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3.バレンタインデー(大地)前編
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オフィスの雰囲気が普段と少し様子が違い、空気が浮足立っているような気がする。
出社した大地は自分のデスクへ着いて、その上に置かれたものを見つめた。
違和感はこのせいか。
デスクには、金色のリボンが結ばれた箱、濃いピンク色の箱、シックなブラウンの箱が置かれていた。
「ああ、バレンタインデーか」
どれも小さな箱だったけれど、鞄を置くには邪魔だった。右手でまとめて箱を横にスライドさせる。
椅子に腰を下ろして、箱を見た。
「置かれてあるものを返すわけにはいかないよな」
細く長く息を吐きながら、チョコレートが入っていると思われる箱3つを手に取った。
煌々と照らす蛍光灯の光が遮られた。
近くに誰かが立っている。
「黒崎くん、これ」
白地に小さいハートを散りばめた箱が目の前に差し出される。
大地はそれを持っている人を見上げる。
同じ課の5年ほど先輩にあたる彼女は受け取れと言わんばかりに、箱を押し出してきた。
「はい、受け取って」
席を立った大地が目を泳がせていると、通りがかった課長が肩を叩いてきた。
「彼女は毎年、課員の男全員にくれるんだよ。気を遣うなって言ってるんだけど」
その言葉に大地は頬が緩んだ。
彼女が胸にチョコレートを押しつけてきた。
「あからさまにホッとするんじゃないわよ。本命チョコなら傷つくじゃない。まあ、私はあいにく大恋愛中の彼氏がいますからねっ」
気分を害したという口調だけれど、いたずらっ子っぽい表情から冗談だということが見てとれる。
大地はお礼を言って、白地の箱を受け取った。満足そうにうなずいた彼女は課長席に向かって歩き出す。
「あ、そうそう。机の上に置いてあったチョコだけど。誰からのかわかっても気持ちに応える気がなかったらホワイトデー返さなくていいからね。それがいつの間にかできた、うちの会社の本命チョコのルール。黒崎くん、モテるから。ルール覚えといて。女性に変な期待させないでよー」
彼女の背を見ると、その奥で課長が楽しそうに笑っていた。
もらったチョコレートの箱を鞄に入れて、再び席に座る。パソコンを立ち上げながら、尚の顔を思い浮かべていた。
「部屋が離れてて助かった」
尚と大地の部署は同じ階にあるけれど、西側、東側に分かれている。建物の中央にエレベーター3基が並ぶホール、トイレや給湯室、自販機が置かれた休憩室が設けられているのだ。
始業近くなると、オフィスは普段と変わらない空気を取り戻してきた。
取り戻すと言っても、浮足立ったような感覚を感じていたのは大地だけかもしれなかった。
「会社でバレンタインデーに気を取られるやつなんていないよな」
自嘲する。
去年まで学生だった大地は、毎年、紙袋いっぱいのチョコレートをもらっていた。付き合っている彼女がいてもおかまいなしに渡してくる女子たちに断りを入れたり、押しつけてこられたチョコレートで彼女とケンカになったりして、高校生のころから良い思いではない。
そのせいか、今年も気持ちが過敏になっていたようだ。
もしかしたら、尚は男だからチョコレートをもらっているのを見てもヤキモチを向けてくることはないのかもしれない。
大地は仕事に集中しようと、頭を横に振った。
1時間以上、パソコンを凝視して、キーボードを打ち込んでいたせいか、目と腕が疲れる。集中力が落ちていていることもあり、自販機でコーヒーを買って休憩することにした。
「少し休憩してきます」
隣に座る先輩に声をかけて席を立った。
出社した大地は自分のデスクへ着いて、その上に置かれたものを見つめた。
違和感はこのせいか。
デスクには、金色のリボンが結ばれた箱、濃いピンク色の箱、シックなブラウンの箱が置かれていた。
「ああ、バレンタインデーか」
どれも小さな箱だったけれど、鞄を置くには邪魔だった。右手でまとめて箱を横にスライドさせる。
椅子に腰を下ろして、箱を見た。
「置かれてあるものを返すわけにはいかないよな」
細く長く息を吐きながら、チョコレートが入っていると思われる箱3つを手に取った。
煌々と照らす蛍光灯の光が遮られた。
近くに誰かが立っている。
「黒崎くん、これ」
白地に小さいハートを散りばめた箱が目の前に差し出される。
大地はそれを持っている人を見上げる。
同じ課の5年ほど先輩にあたる彼女は受け取れと言わんばかりに、箱を押し出してきた。
「はい、受け取って」
席を立った大地が目を泳がせていると、通りがかった課長が肩を叩いてきた。
「彼女は毎年、課員の男全員にくれるんだよ。気を遣うなって言ってるんだけど」
その言葉に大地は頬が緩んだ。
彼女が胸にチョコレートを押しつけてきた。
「あからさまにホッとするんじゃないわよ。本命チョコなら傷つくじゃない。まあ、私はあいにく大恋愛中の彼氏がいますからねっ」
気分を害したという口調だけれど、いたずらっ子っぽい表情から冗談だということが見てとれる。
大地はお礼を言って、白地の箱を受け取った。満足そうにうなずいた彼女は課長席に向かって歩き出す。
「あ、そうそう。机の上に置いてあったチョコだけど。誰からのかわかっても気持ちに応える気がなかったらホワイトデー返さなくていいからね。それがいつの間にかできた、うちの会社の本命チョコのルール。黒崎くん、モテるから。ルール覚えといて。女性に変な期待させないでよー」
彼女の背を見ると、その奥で課長が楽しそうに笑っていた。
もらったチョコレートの箱を鞄に入れて、再び席に座る。パソコンを立ち上げながら、尚の顔を思い浮かべていた。
「部屋が離れてて助かった」
尚と大地の部署は同じ階にあるけれど、西側、東側に分かれている。建物の中央にエレベーター3基が並ぶホール、トイレや給湯室、自販機が置かれた休憩室が設けられているのだ。
始業近くなると、オフィスは普段と変わらない空気を取り戻してきた。
取り戻すと言っても、浮足立ったような感覚を感じていたのは大地だけかもしれなかった。
「会社でバレンタインデーに気を取られるやつなんていないよな」
自嘲する。
去年まで学生だった大地は、毎年、紙袋いっぱいのチョコレートをもらっていた。付き合っている彼女がいてもおかまいなしに渡してくる女子たちに断りを入れたり、押しつけてこられたチョコレートで彼女とケンカになったりして、高校生のころから良い思いではない。
そのせいか、今年も気持ちが過敏になっていたようだ。
もしかしたら、尚は男だからチョコレートをもらっているのを見てもヤキモチを向けてくることはないのかもしれない。
大地は仕事に集中しようと、頭を横に振った。
1時間以上、パソコンを凝視して、キーボードを打ち込んでいたせいか、目と腕が疲れる。集中力が落ちていていることもあり、自販機でコーヒーを買って休憩することにした。
「少し休憩してきます」
隣に座る先輩に声をかけて席を立った。
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