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近頃の宗教というのはよくわからんな
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それから少しずつ面接に行く機会が増えた祐二は、珍しく何もない平日を過ごしていた。最近は規則正しい生活を送っているため、怒られることも少ない。ごろごろと寝て過ごしていた時間は、今は徳久との将棋の時間に充てられていた。
「本当にそこで良いのか?」
「なにかあるのか? ならこっちにしよう」
「ふっふっふっ、騙されたな祐二。王手じゃ」
「ずるいぞトク」
「騙されるほうが悪いんじゃ。ほれ、脱げ脱げ」
負けたほうが脱ぐルール。とはいえ徳久は物理的に脱げるかはともかく着流し一枚しか身に着けていないため、いろいろハンディはあるのだがどちらもそんなことは気にしていなかった。今の祐二はワイシャツとジャージのズボンを脱がされパンツ一丁という情けない姿。徳久は自分がその恰好にさせたことが面白いらしく、笑いが止まらないようだった。
「そんなに笑うなよ。だれのせいだと」
「負けたお前のせいじゃ」
「反論できない」
「じゃろじゃろー?」
がっくりと肩を落とした祐二は続きをしようと駒を並べなおす。と、そこに宅配業者以来の訪問者がやってきたほうでピンポンと
音が鳴る。
「誰だろう」
「待て、祐二! 服を着ろ!」
「ああそうだった」
少し急ぎ気味に脱ぎ捨てた服を着ると、ドアを開ける。と、同時に差し込まれる靴。見ると40代くらいにみえる女性が二人、紙袋を抱えて立っていた。
「どうもーいらっしゃって良かったです。声が聞こえたので在宅かとは思ったんですけどね」
「今ちょっとお時間よろしいですか? いいお話があるんですけども!」
よろしいですか? と問いつつ答えを聞くつもりはないようで、ぐいぐいと押し入ろうとしてくる。一応扉を閉めようと踏ん張っている祐二の後ろでは、徳久が追い返せ! と叫んでいる。流石にこの得体のしれない相手を部屋に入れるのは憚られるようで、祐二もなかなか負けてはいない。
「あの、帰ってもらえますか。忙しいので」
「その忙しいのもこのハナヤ教の教えがあれば即解決しますから!」
「あなたにとってもためになるお話ですよ!」
「趣味なので解決しなくて大丈夫です」
「それは認識が歪められているのです! ハナヤ教を信じてお任せなさい!」
「いや、だからいらないですって……」
じりじりと入り込まれ、話を聞くまでは帰らなさそうだと悟った祐二は諦めた。勝手に入り込んだ二人組は遠慮もなく部屋中を見回す。
「何にもない部屋ですね」
「さぞ苦労をしているんじゃないですか?」
「でも心配しないでくださいね。ハナヤ教を知ったあなたには救いがありますから」
「あの……」
祐二の部屋にも関わらず座るように促され座り込むと、持っていた紙袋からずらずらっと資料が出てくる。ハナヤ教とはから始まり、ハナヤ様について、その教え、メリットetc.終わらない話を聞き終えるころには祐二は虚無となっていた。二人組の隣でうるさく喚きたてていた徳久も飽きたのか、祐二の膝を枕代わりに寝転がっている。
「祐二、いつまでこやつらの話を聞く気じゃ?」
「……そうはいっても」
「何かおっしゃいました? 何か質問でも?」
「じゃあ聞くがそのハナヤ様とやらはなんでそんなことができる?」
帰りそうにない相手も一通り話を聞けば帰ってくれるのではないかと、淡い期待をもって話を先に進めてみる。案の定、二人組は目を輝かせて話を続けた。
「よくぞ聞きました! 少しは気になりました?」
「ハナヤ様は天から特別な力を授かっているのです。私が入会したときには当たりのものを自在に浮遊させていらっしゃいました」
「あたしのときは扉を開けたり閉めたり」
「……」
どこかで聞いたことのある能力に、祐二はちらりと下にいる徳久に視線をやった。徳久も得たりと口の端を釣り上げた。
「なるほど。ところで俺もその特別な力があるんですけど、それでも入ったほうがいいんですかね」
そう言って二人組の背後にある台所を指さす。指の先では、見慣れたフライパンとお玉が浮遊している。カンカンと鳴りはじめ、呼応するように周りにあった箸やコップも浮かび上がりだす。
「ほらこっちも」
隣の壁に指を動かすと、指の動きに合わせて襖がすっと開いたり閉じたりする。
「これくらいなんですけど、どうですかね……」
見る間に二人の顔が真っ青になり、それから唐突に立ちあがる。それまでずっと穴が開きそうになるほど祐二を見ていた二人が、今は視界にも入れたくないという素振り。
「あ、あのお邪魔して申し訳ありませんでした」
「どうかこのことはご内密に。こちら差し上げますので」
「もう帰るんですか? お話は……」
「結構です! その力は呪われています!」
「くれぐれもハナヤ様に近づこうとはしないでください!」
「え?」
残された祐二と徳久が思っていたのとは違う反応に呆気に取られている間に、塩をまかんばかりの勢いで二人は帰っていった。
「今のって俺も教祖っていって祭り上げられるはずの展開じゃないのか?」
「ワシもそう思ったのじゃが」
「近頃の宗教というのはよくわからんな」
「そのようじゃ」
追い返した達成感よりも不思議さが勝り、顔を見合わせて首を傾げたのだった。
「じゃがな、なんであんな不審者入れたんじゃ! 不用心が過ぎる!」
「追い返そうと頑張ってただろう?」
「危機感が足りん! あやつらがビビッて逃げてくれたから良かったものの、よからぬことを考える不届きものじゃったのかもしれんのじゃぞ!」
「悪いこと?」
「いくらでもあるじゃろ! 強盗とか監禁とかいくらでも‼ 刃物でも持っておったらどうする気じゃ」
「いやそれは流石に抵抗するけど」
「そうならんように男なら力づくで先に入れん努力をもっとしろー!」
一難去った安心感で、徳久の怒りに火がついてしまったようで、祐二は一時間ほどあの対応はなんだと怒られる羽目になったのだった。
「本当にそこで良いのか?」
「なにかあるのか? ならこっちにしよう」
「ふっふっふっ、騙されたな祐二。王手じゃ」
「ずるいぞトク」
「騙されるほうが悪いんじゃ。ほれ、脱げ脱げ」
負けたほうが脱ぐルール。とはいえ徳久は物理的に脱げるかはともかく着流し一枚しか身に着けていないため、いろいろハンディはあるのだがどちらもそんなことは気にしていなかった。今の祐二はワイシャツとジャージのズボンを脱がされパンツ一丁という情けない姿。徳久は自分がその恰好にさせたことが面白いらしく、笑いが止まらないようだった。
「そんなに笑うなよ。だれのせいだと」
「負けたお前のせいじゃ」
「反論できない」
「じゃろじゃろー?」
がっくりと肩を落とした祐二は続きをしようと駒を並べなおす。と、そこに宅配業者以来の訪問者がやってきたほうでピンポンと
音が鳴る。
「誰だろう」
「待て、祐二! 服を着ろ!」
「ああそうだった」
少し急ぎ気味に脱ぎ捨てた服を着ると、ドアを開ける。と、同時に差し込まれる靴。見ると40代くらいにみえる女性が二人、紙袋を抱えて立っていた。
「どうもーいらっしゃって良かったです。声が聞こえたので在宅かとは思ったんですけどね」
「今ちょっとお時間よろしいですか? いいお話があるんですけども!」
よろしいですか? と問いつつ答えを聞くつもりはないようで、ぐいぐいと押し入ろうとしてくる。一応扉を閉めようと踏ん張っている祐二の後ろでは、徳久が追い返せ! と叫んでいる。流石にこの得体のしれない相手を部屋に入れるのは憚られるようで、祐二もなかなか負けてはいない。
「あの、帰ってもらえますか。忙しいので」
「その忙しいのもこのハナヤ教の教えがあれば即解決しますから!」
「あなたにとってもためになるお話ですよ!」
「趣味なので解決しなくて大丈夫です」
「それは認識が歪められているのです! ハナヤ教を信じてお任せなさい!」
「いや、だからいらないですって……」
じりじりと入り込まれ、話を聞くまでは帰らなさそうだと悟った祐二は諦めた。勝手に入り込んだ二人組は遠慮もなく部屋中を見回す。
「何にもない部屋ですね」
「さぞ苦労をしているんじゃないですか?」
「でも心配しないでくださいね。ハナヤ教を知ったあなたには救いがありますから」
「あの……」
祐二の部屋にも関わらず座るように促され座り込むと、持っていた紙袋からずらずらっと資料が出てくる。ハナヤ教とはから始まり、ハナヤ様について、その教え、メリットetc.終わらない話を聞き終えるころには祐二は虚無となっていた。二人組の隣でうるさく喚きたてていた徳久も飽きたのか、祐二の膝を枕代わりに寝転がっている。
「祐二、いつまでこやつらの話を聞く気じゃ?」
「……そうはいっても」
「何かおっしゃいました? 何か質問でも?」
「じゃあ聞くがそのハナヤ様とやらはなんでそんなことができる?」
帰りそうにない相手も一通り話を聞けば帰ってくれるのではないかと、淡い期待をもって話を先に進めてみる。案の定、二人組は目を輝かせて話を続けた。
「よくぞ聞きました! 少しは気になりました?」
「ハナヤ様は天から特別な力を授かっているのです。私が入会したときには当たりのものを自在に浮遊させていらっしゃいました」
「あたしのときは扉を開けたり閉めたり」
「……」
どこかで聞いたことのある能力に、祐二はちらりと下にいる徳久に視線をやった。徳久も得たりと口の端を釣り上げた。
「なるほど。ところで俺もその特別な力があるんですけど、それでも入ったほうがいいんですかね」
そう言って二人組の背後にある台所を指さす。指の先では、見慣れたフライパンとお玉が浮遊している。カンカンと鳴りはじめ、呼応するように周りにあった箸やコップも浮かび上がりだす。
「ほらこっちも」
隣の壁に指を動かすと、指の動きに合わせて襖がすっと開いたり閉じたりする。
「これくらいなんですけど、どうですかね……」
見る間に二人の顔が真っ青になり、それから唐突に立ちあがる。それまでずっと穴が開きそうになるほど祐二を見ていた二人が、今は視界にも入れたくないという素振り。
「あ、あのお邪魔して申し訳ありませんでした」
「どうかこのことはご内密に。こちら差し上げますので」
「もう帰るんですか? お話は……」
「結構です! その力は呪われています!」
「くれぐれもハナヤ様に近づこうとはしないでください!」
「え?」
残された祐二と徳久が思っていたのとは違う反応に呆気に取られている間に、塩をまかんばかりの勢いで二人は帰っていった。
「今のって俺も教祖っていって祭り上げられるはずの展開じゃないのか?」
「ワシもそう思ったのじゃが」
「近頃の宗教というのはよくわからんな」
「そのようじゃ」
追い返した達成感よりも不思議さが勝り、顔を見合わせて首を傾げたのだった。
「じゃがな、なんであんな不審者入れたんじゃ! 不用心が過ぎる!」
「追い返そうと頑張ってただろう?」
「危機感が足りん! あやつらがビビッて逃げてくれたから良かったものの、よからぬことを考える不届きものじゃったのかもしれんのじゃぞ!」
「悪いこと?」
「いくらでもあるじゃろ! 強盗とか監禁とかいくらでも‼ 刃物でも持っておったらどうする気じゃ」
「いやそれは流石に抵抗するけど」
「そうならんように男なら力づくで先に入れん努力をもっとしろー!」
一難去った安心感で、徳久の怒りに火がついてしまったようで、祐二は一時間ほどあの対応はなんだと怒られる羽目になったのだった。
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