幽霊学校からの脱出

速水静香

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第三話

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 気がつくと、僕はトイレの前に立っていた。
 どうしてここに?
 そこは3階のトイレの前だ。

「カズキくん、早く。一番奥の個室よ。」

 廊下に響く声。
 校内放送と同じ声。
 カシマさんだ。
 僕は恐怖で後ずさりしようとしたが、体が勝手に動き出す。
 まるで糸で操られる人形のように、僕の足は女子トイレへと向かっていく。

「やめて!行きたくない!」

 僕は叫んだが、体は止まらない。

 トイレに入り、一番奥の個室の前まで来た時、ドアがゆっくりと開いた。
 トイレの個室の中が見える。
 長い黒髪を垂らし、白いブラウスと白いスカートを着た女の子がいた。
 おそらくカシマさんだ。
 
「私を見つけてくれてありがとう。」

 カシマさんはそう言った。

 その目は悲しみに満ちていた。
 僕は言葉を失った。ユウタから聞いた話の通りだ。もし答えてしまったら……。

 その瞬間、僕のズボンにあるスマホが振動を始めた。
 着信しているようだ。
 僕の体は、まったく自分の意志では動かない。
 しかし、スマホが意志を持ったかのように、自動で電話を取った。
 スマホ越しにメリーさんの声が響いた。

 「私、メリーさん。あなたのうしろにいるの。………何も答えちゃダメよ!」

 それだけ言って、電話が切れた。
 カシマさんは、その電話を聞いているようだった。
 そして、僕の方向をその悲しい目で見つめなおす。

 すると、僕の体は勝手に動き出そうとしてた。
 僕の口は、何かを言おうとしている。
 カシマさんは、じっと僕を見つめていた。

「……ど………う………い………た……し……」

 僕の口が、自分の意志とは関係なく、動く。
 どういたしまして?

「だめー!!!」
 
 僕の後ろから、突然、そんな声が聞こえた。
 何か青いものが高速で突っ込んできた。
 メリーさんだ。

 メリーさんの声を聴いた瞬間。
 僕の体は、自由を取り戻した。

 メリーさんのほうを向いた。

「さあ、逃げるわよ!」

 メリーさんは、僕の手を取って女子トイレから飛び出した。
 トイレから出た先は、廊下だった。
 廊下は、真っ赤だった。

 ……いや、違う。

 廊下はいつもと変わっていなかった。

 窓の外から差し込む光が赤いのだ。
 太陽が真っ赤になっていて、夕暮れの色が赤くなっているのだ。
 窓の外からは、赤一色の不気味な風景が見える。
 校舎の外は、その赤い世界に覆われていて、学校の敷地より外の様子が見えない。

 いや、でも。
 そんなことを気にするよりも。
 逃げないと!

 全速力で廊下を走る。
 僕の背の半分くらいのメリーさんは、まるで宙に浮くように走っている。
 僕とメリーさんは、駆け足で廊下を走った。

 3階の階段へと向かう。
 そのまま僕は、段差を飛ばして一気に階段を下がる。

「ちょっと!」

 メリーさんは、僕が先に階段を下りるのを見て、そういった。
 メリーさんは、背が低いので僕のように段差を飛ばして降りられないようだ。

「わかった。乗って!」

 僕は、階段を下りているメリーさんを背負った。
 メリーさんは、人形のように軽い。
 僕は、メリーさんを背負って階段を下りていく。

 そして、1階に到着した。
 階段が終わると、メリーさんは、僕の背から飛び立つのように勝手に降りた。

「こっちよ!」

 メリーさんは、そういって走り始めた。

 降りてきた階段から一番近い教室。
 メリーさんは、一目散に1階の職員室へ駆け込む。
 僕もメリーさんに続いて、職員室へ入る。

「ここまでくれば、大丈夫でしょう。」
「また、カシマさんによって3階のトイレに飛ばされるかもしれない。」

 油断できない僕は、メリーさんにそう言った。

「じゃあ、カシマさんってどうやって退治すればいいのよ?」

 メリーさんは、困った顔で言った。

「カシマさんの話を他の誰かにすればいい。」

 僕はひらめいた。
 ユウタがやったようにすればいい。
 僕が他の誰かにカシマさんの話をすればいいのだ。

「どういうこと?」

 メリーさんは、僕に話の催促をしてきた。

「実は…。」

 僕はそこで一度、深呼吸をした。

「カシマさんの話を誰かにすると、話を聞いた人にカシマさんが現れるようになるんだ。」
「それで?」

 メリーさんは、ふむふむという感じで僕の話を聞いている。

「だけど、話をした人にはカシマさんは二度と現れなくなる。つまり、話をした人は助かるんだ。」
「なるほど。わかったわ。」

 メリーさんは、何かを考えたようだった。

「私にカシマさんの話をして?」
「えっ、でも。それじゃあ。」
「大丈夫。私には別に話す相手がいるの。」

 メリーさんは、そういってニコッと笑った。

「わかった。そうするよ。えっと、カシマさんの話をしよう。」

 僕は話を続けていった。

「まず、この学校の3階の女子トイレにカシマさんという幽霊が出るんだ。カシマさんは昔この学校の生徒だったんだけど、いじめられて……その女子トイレでいじめっ子たちに見つかって。」

 僕はそこでいったん話を区切った。
 メリーさんは、興味津々といった様子で話を聞いている。

「それ以来、3階の女子トイレには、カシマさんの幽霊が出るようになった。そして、カシマさんに会うと『私を見つけてくれてありがとう』って言われるんだ。でも、それに答えちゃいけない。答えると。」
「答えると?」

 メリーさんは僕に聞き返してきた。

「分からない。僕も聞いてない。」
「ふーん。」

 メリーさんは、それだけ言った。
 そして、先ほど逃げてきた女子トイレのことを思い出しているようだった。

「それで、この話を聞いた人にはカシマさんが現れるようになるんだ。現れたカシマさんは、話を聞いた人を、とにかく3階の女子トイレ、一番奥の個室へ誘導する。えっと、これまでに起こったような感じだよ。」

 僕は、ユウタから聞いた話を話し終えた。
 話を終えた僕はなんだか体が軽くなった気がした。
 メリーさんは考え込むような表情をしていた。

「それで話は終わり?」

 メリーさんは僕に聞いてきた。

「うん。」

 僕がそう言うと、メリーさんの手が光りだした。
 僕が驚いたようにメリーさんの手を見る。
 光が収まると、メリーさんの手にはスマホが握られていた。
 メリーさんのスマホは、ピンク色の女の子が持つようなカラーデザインだ。
 スマホには、カバーもしていた。

 スマホを何もない空間から取り出したのは、メリーさんの能力なんだろう、と僕は思った。

「誰かに電話するの?」

 僕は驚いて聞いた。

「ええ、知り合いよ。」

 メリーさんはスマホを操作しながら答えた。
 電話が繋がると、メリーさんは話し始めた。

「もしもし、私メリーよ。えっと、ちょっと怖い話を聞いたんだけど、聞いてくれる?」

 メリーさんは僕から聞いたカシマさんの話を、電話の相手に詳しく伝え始めた。
 僕は緊張しながらその様子を見守った。

「………そういうことなの。怖いでしょ?じゃあね。」

 メリーさんは話を終えた。
 電話を切ると、メリーさんのスマホは、ふっと消えた。
 スマホをしまった、ということだろう。
 スマホをしまったメリーさんは、僕に向き直った。

「これで私たちは助かったはず、よね?」

 メリーさんは、僕のほうを向いてそういった。

「えっと、あの。電話の相手は?」
「さとるくん、私の都市伝説仲間よ。大丈夫。あいつは死なないから。」

 メリーさんは、特に気にした様子もなく。
 それだけポツリといった。

「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね。」

 メリーさんは、僕にそう聞いてきた。

「僕は、中村カズキ。この学校の生徒で6年1組だ。」
「私はメリーさんよ。」

 僕たちは互いに自己紹介をした。
 カシマさんから逃げ切ったことで、多少はゆっくりできるようになったので、僕は改めてメリーさんをじっと見た。
 人形のような顔や背丈。そして、服装。
 やはり、メリーさんは、あの有名な怪談のやつらしい。

「どうかしたの?カズキ。」

 メリーさんは、僕へ問いかけてきた。
 じっと、見つめているのが気になったらしい。

「いや、メリーさんって本当に有名なんだなぁって。」

 僕は素直に思ったことを話した。
 メリーさんは、少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔になって話し始めた。

「そうでしょ!私ってすごいのよ!」

 メリーさんは自慢げに言った。
 背が自分の半分くらいなこともあって、メリーさんは小学校低学年の子供のように見えた。

 ふと、僕は職員室から外を見た。
 相変わらずの赤い空だ。
 外からは赤い光しか差し込まないせいで、この職員室も真っ赤な夕暮れの世界だ。
 その異様な雰囲気は、今の異常さを感じさせる。

「じゃあ、連絡先でも交換しましょうか。」

 メリーさんは、そう言った。
 いつの間にか、メリーさんはピンクのスマホを取り出していた。
 僕は頷いて、自分のスマホを取り出した。

 ふと、自分のスマホを操作し始めようとして、電波状況を見た。
 相変わらず電波が入っていない。
 本来、学校内で電波が入ってこないはずがない。

「メリーさん、スマホの電波って、どうなってる?」

 僕はメリーさんに聞いてみた。

「あっ!電波入ってこない。カズキも?」

 メリーさんは、そう言ってスマホの画面を見せてきた。
 スマホの画面は圏外の表示になっている。
 僕はそれに頷く。

「まだ、完全にカシマさんから抜け出せていないのかな。」

 僕は、呟くようにそういった。

「可能性はあるわね。あるいは………。」

 メリーさんはそう言って、職員室から赤い空間と化した校庭へと続くドアへと歩いていく。
 外へ出るドアは、大きなガラスとアルミの枠組みで出来ている。
 ガラスからは、外にある赤い太陽や誰もいない赤い校庭の様子が見えた。

 メリーさんは、ドアを動かそうとしている。
 全然動く様子がない。

 そこで、僕もメリーさんが格闘しているドアへ向かった。
 二人で、ドアを開けようとする。
 ビクともしない、とはこのことだろう。
 なにか強い力で固定されているかのように、ドアは動かない。

「メリーさん、後ろに下がって!」

 僕がそういうと、メリーさんは後ろに下がった。

 僕は思いっきり、ドアを蹴る。
 何度か蹴ってみるが、ドアはまったく変化がない。
 昇降口で、僕が出入口に消火器を投げつけた時と同じだ。

「やっぱりね。」

 メリーさんはそう呟く。
 僕はドアへの攻撃をやめて、メリーさんの方向に振り返った。

「私たちは、この校舎に囚われちゃったのよ。」

 メリーさんは、難しい表情を浮かべていた。


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