を思い出す。
「こんなに手入れされていないことはないですね」
私が第一印象を告げると、シルヴェさんは首をひねった。
「手入れ? 雑草などはきちんと処理していると思うが」
言われてみれば確かに雑草は生えていない。
「そうではなくて、……なんというか整っていないというか、見る人のことを考えられていないというか」
これが魔族の考える素敵な庭だったらどうしよう、と不安に駆られてシルヴェさんを見上げると、無表情の中に困惑した色が浮かんでいるのが分かった。
「あの、すみません……」
とりあえず謝ってみたが、シルヴェさんはまじまじと庭を改めて見回している。
「シルヴェさん?」
再度呼びかけてようやく視線が戻ってくる。
「言われてみれば、整然とはしていないな。だが、育つ速度はばらばらな上、薬草なのだから必要に応じて使ってしまえばどうしてもこうなってしまうだろう」
どうやってオラニ王国では見た目を揃えている? と悩みだすシルヴェさん。私が気になったのは別の話で
「この植物は薬草なんですか?」
まだ町の魔族の人たちに色々教わっている途中だけれど、見たことのない植物たちは私には毒草に見えるほどの派手な見た目をしていた。そもそも魔王城の庭に植えているのが薬草で、かつ、その薬草を使っているのがそもそも理解しがたい。
「こんな広い場所を無駄に空けておいても仕方ないだろう。役に立たないものを育ててもなんにもならないぞ」
……これもまた価値観の違いらしい。
今日は魔王に呼び出されて久しぶりに魔王城に来ている。本当は三人とも招かれていたのだけど、二人は用があると言って、よく遊びに来る若い魔族たちと森へ出かけてしまった。
毎朝誰かが玄関を叩き、ナディヤとロイス兄さんを連れ出している。森へ付き添ったり、子供たちの遊び相手を務めてみたり。そのおかげで生活には不自由しなくなったが、残念ながら戦うのも人付き合いも苦手な私は家で暇を持て余し気味だった。それでも時折窓の外に顔を出す奥方たちがいるおかげで、引きこもりからは免れていた。
――思いのほか、共存できている。
「暮らしには困っていないようだが、本当にここに住むつもりか?」
目の前の魔王にそう話しかけられ、意識が引き戻される。魔王と私とシルヴェさんの三人でテーブルを囲んでいた。出された茶色の飲み物は、魔物の肉からとったものらしい。ワイルドな味の飲み物を一口味わい、私は答える。意外と悪くない後味だ。
「そのようです。少なくとも今のところは」
何も考えずに答えたため、含みのあるような回答になってしまった。魔王は訝しそうに首をひねった。
「お主は違うのか?」
誤解を生んでしまったと、慌てて首を横に振る。
「二人から離れるつもりはありませんから、当分はこちらにお世話になるかと」
「そうか。お主たちがエルヴダハムに住むといったときはどうなることかと思ったが、案外なんとでもなるものじゃな」
魔王に会うのはこれで二度目。けれど、話してみれば人の良いおじいちゃんのような魔王で、オラニ王国で私たちが耳にしていた魔王像は間違っていたことが分かった。感心したような魔王の様子に、私も心から同意する。
「ナディヤの言っていた通り、人間と魔族の差などそうないのかもしれません」
もちろん、価値観の違いから伝わらないこともある。育った国も文化も違う。だが、お互いがそういうものだと理解できれば、手を取り合うこともできるのだと知った。
「そうじゃな」
魔王は大きく頷くと考え込む。そのまま数分。真剣な表情に口を噤んで見守っていると、席を回り込んできたシルヴェさんに耳打ちされた。
「ご自分の世界に入られた魔王様は話にならない。帰っていいぞ」
「でも」
顎に手を当てて宙を見上げる魔王の目の前を、シルヴェさんは手をひらひらとさせるが、微動だにしない。
「御覧の通りだ。ほっとけば一日や二日このままだが、それまで待つつもりか?」
「……ちょっと困りますね」
「そうだろう」
そんなには待てないと苦笑を漏らす。ほんの少し、いつもより口数の多いシルヴェさんに、普段から魔王に苦労させられているんだなぁと思った。ナディヤに振り回され気味な私と似た空気を感じて、勝手に親近感を覚える。
「場所を移して少し話してもいいか? オラニ王国のことは話には聞いているが、住んでいたお前たちの話も聞いてみたい」
シルヴェさんの申し出に、これから帰ってどうしようかと考えていた私は一も二もなく頷いた。
部屋を出たシルヴェさんに案内されて、庭へと出た。庭は緑一色で統一されていて、その緑の中に多くの植物が存在していた。辛うじて同じ種類で分けられているようだが、ただそれだけだ。こういう金持ちの庭は見栄えのためにあるのではないかという印象が強いだけに乱雑な印象はとても意外だった。そういえば、魔王城も武器が飾られているもののどれも実用的で、キラキラと無駄に豪華絢爛ではないなと気づく。少し歩くと、庭の中ほどの広くなった場所に、ぽつんと大きな倒木があった。その幹に座るように促されてよくよく倒木を見ると、何人もの人が座っているのか、幹がつるつるになっている箇所があった。みんな倒木をベンチとして使ってるんだろうか。
「ああ、届かないのか」
私が躊躇っているのをどう受け取ったのか、突然後ろから抱きかかえられ幹の上に座らせられた。あ、足が届かない……。
「心配せずとも、降りるときも手伝う」
私が足下をのぞき込んでいるのを見て、シルヴェさんはそう言うが、気になっているのはそこではない。とは言えず、ありがとうございますと返すにとどめた。シルヴェさんは慣れた様子で隣に腰掛ける。
「この庭もオラニ王国の王が住む場所とは違うか?」
そんなに物珍しそうに見ていただろうかと、自らを振り返りながら一度見ただけの王宮を思い出す。
「こんなに手入れされていないことはないですね」
私が第一印象を告げると、シルヴェさんは首をひねった。
「手入れ? 雑草などはきちんと処理していると思うが」
言われてみれば確かに雑草は生えていない。
「そうではなくて、……なんというか整っていないというか、見る人のことを考えられていないというか」
これが魔族の考える素敵な庭だったらどうしよう、と不安に駆られてシルヴェさんを見上げると、無表情の中に困惑した色が浮かんでいるのが分かった。
「あの、すみません……」
とりあえず謝ってみたが、シルヴェさんはまじまじと庭を改めて見回している。
「シルヴェさん?」
再度呼びかけてようやく視線が戻ってくる。
「言われてみれば、整然とはしていないな。だが、育つ速度はばらばらな上、薬草なのだから必要に応じて使ってしまえばどうしてもこうなってしまうだろう」
どうやってオラニ王国では見た目を揃えている? と悩みだすシルヴェさん。私が気になったのは別の話で
「この植物は薬草なんですか?」
まだ町の魔族の人たちに色々教わっている途中だけれど、見たことのない植物たちは私には毒草に見えるほどの派手な見た目をしていた。そもそも魔王城の庭に植えているのが薬草で、かつ、その薬草を使っているのがそもそも理解しがたい。
「こんな広い場所を無駄に空けておいても仕方ないだろう。役に立たないものを育ててもなんにもならないぞ」
……これもまた価値観の違いらしい。
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