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06.住居探し

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「だってこの間言ってたじゃない。魔王の座をやるって。ねぇロイス?」
「うん、そうだねぇ。言ってたけど……魔王になることがどうしてここに住む話に繋がるの?」

 話が繋がらなかったのは私だけではなかったことに安心しながらナディヤを見る。言いだした本人以外の全員がよくわからないという顔をしていた。

「つまりここに住んで良いってことでしょ? 欲しいものはくれるとも言ってたし。そうでしょ?」

 隣からは大きなため息。いつの話かと思い返してよくよく考えてみれば、私もそんな話を聞いた気がする。戦闘の真っ最中の売り言葉に買い言葉のような気がしなくもないが、確かに言っていたような気がする。魔王にも心当たりがあったのだろう。今まで曲がりなりにもどっしりと構えていた魔王の態度が一転して慌てふためいたものになる。

「ああああれはその場のノリというか、そう言わなければ殺されると思ったのだから無効じゃ!」
「じゃあ今から殺せばいいってこと? 殺せって言われたのをせっかく生かしておいてあげたのに」

 躊躇いなく剣を引き抜く素振りで、魔王は更に慌てる。

「待て待て待て! なぜそうなる! 大体わしに侵略しないという誓いを立てさせたのじゃからお主もオラニ王国でのんびりすれば良かろう!!」
「あたしだってそうしたかったわよ! それなのにあのくそ王が、褒美は名誉で良かろうとか言うから!!」

 思い出してまた怒りがわき上がってきたのか、持っていた荷物を床にたたきつける。
 話を聞いた魔王は、予想外にも不快そうに眉根を寄せた。

「いやいやいや、名誉じゃ腹は膨れんじゃろうて」

 思わぬ賛同を得て、ナディヤの勢いは増す。

「そうでしょ? あんたよく分かってるじゃない。で、ムカついたから出てきたのよ。分かる? この苦労が」

 魔王は意外にも深く頷いた。意見が一致するとは案外話が通じる相手なのかもしれないと期待をして魔王の言葉を待つ。

「確かに。それは統治者として許し難いことじゃ。じゃが……この国に住むというのはまた別の話というか」
「なんでよ! 人間から襲われたら守ってあげるわよ?」

 いつそんな話になったのだろう。突っ込むまもなく、話はどんどん進んでいく。

「いやしかし、お主人間じゃろ……」
「それがなんだって言うのよ。なにか問題? ちょっと見た目が違うだけでしょ」

 見た目だけの問題ではないのはすでに明白。とは言わない。せっかく説得できそうな兆しが見えてきたのだから。
 ナディヤは魔王のあげる問題点を、次々いなしていく。そう。ナディヤは魔族に対してひけ目がない。どんな違いも各々の違いとしか思っていないからこそ、対等でいられるのだ。

「魔王様、発言しても?」

 少しも進まない話に突然、隣にいた魔族の男が口を開く。魔王は助けを得たと、表情を明るくして何度も頷いた。

「勿論じゃ、シルヴェ。意見を言うが良い」
「期待に応えられず残念ですが、諦めましょう。幸い、害をなすつもりはないようですし、勝手にそこらに住む分には好きにさせたら良いのでは」

 ぽかーんと魔王の口が開き、ナディヤは嬉しそうに目を輝かせて魔王に迫る。

「やだ、物わかりのいい魔族もいるんじゃない。ね、この人もこう言ってることだしいいでしょ?」

 ナディヤはシルヴェと呼ばれた魔族の同意を得て、もうこれで妨げるものはないといわんばかりに言い寄っている。

「本気じゃな?」

 魔王の確認にも、シルヴェさんはしっかりと頷いた。

「ええ。我々と共存できるというのであれば、それもまた良し。無理だと出ていくのならそれだけの話です」

 シルヴェさんの言葉を受けて、魔王は黙り込んだ。ごにょごにょと独り言を呟き、大きく頷く。

「良かろう。好きに暮らすが良い」

 魔王の表情には諦めが色濃い。

「ありがと!」

 喜ぶナディヤの後ろで、私とロイス兄さんは顔を見合わせた。ごり押ししたとはいえ本当に良いのだろうか。予想よりすんなりと許可が下りて逆に不信感すら抱いてしまう。

「ただし」

 やはり。無条件というわけにはいかないらしい。でもそのほうが安心できる。魔王の言葉を待った。

「このエルヴダハムで暮らす以上、国の決めごとは守ってもらうぞ」

 厳めしい顔で告げられたのは常識と言っても良い内容。ナディヤも同様の感想のようで、躊躇いなく同意した。

「それくらい分かってるわ。迷惑をかけるつもりはないもの」

 魔王の表情が既に迷惑だと告げているが、ナディヤの中では問題ないらしい。

「とりあえず、ここに来るまでにあった森の中で暮らすことにするわ」

 え? あの光が差し込まなくてじめじめした森に? 流石にそれは嫌だと顔を顰める。

「ナディヤ。住むところくらい選ぼう?」

 我慢できずに口を挟むと、きょとんとした表情でナディヤは振り返る。

「そう? でもあたしたち文無しよ?」

 わざとらしく首を傾げたナディヤは困った表情でちらり、と魔王を見る。しばらく無言の攻防があり、魔王の長い長いため息が答えだった。

「わかったわかった。町の端の方に、今は使ってない小屋がある。そこを使ってもいいぞ」
「助かるわ! お礼に、何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいわよ! 勿論、報酬は貰うけどね」
 お礼とは一体……。誰も突っ込まなかったけれど、多分気持ちは一緒だったと思う。
「用件は終わりか? 後はもう好きにしてくれ。くれぐれももめ事は起こさんでくれ」

 ため息とともに告げられた言葉にも、ナディヤは軽く頷いて振り返る。

「ええ! それじゃ行きましょ」

 うきうきと歩き出し、その後にロイス兄さんも続く。私も踵を返そうとして、さっきまでと異なり、椅子に深く座り込んだ魔王に気づく。しかめっ面で、包帯を巻いている部分を抑えている。痛いのだろうか。自然と足が止まった。

「二人とも、先に行ってくれる? 私、もう少し用事があったんだった」

 まだ何かあっただろうかとナディヤは怪訝そうに振り向く。

「待つわよ? リラが襲われたら困るもの」

 警戒するように魔王と隣にいた魔族の男に視線を送っている。ナディヤが心配してくれているのは分かるけど、今からやろうとしていることを知れば良い顔をしないであろうことは容易に想像がついた。

「ううん、大丈夫。……お願い」

 少し考えて、二人は分かったと先に帰っていく。大広間から出ていくのを見送って、魔王に向き直った。
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