作良くんに恋した日から

梶ゆいな

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1.同じクラスの作良くん

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【五月八日(水)】


実は今日、五月八日は私の誕生日だ。


だけど、同じ学校の人は誰も私が十三歳になったことを知らない。


同じ小学校だった友達からはメッセージが送られてきたけど、やっぱり学校で誰からもおめでとうと言われないのは少し寂しい。

アズちゃんにハナちゃん。みんな元気かな?

センチメンタルな気持ちになって窓の外に視線を向ける。

ひとつ歳を重ねたんだから、もう少し成長しないと。


決めた! 守屋紬、十三歳の抱負は名前を間違えられたときに訂正すること……!


机の下で小さなガッツポーズをして、再び日誌へと視線を落とした。


「音楽の授業は課題曲の練習。英語はテスト前の対策でプリント……と」

授業内容を思い出しながら、ひとつずつ空欄を埋めていく。

「女子の体育はバスケで男子の体育は確か……先生が休みで卓球って言ってたよね」

男女別の体育はクラスの男の子たちが話していた内容を思い出して書き込んだ。

最後の一言コメントを書き終えた頃には、私以外誰も教室に残っていなかった。

「私も早く帰ろう」

日誌を職員室へと届ければ日直の仕事は終了。


忘れ物がないか確認してイスから立ち上がった。

そのとき──。

後方のドアがガラガラと音を立てて開いた。

「あっ……」


無意識に声を出してしまったのはドアを開けたのが作良くんだったから。


教室に足を踏み入れた作良くんと目が合った私は体が硬直してしまう。 

そんな私に対して彼はにこっと爽やかな笑顔を見せた。

「まだ開いててよかった。何してたの?」

「あ、えっと日直で」

「そうなんだ。俺は体操服を取りに」

机の横にかかっていた鞄を手に取る作良くん。


教室には私と作良くんのふたりだけ。

一か月ぶりのまともな会話に心臓の動きが速くなるのを感じた。

さっきまで日誌を置いて帰った矢島くんにため息のひとつでも吐きたい気持ちだったけど、今はありがとうと伝えたい。

誕生日に好きな人と話せるなんて一生の思い出だよ。


「俺、今から職員室に寄るからついでにそれ持っていこうか?」

作良くんが指差したのは私の机に置かれていた日誌。

「だ、大丈夫……です。自分で……」


作良くんに面倒ごとを押し付けるなんてできない!

そう思って慌てて日誌と鞄を持ち上げる。

……と、同時にドサドサッと何かが落ちる音がした。

振り向いた先には床に散乱するノートや教科書。

まさかと思い鞄に目をやると予想どおりチャックは全開。

あ、慌ててたから……!



「大丈夫?」

「大丈夫……です」

どうして作良くんの前でこんな失敗するかな?

散らばったノートや教科書を集めていると作良くんから「これも落ちてたよ」と生徒手帳を渡された。

「ごめんなさい」

作良くんの手から生徒手帳を受け取る。

結果、日誌を預けるよりも手間を取らせてしまった。

この状況に落ち込む私と何かを思い出したかのように立ち上がる作良くん。


「あ、」

「え……?」

「いや、ちょっと待ってて」

作良くんはそう言うと私に背を向けて向き黙りこんだ。

その間に私は鞄の中身を元に戻す。

静かな教室にはガサガサとビニール袋の擦れるような音だけが響いていた。


作良くん何してるんだろう?

私が鞄のチャックを閉めてからも謎の音は止まらない。

私から声をかけることはできなくて、ただひたすら作良くんの用事が終わるのを待つ。

「守屋、守屋!」


 ガサガサとした音が鳴り止むと、今度は突然名前を呼ばれた。

「は、はい」

私の返事に反応してくるりと振り向いた作良くん。

「守屋、誕生日おめでとう!」

その言葉の直後パンッー!と破裂音が響いて、肩がびくりと跳ね上がった。


「……え?」

頭上から次々とカラフルな紙が降り注ぎ、床へと落ちる。

赤、青、黄色、緑に紫。

それにキラキラとした金色の紙吹雪。

こ……これは何?

紙吹雪を目で追っている途中、作良くんの手にクラッカーが握られていることに気づいた。

あの破裂音とこの紙吹雪はクラッカーから?


そういえば、クラッカーを鳴らす前に作良くんが「守屋、誕生日おめでとう!」って言ってくれたような……。

でも、どうして?


「作良くんが私の誕生日を知ってるの……?」

「実は生徒手帳を拾ったときに偶然見えて」

作良くんはそう言うと私の鞄を指差した。

数分前に鞄の中身をぶちまけた私。

生徒手帳には氏名やクラスはもちろん生年月日も記入してある。

私の誕生日を偶然、目にした作良くんが私に気を遣ってくれたってことなのかな?


「このクラッカーは明日誕生日のウッチーを驚かすために買ってたんだ。鞄に入れててよかった」


キラキラとした紙吹雪はもう全て床に落ちてしまった。

それなのに作良くんの笑顔は今もキラキラと輝いて見える。

……作良くんの周りに人が集まる理由がよくわかる。

彼は誰にでもこうなんだ。

優しくて、人を選ばず笑いかけてくれる。


私はその優しさと笑顔に救われて今、ここにいる。


「サプライズ成功だな。改めて誕生日おめでとう守屋」


「すごく……嬉しいです。ありがとうございます」


作良くんを困らせないように、涙をぐっとこらえて笑顔をつくる。



「どういたしまして。って……あ、ごめん紙吹雪が髪に」


作良くんが私の髪についた紙吹雪を取ってくれる。

たった数秒のことなのに、それだけで息が止まりそうになった。


「あ、これひとつだけあった当たり!」

 「当たり?」

「そう、ほら当たり」

作良くんが差し出すそれを両手で受け取る。

私の手のひらの中には他とは違う紙吹雪が一枚。

「星型だ……」

金色に輝く星の形をした紙吹雪。


「それ超レアで滅多に出ないやつ。俺、何回かこのクラッカー使ったことあるけど初めて見たよ。守屋ついてるな」

手の中で光る輝きをなくさないように両手でそっと包み込む。

「……私じゃないです。作良くんがついてるんですよ。作良くんだから」

私は特についている人間じゃない。

お正月に神社で引くおみくじはいつも吉か末吉。

お菓子の当たりを引いたこともないし、好きな雑誌の懸賞に当たったこともない。


このクラッカーだって買ったのは作良くんで、鳴らしたのも作良くんだ。

だから、これは作良くんがくれたキラキラなんだよ。

そう言いたいのに言葉がうまく出てこない。

「だから、えっと……」

「あのさ、守屋」


ガラガラッ──。



作良くんの言葉をかき消すように誰かが乱暴にドアを開けた。
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