上 下
40 / 80

26.大輝から電話(2)

しおりを挟む
 電話の向こうから、耳障りの良い声が届く。

『あー、松村さんがレイカに酷いこと言われてないかなって気になって。前に、駅でレイカに会ったとき不安そうだったし。で、携帯持って部屋の中を歩き回ってたら電話が繋がってた』

 大輝の声がだんだんと聞き取りにくくなる。千紗は耳元で聞かされた言葉で緩んだ頬に手をあてた。

「優しいよね」

 嬉しい気持ちの反面、寂しさがこみ上げる。
 千紗はトラの額をデコピンした

「前も言ったけどさ、そんなこと女子に言わない方がいいよ。超イケメンの南くんに心配されてるって思ったら、自分のこと好きなんじゃないかって勘違いしたくなるよ」

 自分の中に同居する2つの感情をうまく消化できそうになくて、一線を引くために他の誰かを引き合いにして大輝をけん制する。

「…まあ、私は疑り深いから大丈夫だけどさ」

『……』

 家の前の道を走っているらしい小学生らしき子たちの足音と、何やら叫んでいる声が聞こえてきた。大輝が何かつぶやいたようだったけれど、それはかき消されてしまった。

「ごめん。聞き取れなかった。何?」

『別に』

 ふてくされたような声だった。
 大輝の素っ気ない返事を聞いて、複雑な感情に苛立ちが加わり、トラの額をもう一度デコピンする。

「あ、そっか。3股かけてるモテ男は女子に勘違いされても困らないかな。女子に本気になられなきゃいいもんね」

 自分でも嫌味に聞こえた。
 言い直したくても言葉が思い当たらない。聞こえるか聞こえないか微妙な大きさの舌打ちが聞こえた。

『そうだな。それでいいよ』

 投げやりな返事を聞いて、自分の口が恨めしくなった。訂正したくても、余計にこじらせてしまいそうな気もして、話を変えることにした。

「あ、そうだ。昼休みに電話した相手って黒川さんだったんだよね。で、黒川さんは私に会うから、南くんに会うの断ったんだ」

 口にしてから気づく。この話を持ち出して、どんな会話がしたかったのか。
 千紗はトラから窓の外へと視線を移す。夕焼けが少しずつ濃紺に浸食されてきている。

 電話の向こうで物音がした。大輝が姿勢でも変えたのだろうか。

『たぶん、そうだったんだろうな。そういえば、松村さん、相田さんと一緒にお昼食べてた?』

「うん。相田さんに声かけられてさ。なんか、南くんが私に話しかけなくなったのは自分のせいかもって言い出して……」

 千紗が話している途中で、耳に当てた携帯電話から大きな物音がした。思わず、耳から携帯電話を離した。

『いってぇ』

 何かにぶつかったのだろうか。

「どうしたの」

『ああ、ベッドに持たれて床に座ってんだけど、驚いて急に体を起こしたらローテーブルで膝をぶつけた』

 かなり痛いのだろう。大輝が肩で息をしている様子が耳に届く音からうかがえる。
 階下から食欲をそそるにおいが漂ってくる。肉じゃがのようだ。もう時間切れになるときは近づいているかもしれない。

「何に驚いたの」

 大輝が息を飲んだような気がした。

『相田さん、何て言ってたのかなって』

 驚くようなことだろうか。

「ああ、聞いてないんだよね。今更2週間も前のこと聞かされてもしかなたいし。聞いた方が良かった」

『ううん、話さなくなったのは、俺が松村さんにどう接すればいいかわからなくなっただけ』

 千紗が黙っていると、大輝は話を続けた。

『ごめんな。嫌な思いさせたよな』

 千紗の口からは笑いのような、ため息のようなよくわからない息が漏れた。

「嫌な思いっていうか、気にはしたよ。なんか怒らせたのかなとか、嫌がられるようなことしたのかなとか、いろいろ考えて」

『そっか、ごめん』

 以前と同じように気楽に話せるようになってきていた大輝の声が低くなり、消え入りそうだ。何とか切り替えなければと、千紗は頭を巡らす。

「あ、でもさ。私がウサギのキーホルダーのこと聞いたら、返事はなかったけど、通学鞄を私に見えるようにしてウサギを見せてくれたから嫌われてはないんだなって思った。だから、話してくれない理由はわからなくても、気にしなくていいかもって」

 つい早口になってしまう。

『うん、ここについてるっていえば良かったんだろうけど。うまく言えなくて……』

「いいよ。あ、私はね、キーホルダーはペンケースにつけてて、ぬいぐるみは勉強机の上に置いてる。ぬいぐるみは触ると、ふわふわしてて落ち着くんだよね。ありがとうね」

『良かった。気に入ってくれてて。捨てられてるかもって思ってた』

 千帆の顔が緩み、笑い声が口から漏れた。

「なんか南くんって不思議だよね」

 おかしさがこみ上げてくるのは、緊張から解き放たれたせいだろうか。

「美人顔の超イケメンでさ、すっごいモテてて、3股もかけてるからチャラそうなのにさ。本気で好きになられる女子は気持ちに応えられないからってキッパリ断るような真面目なとこあるし、過去の恋愛の話するときは切なそうな顔見せるし、今は自信なさげだし」

『え、そんなこと初めて言われたかも』

 千紗が返事をしようとしたとき、階下から母親の声が響いた。

「ごめん。ご飯できたみたい。ね、これからは、また今みたいに話そうね」

『ん。じゃ、連休明けに学校で』

 話し始めたときと違って穏やかな気持ちで通話を終えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

JC💋フェラ

山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~

中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。 翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。 けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。 「久我組の若頭だ」 一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。 ※R18 ※性的描写ありますのでご注意ください

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

処理中です...