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8月21日 土曜日 『お祭り』(2/2)
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会場となる神社は徒歩10分程度のところにある。私たちがたどり着いたときには既に大勢の人で賑わっていて、屋台の店主たちが大きな声で人を呼び込んでいた。
「お祭りなんて久しぶりだなぁ」
「そうなの?」
「うん。もう何年もこんな賑やかなところには来てないからねぇ。いろいろとあるんだぁ」
意外。マオはこういう場所が好きそうに見えるのに。だったら、今日はいっぱい楽しまないと。
勢いをつけてマオの手を掴むと、走る。
「依代ちゃん⁉」
「あっちいこう。美味しいリンゴ飴売ってるから、一緒に食べたいな」
「待って待って。早いよぉ」
驚いた様子のマオが面白くて、引っ張る手を強める。こんなにはしゃぎたい気持ちになるのは、きっとマオと一緒だから。
目的の屋台にたどり着く頃には、私もマオも息がすっかり上がっていた。
「おじさん、リンゴ飴とブドウ飴ください」
「はいよ! 二つで400円だよ」
言われるがままに財布から取り出したお金で支払う。後ろでそわそわとしていたマオを振り返り、リンゴ飴を手渡す。
「食べて。美味しいよ」
「あの、依代ちゃん? 僕が払うよ?」
「これくらいは奢らせてよ。あとはマオにお願いするから」
「それならいいけど。どうしたの急に?」
「なんでもない」
楽しんでほしい。ただそれだけのことだけど、面と向かって言うのはなんだか気恥ずかしかった。マオが受け取ったリンゴ飴にかぶりついたのを見て、私もブドウ飴に舌を伸ばした。うん。去年と変わらず美味しいままだ。
人ごみから少し離れ、ベンチでしばらく飴を舐める。去年はこのベンチで一人でリンゴ飴を食べながらぼんやりと過ごしたものだけれど今日はマオがいる。寂しくない。そう思おうと思っても、目の前を通り過ぎる人たち、友達連れや恋人らしき人、親子の姿をつい目で追ってしまっていた。その様子をどう思ったのかマオが顔を覗き込んでくる。
「お母さんと来なくてよかったのぉ?」
「なんか用事があるんだって。仕方ないよ、忙しいから」
「そっかぁ。残念だね」
私よりもずっとずっと寂しそうな声音に、思わず苦笑した。
「なんでマオがそんな顔するの。いいの、マオが一緒に来てくれたから」
「僕で役に立った?」
「うん!」
私のことを気にかけてくれる人がいる。それだけでずっとずっと嬉しい。
マオがリンゴ飴を食べ終わったのを見て、私もあと少し残っていたブドウ飴を強くかじり口の中でガリガリと噛む。さぁ、次は展示を見に行こう。行きたい場所を伝えると、私の手を取ったマオが、人ごみの間をぬうようにして誘導してくれた。
展示、それからスタンプラリー、甘味も食べてあっという間に日が落ちだす。私の後をついてくるマオは、空を見上げた。もう数分もすれば真っ暗になりそうだ。
「あとは花火だっけ?」
「うん。それで今日はお終い」
「なんかあっという間だったねぇ」
「楽しかったね」
「僕も。依代ちゃんとお祭りに来られて楽しかったよぉ」
私の知っている特等席を目指して人ごみから逸れて神社の横道に入っていく。辛うじて足元が見える程度の街灯の中、階段を上がる。しばらく上ると、ベンチがぽつんと置いてある階段中の休憩所がある。ここが私の目的地だった。二人並んで腰かける。視界の高さには何もない場所。視線を下に向けると、木々の間から神社の明かりがぽつぽつと見える。
「ここはのんびりできていいねぇ」
「そうでしょ。あそこで花火が上がるんだけど、ここだとちょうど目の前になるんだよ」
そう言って神社から少し離れた場所を指さす。ここからは見えないけど小さな公園があり、そこで花火をあげているのだと前にお母さんから聞いた。
少しして、いよいよ花火があがりだす。火が泳ぐように空へと上がり、大きな音と一緒にぱっと開く。何発も何発も打ち上げられているのを、じっと見つめた。
「綺麗だねぇ」
マオは花火に負けないよう、声を張り上げて私の耳元で話す。頷きを返し、今度は私が同じようにマオの耳元に口を近づけた。
「今日は楽しかったよ!」
「良かったぁ」
「また一緒にでかけてくれる?」
「今度ねぇ」
三十分余りの花火を満喫して階段を降りる。もう屋台は店じまいをしているところが多かったけれど、そこかしこで立ち止まって話し込んでいるグループもたくさんいた。
家への帰り道。どこか落ち着かない様子のマオに、なんだか胸騒ぎがした。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよぉ」
「でも……」
「大丈夫。さ、帰るよぉ」
そう答えるマオの視線は、私ではなく背後。振り返ってみたけれど、お祭りからの帰ってきたのであろう人しかいない。
手を引かれて家に帰り、私を家へと送り届けたマオはまたいつものようにどこかへと行こうとする。
「マオ!」
なぜか不安に駆られて思わず引き留めた。振り向いたマオはいつもと同じ、100点満点の笑顔。どうしたのぉ? と首を傾げるのもいつもと同じ。
「……ううん、何でもない。また明日ね」
「うん。じゃあね」
別れ際、私の頭を撫でてマオは去っていった。
「お祭りなんて久しぶりだなぁ」
「そうなの?」
「うん。もう何年もこんな賑やかなところには来てないからねぇ。いろいろとあるんだぁ」
意外。マオはこういう場所が好きそうに見えるのに。だったら、今日はいっぱい楽しまないと。
勢いをつけてマオの手を掴むと、走る。
「依代ちゃん⁉」
「あっちいこう。美味しいリンゴ飴売ってるから、一緒に食べたいな」
「待って待って。早いよぉ」
驚いた様子のマオが面白くて、引っ張る手を強める。こんなにはしゃぎたい気持ちになるのは、きっとマオと一緒だから。
目的の屋台にたどり着く頃には、私もマオも息がすっかり上がっていた。
「おじさん、リンゴ飴とブドウ飴ください」
「はいよ! 二つで400円だよ」
言われるがままに財布から取り出したお金で支払う。後ろでそわそわとしていたマオを振り返り、リンゴ飴を手渡す。
「食べて。美味しいよ」
「あの、依代ちゃん? 僕が払うよ?」
「これくらいは奢らせてよ。あとはマオにお願いするから」
「それならいいけど。どうしたの急に?」
「なんでもない」
楽しんでほしい。ただそれだけのことだけど、面と向かって言うのはなんだか気恥ずかしかった。マオが受け取ったリンゴ飴にかぶりついたのを見て、私もブドウ飴に舌を伸ばした。うん。去年と変わらず美味しいままだ。
人ごみから少し離れ、ベンチでしばらく飴を舐める。去年はこのベンチで一人でリンゴ飴を食べながらぼんやりと過ごしたものだけれど今日はマオがいる。寂しくない。そう思おうと思っても、目の前を通り過ぎる人たち、友達連れや恋人らしき人、親子の姿をつい目で追ってしまっていた。その様子をどう思ったのかマオが顔を覗き込んでくる。
「お母さんと来なくてよかったのぉ?」
「なんか用事があるんだって。仕方ないよ、忙しいから」
「そっかぁ。残念だね」
私よりもずっとずっと寂しそうな声音に、思わず苦笑した。
「なんでマオがそんな顔するの。いいの、マオが一緒に来てくれたから」
「僕で役に立った?」
「うん!」
私のことを気にかけてくれる人がいる。それだけでずっとずっと嬉しい。
マオがリンゴ飴を食べ終わったのを見て、私もあと少し残っていたブドウ飴を強くかじり口の中でガリガリと噛む。さぁ、次は展示を見に行こう。行きたい場所を伝えると、私の手を取ったマオが、人ごみの間をぬうようにして誘導してくれた。
展示、それからスタンプラリー、甘味も食べてあっという間に日が落ちだす。私の後をついてくるマオは、空を見上げた。もう数分もすれば真っ暗になりそうだ。
「あとは花火だっけ?」
「うん。それで今日はお終い」
「なんかあっという間だったねぇ」
「楽しかったね」
「僕も。依代ちゃんとお祭りに来られて楽しかったよぉ」
私の知っている特等席を目指して人ごみから逸れて神社の横道に入っていく。辛うじて足元が見える程度の街灯の中、階段を上がる。しばらく上ると、ベンチがぽつんと置いてある階段中の休憩所がある。ここが私の目的地だった。二人並んで腰かける。視界の高さには何もない場所。視線を下に向けると、木々の間から神社の明かりがぽつぽつと見える。
「ここはのんびりできていいねぇ」
「そうでしょ。あそこで花火が上がるんだけど、ここだとちょうど目の前になるんだよ」
そう言って神社から少し離れた場所を指さす。ここからは見えないけど小さな公園があり、そこで花火をあげているのだと前にお母さんから聞いた。
少しして、いよいよ花火があがりだす。火が泳ぐように空へと上がり、大きな音と一緒にぱっと開く。何発も何発も打ち上げられているのを、じっと見つめた。
「綺麗だねぇ」
マオは花火に負けないよう、声を張り上げて私の耳元で話す。頷きを返し、今度は私が同じようにマオの耳元に口を近づけた。
「今日は楽しかったよ!」
「良かったぁ」
「また一緒にでかけてくれる?」
「今度ねぇ」
三十分余りの花火を満喫して階段を降りる。もう屋台は店じまいをしているところが多かったけれど、そこかしこで立ち止まって話し込んでいるグループもたくさんいた。
家への帰り道。どこか落ち着かない様子のマオに、なんだか胸騒ぎがした。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよぉ」
「でも……」
「大丈夫。さ、帰るよぉ」
そう答えるマオの視線は、私ではなく背後。振り返ってみたけれど、お祭りからの帰ってきたのであろう人しかいない。
手を引かれて家に帰り、私を家へと送り届けたマオはまたいつものようにどこかへと行こうとする。
「マオ!」
なぜか不安に駆られて思わず引き留めた。振り向いたマオはいつもと同じ、100点満点の笑顔。どうしたのぉ? と首を傾げるのもいつもと同じ。
「……ううん、何でもない。また明日ね」
「うん。じゃあね」
別れ際、私の頭を撫でてマオは去っていった。
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