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7月31日 日曜日 『猫を拾った』(3/4)

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さっきと違って集中して進めることができて、気づいたら日が落ちかけていた。とはいえ、夏の夕方はまだまだ明るい。白に近い光に少しずつ赤が混じっていき、ノートをオレンジに染め上げた。身動き一つせず眠っていた彼が、そこでようやく小さくうなり声をあげる。振り向くと、夕日が顔に当たっていたから、彼の上を飛び越えてカーテンを閉じた。丸まって寝ている姿は本当に猫のように見えた。小さくもかわいくもないけれど。

「今何時……?」
「6時を過ぎたところ。まだ寝る?」
「起きるよぉ」

 のそのそと起き上がった彼は、まだ寝足りないのか焦点が合わないでどこかを眺めていた。それから何度も瞬きを繰り返して、やっと私のほうを見て笑顔を浮かべた。

「おはよう」
「夜だけど。ご飯は? 自分の分作るんだけど、一緒に食べる?」
「依代ちゃんが料理するの?」
「うん。簡単なものしか作れないけど」
「それはおいしそうだね」

 どうやら食べるという意思表示らしいと解釈して、リビングへと向かう。途中、呼びかけようとして思い出す。

「名前は? まだ聞いてなかったと思うけど」
「そうだっけぇ? マオって言うんだぁ。よろしくねぇ」
「マオさんね。よろしくお願いします」

 教えてもらった名前で呼ぶと、マオさんは豆鉄砲を食らったハトのような表情になる。何か変なことを言ってしまっただろうか。少し不安になって反応を待つと、徐々にくすぐったそうな顔になって、突然腕が伸ばされる。その手は私の頭に着地すると、優しく私の頭をなでた。

「さん付けはくすぐったいなぁ。マオでいいよ」
「でも年上だし」
「年なんて関係ないよ。僕がそう呼んでほしいんだけど、だめ?」
「じゃあ、マオ」
「うん!」

 あまりにも嬉しそうな顔をするものだから、私のほうがくすぐったくなってしまう。リビングに戻ってさっき確認した冷蔵庫の扉に紙が貼ってあるスケジュールのすぐ下を見ると今日のメニューが書いてある。生姜焼きとポテトサラダを作ればいいらしい。人の気配を感じて横を見ると、真横にマオの顔があって驚く。

「何か手伝おっか?」
「ううん大丈夫。座ってて」
 悪戯っぽい顔を椅子に座らせて、私は自分用の薄い水色のエプロンをつけて料理を始めた。先にポテトサラダをつくるためにじゃがいもの皮を剥く。マオの視線が私の手元に向いていて集中できない。

「そんなに見ていても面白くないでしょう? テレビでもつけたら?」
「楽しいから気にしないでぇ」
「私が気にするんだけど……」

 気恥ずかしく思いながら習ったとおりに食材を用意していく。時々マオの方を見ると、ずっとご機嫌そうに私を見ていて、慌てて目をそらして見なかったことにする。一時間くらいかけてようやく生姜焼きとポテトサラダの2品を作ると、冷凍してあった白ごはんを取り出す。電子レンジにセットして、おかずを取り分ける。

「あ、僕のは大丈夫。一口だけ味見させて?」

そういってそばまで来ると口を開けてみせた。私が入れやすいよう腰を落とし、おとなしく口に入れてもらうのを待っている姿は猫のようで少し滑稽に見える。程よいサイズの肉を選んで口まで運ぶと、目を閉じて味わって食べた。そこまでしっかりと味を感じられると困るんだけど、だれか食べてくれる人がいるという嬉しさも感じていた。いつもはできたてを食べるのは自分だけしかいないけど、いまはマオがいる。

「おいしいよ! 依代ちゃん上手だね」
「ありがとう。ほんとにそれだけでいいの?」
「うん満足だよぉ。ほら、僕がよそってあげるから依代ちゃんは座って待ってて?」

半ば強引に椅子に座らせられて、暫く待つときちんと盛り付けられた風のお皿が出てくる。こうしてあると、不慣れな子供が作ったようには見えない。

「マオ、料理得意なの?」
「そういうわけじゃないけど、よく作ってたからねぇ」
「そうなんだ。いただきます」

マオは私の前に座って、またにこにこと私を見ている。試しにお箸で摘まんだ肉を口元までもっていくと、少ししてから口を開けた。大きめの肉を詰め込むと、苦し気に表情が歪められてさっきより長い間咀嚼している。

「食べないと体に悪いよ」
「君ってば、意外と強引だねぇ。依代ちゃんのほうこそ成長期なんだから食べないとだめなんじゃない?」
「はい、口開けて」
「もう食べませんー。僕のことはいいからちゃんと食べて」

 強く促されて、これ以上は難しそうだと食べさせることは断念する。さっきまで困っていたマオの顔が、少しでも真面目な表情にしようとして失敗していた。思わず笑ってしまって、マオに睨まれる。

「そんなことしてたら大きくなれないよぉ? ああそうだ。僕、夜は外にいるからまた朝に帰ってきてもいい?」
「どこ行くの?」
「ご両親が帰ってくるでしょ?」
「そうだけど」
「万が一のことがあっちゃいけないからね。夜はお散歩にいきたいし、朝には庭にあるあそこの茂みのあたりにいるから、迎えに来てくれる?」
「迎えに行くのはいいけど、ずっと散歩しているの?」
「そー。楽しいよぉ。依代ちゃんにはちょっと早いからまた大きくなったらね」
「約束だよ」

 食べ終えて両手を合わせると、使ったお皿を洗う。残りはお母さんのご飯になるから、ラップをかけて冷蔵庫へ。いつもは一人でしている作業も、そばに人がいるだけで気分が上がる。片付けるとお菓子をもってまた部屋に戻って今度はおしゃべり。暇で本を読んでいた時間を人と過ごせるだけでなんて楽しいのだろう。
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