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26.大輝から電話(2)
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電話の向こうから、耳障りの良い声が届く。
『あー、松村さんがレイカに酷いこと言われてないかなって気になって。前に、駅でレイカに会ったとき不安そうだったし。で、携帯持って部屋の中を歩き回ってたら電話が繋がってた』
大輝の声がだんだんと聞き取りにくくなる。千紗は耳元で聞かされた言葉で緩んだ頬に手をあてた。
「優しいよね」
嬉しい気持ちの反面、寂しさがこみ上げる。
千紗はトラの額をデコピンした
「前も言ったけどさ、そんなこと女子に言わない方がいいよ。超イケメンの南くんに心配されてるって思ったら、自分のこと好きなんじゃないかって勘違いしたくなるよ」
自分の中に同居する2つの感情をうまく消化できそうになくて、一線を引くために他の誰かを引き合いにして大輝をけん制する。
「…まあ、私は疑り深いから大丈夫だけどさ」
『……』
家の前の道を走っているらしい小学生らしき子たちの足音と、何やら叫んでいる声が聞こえてきた。大輝が何かつぶやいたようだったけれど、それはかき消されてしまった。
「ごめん。聞き取れなかった。何?」
『別に』
ふてくされたような声だった。
大輝の素っ気ない返事を聞いて、複雑な感情に苛立ちが加わり、トラの額をもう一度デコピンする。
「あ、そっか。3股かけてるモテ男は女子に勘違いされても困らないかな。女子に本気になられなきゃいいもんね」
自分でも嫌味に聞こえた。
言い直したくても言葉が思い当たらない。聞こえるか聞こえないか微妙な大きさの舌打ちが聞こえた。
『そうだな。それでいいよ』
投げやりな返事を聞いて、自分の口が恨めしくなった。訂正したくても、余計にこじらせてしまいそうな気もして、話を変えることにした。
「あ、そうだ。昼休みに電話した相手って黒川さんだったんだよね。で、黒川さんは私に会うから、南くんに会うの断ったんだ」
口にしてから気づく。この話を持ち出して、どんな会話がしたかったのか。
千紗はトラから窓の外へと視線を移す。夕焼けが少しずつ濃紺に浸食されてきている。
電話の向こうで物音がした。大輝が姿勢でも変えたのだろうか。
『たぶん、そうだったんだろうな。そういえば、松村さん、相田さんと一緒にお昼食べてた?』
「うん。相田さんに声かけられてさ。なんか、南くんが私に話しかけなくなったのは自分のせいかもって言い出して……」
千紗が話している途中で、耳に当てた携帯電話から大きな物音がした。思わず、耳から携帯電話を離した。
『いってぇ』
何かにぶつかったのだろうか。
「どうしたの」
『ああ、ベッドに持たれて床に座ってんだけど、驚いて急に体を起こしたらローテーブルで膝をぶつけた』
かなり痛いのだろう。大輝が肩で息をしている様子が耳に届く音からうかがえる。
階下から食欲をそそるにおいが漂ってくる。肉じゃがのようだ。もう時間切れになるときは近づいているかもしれない。
「何に驚いたの」
大輝が息を飲んだような気がした。
『相田さん、何て言ってたのかなって』
驚くようなことだろうか。
「ああ、聞いてないんだよね。今更2週間も前のこと聞かされてもしかなたいし。聞いた方が良かった」
『ううん、話さなくなったのは、俺が松村さんにどう接すればいいかわからなくなっただけ』
千紗が黙っていると、大輝は話を続けた。
『ごめんな。嫌な思いさせたよな』
千紗の口からは笑いのような、ため息のようなよくわからない息が漏れた。
「嫌な思いっていうか、気にはしたよ。なんか怒らせたのかなとか、嫌がられるようなことしたのかなとか、いろいろ考えて」
『そっか、ごめん』
以前と同じように気楽に話せるようになってきていた大輝の声が低くなり、消え入りそうだ。何とか切り替えなければと、千紗は頭を巡らす。
「あ、でもさ。私がウサギのキーホルダーのこと聞いたら、返事はなかったけど、通学鞄を私に見えるようにしてウサギを見せてくれたから嫌われてはないんだなって思った。だから、話してくれない理由はわからなくても、気にしなくていいかもって」
つい早口になってしまう。
『うん、ここについてるっていえば良かったんだろうけど。うまく言えなくて……』
「いいよ。あ、私はね、キーホルダーはペンケースにつけてて、ぬいぐるみは勉強机の上に置いてる。ぬいぐるみは触ると、ふわふわしてて落ち着くんだよね。ありがとうね」
『良かった。気に入ってくれてて。捨てられてるかもって思ってた』
千帆の顔が緩み、笑い声が口から漏れた。
「なんか南くんって不思議だよね」
おかしさがこみ上げてくるのは、緊張から解き放たれたせいだろうか。
「美人顔の超イケメンでさ、すっごいモテてて、3股もかけてるからチャラそうなのにさ。本気で好きになられる女子は気持ちに応えられないからってキッパリ断るような真面目なとこあるし、過去の恋愛の話するときは切なそうな顔見せるし、今は自信なさげだし」
『え、そんなこと初めて言われたかも』
千紗が返事をしようとしたとき、階下から母親の声が響いた。
「ごめん。ご飯できたみたい。ね、これからは、また今みたいに話そうね」
『ん。じゃ、連休明けに学校で』
話し始めたときと違って穏やかな気持ちで通話を終えた。
『あー、松村さんがレイカに酷いこと言われてないかなって気になって。前に、駅でレイカに会ったとき不安そうだったし。で、携帯持って部屋の中を歩き回ってたら電話が繋がってた』
大輝の声がだんだんと聞き取りにくくなる。千紗は耳元で聞かされた言葉で緩んだ頬に手をあてた。
「優しいよね」
嬉しい気持ちの反面、寂しさがこみ上げる。
千紗はトラの額をデコピンした
「前も言ったけどさ、そんなこと女子に言わない方がいいよ。超イケメンの南くんに心配されてるって思ったら、自分のこと好きなんじゃないかって勘違いしたくなるよ」
自分の中に同居する2つの感情をうまく消化できそうになくて、一線を引くために他の誰かを引き合いにして大輝をけん制する。
「…まあ、私は疑り深いから大丈夫だけどさ」
『……』
家の前の道を走っているらしい小学生らしき子たちの足音と、何やら叫んでいる声が聞こえてきた。大輝が何かつぶやいたようだったけれど、それはかき消されてしまった。
「ごめん。聞き取れなかった。何?」
『別に』
ふてくされたような声だった。
大輝の素っ気ない返事を聞いて、複雑な感情に苛立ちが加わり、トラの額をもう一度デコピンする。
「あ、そっか。3股かけてるモテ男は女子に勘違いされても困らないかな。女子に本気になられなきゃいいもんね」
自分でも嫌味に聞こえた。
言い直したくても言葉が思い当たらない。聞こえるか聞こえないか微妙な大きさの舌打ちが聞こえた。
『そうだな。それでいいよ』
投げやりな返事を聞いて、自分の口が恨めしくなった。訂正したくても、余計にこじらせてしまいそうな気もして、話を変えることにした。
「あ、そうだ。昼休みに電話した相手って黒川さんだったんだよね。で、黒川さんは私に会うから、南くんに会うの断ったんだ」
口にしてから気づく。この話を持ち出して、どんな会話がしたかったのか。
千紗はトラから窓の外へと視線を移す。夕焼けが少しずつ濃紺に浸食されてきている。
電話の向こうで物音がした。大輝が姿勢でも変えたのだろうか。
『たぶん、そうだったんだろうな。そういえば、松村さん、相田さんと一緒にお昼食べてた?』
「うん。相田さんに声かけられてさ。なんか、南くんが私に話しかけなくなったのは自分のせいかもって言い出して……」
千紗が話している途中で、耳に当てた携帯電話から大きな物音がした。思わず、耳から携帯電話を離した。
『いってぇ』
何かにぶつかったのだろうか。
「どうしたの」
『ああ、ベッドに持たれて床に座ってんだけど、驚いて急に体を起こしたらローテーブルで膝をぶつけた』
かなり痛いのだろう。大輝が肩で息をしている様子が耳に届く音からうかがえる。
階下から食欲をそそるにおいが漂ってくる。肉じゃがのようだ。もう時間切れになるときは近づいているかもしれない。
「何に驚いたの」
大輝が息を飲んだような気がした。
『相田さん、何て言ってたのかなって』
驚くようなことだろうか。
「ああ、聞いてないんだよね。今更2週間も前のこと聞かされてもしかなたいし。聞いた方が良かった」
『ううん、話さなくなったのは、俺が松村さんにどう接すればいいかわからなくなっただけ』
千紗が黙っていると、大輝は話を続けた。
『ごめんな。嫌な思いさせたよな』
千紗の口からは笑いのような、ため息のようなよくわからない息が漏れた。
「嫌な思いっていうか、気にはしたよ。なんか怒らせたのかなとか、嫌がられるようなことしたのかなとか、いろいろ考えて」
『そっか、ごめん』
以前と同じように気楽に話せるようになってきていた大輝の声が低くなり、消え入りそうだ。何とか切り替えなければと、千紗は頭を巡らす。
「あ、でもさ。私がウサギのキーホルダーのこと聞いたら、返事はなかったけど、通学鞄を私に見えるようにしてウサギを見せてくれたから嫌われてはないんだなって思った。だから、話してくれない理由はわからなくても、気にしなくていいかもって」
つい早口になってしまう。
『うん、ここについてるっていえば良かったんだろうけど。うまく言えなくて……』
「いいよ。あ、私はね、キーホルダーはペンケースにつけてて、ぬいぐるみは勉強机の上に置いてる。ぬいぐるみは触ると、ふわふわしてて落ち着くんだよね。ありがとうね」
『良かった。気に入ってくれてて。捨てられてるかもって思ってた』
千帆の顔が緩み、笑い声が口から漏れた。
「なんか南くんって不思議だよね」
おかしさがこみ上げてくるのは、緊張から解き放たれたせいだろうか。
「美人顔の超イケメンでさ、すっごいモテてて、3股もかけてるからチャラそうなのにさ。本気で好きになられる女子は気持ちに応えられないからってキッパリ断るような真面目なとこあるし、過去の恋愛の話するときは切なそうな顔見せるし、今は自信なさげだし」
『え、そんなこと初めて言われたかも』
千紗が返事をしようとしたとき、階下から母親の声が響いた。
「ごめん。ご飯できたみたい。ね、これからは、また今みたいに話そうね」
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