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新婚生活編
21.癒し効果
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最近彗の帰りが遅い。
どうやら彗の職場では事故や体調不良で立て続けに休む人が続出しており、その穴を埋めるために残業が続いているらしい。
「ん~今日もよく頑張った……」
仕事を終えて帰宅した彗はスーツ姿のままソファへダイブして大きく伸びをした。
「おつかれ。風呂沸かしてあるぞ」
「ありがとー」
そう言ってへらりと微笑む彗はやはりやつれて見えた。
「最近忙しそうだけど大丈夫か」
「うん、平気だよ」
「俺に手伝える事があったら遠慮せず言えよ。愚痴でもなんでも聞くし」
「へへ、頼りにしてま~す」
隣に腰掛けて顔を覗き込むように語りかけると、彗は目を細めて嬉しそうに笑った。
しかしこの調子だと恐らく俺に甘える気はないのだろう。
彗は甘え上手に見えて本当に辛い時はこうして一人で抱え込んでしまうのだ。
こんなに近くに居るのに頼ってもらえない事がもどかしい。
俺は小さくため息をつくと、隣でぐったりしている彗の頭を優しく撫でた。
「……へ?」
すると彗は驚いたように目を見開いてそのまま時が止まったように固まってしまった。
正直、俺も自分自身の行動に驚いていた。
彗の疲れた顔を見ていたら自然と手が動いてしまったのだ。
「あ、悪い……つい」
己の奇行にハッとして手を引っ込めようとすると、それよりも早く彗の手が伸びてきて俺の手首を掴んだ。
「彗?」
「もうちょっとだけ……」
彗は俺の目を見て、少し遠慮がちにお願いしてきた。
「あ、あぁ」
俺は内心ドキドキしながらも、努めて冷静なフリをして再び彗の髪を撫でてやる。
少し癖のある髪は見た目よりも柔らかく指通りが良い。
しばらくそうしていると彗は安心しきったような表情を見せてくれた。
それが何だか嬉しくて俺もほっとする。
「ありがと」
「別に。他にして欲しい事があれば言えよ。可能な限り応えるから」
「んー……そうだなぁ」
そう言って彗はソファに体重を預けながら天井を見上げた。
彗がこういう時に甘えられないのは元々の性格だけじゃなく、俺にも原因があるのかもしれない。
思い返せば今まで俺から自発的に彗に何かしてやった事なんてほとんど無かった気がする。
だからこそせめて彗が何か頼みやすい雰囲気を作ってやりたいと思ったのだが、果たして上手くできているだろうか。
「じゃあさ」
「うん」
「ぎゅって抱きしめても良い?」
「……え、そんな事で良いのか」
「うん。あ、でも瞬ちゃんが嫌じゃなければの話だけど」
予想外の要求に驚いたが、彗があまりにも不安げな声で訊ねるものだから思わず了承してしまった。
それに『ハグはストレス解消に効果がある』と最近テレビか何かで見た記憶がある。
俺は意を決してソファの上で身体をずらすと彗に向かって両手を広げた。
「えーっと……ど、どうぞ?」
「ふふ、失礼しまーす」
そう言って彗は俺の身体をぎゅっと抱きしめた後、首筋に鼻を埋めてゆっくりと深呼吸をした。
「瞬ちゃんの匂いだ~」
「そりゃそうだろ」
「ふふ、落ち着く。大好き」
風呂上がりとはいえ体臭を嗅がれるのには少し抵抗があったが、今回は大人しく受け入れることにした。
背中を優しく撫でてやると耳元で嬉しそうに彗が笑う。
初めての抱擁は想像していたよりもずっと穏やかで心地よくて俺まで満たされた気持ちになった。
「もう満足したか?」
「もうちょい」
「仕方ねえなぁ」
「へへ、瞬ちゃんやっさしー」
男同士で何をやっているんだと呆れつつも、こうしているとまるで大型犬に懐かれているような気分になって不思議と嫌ではなかった。
「心配かけてごめんね」
「気にすんなって。元気出たか?」
「うん、寿命延びた」
「ならよかった」
そう笑うと彗は嬉しそうにぐりぐりと俺の首筋に頭を押し付けて来た。
柔らかな髪がくすぐったい。
そして俺はそんな彗の仕草すらも愛おしく感じている自分自身に気付いてしまった。
どうやら彗の職場では事故や体調不良で立て続けに休む人が続出しており、その穴を埋めるために残業が続いているらしい。
「ん~今日もよく頑張った……」
仕事を終えて帰宅した彗はスーツ姿のままソファへダイブして大きく伸びをした。
「おつかれ。風呂沸かしてあるぞ」
「ありがとー」
そう言ってへらりと微笑む彗はやはりやつれて見えた。
「最近忙しそうだけど大丈夫か」
「うん、平気だよ」
「俺に手伝える事があったら遠慮せず言えよ。愚痴でもなんでも聞くし」
「へへ、頼りにしてま~す」
隣に腰掛けて顔を覗き込むように語りかけると、彗は目を細めて嬉しそうに笑った。
しかしこの調子だと恐らく俺に甘える気はないのだろう。
彗は甘え上手に見えて本当に辛い時はこうして一人で抱え込んでしまうのだ。
こんなに近くに居るのに頼ってもらえない事がもどかしい。
俺は小さくため息をつくと、隣でぐったりしている彗の頭を優しく撫でた。
「……へ?」
すると彗は驚いたように目を見開いてそのまま時が止まったように固まってしまった。
正直、俺も自分自身の行動に驚いていた。
彗の疲れた顔を見ていたら自然と手が動いてしまったのだ。
「あ、悪い……つい」
己の奇行にハッとして手を引っ込めようとすると、それよりも早く彗の手が伸びてきて俺の手首を掴んだ。
「彗?」
「もうちょっとだけ……」
彗は俺の目を見て、少し遠慮がちにお願いしてきた。
「あ、あぁ」
俺は内心ドキドキしながらも、努めて冷静なフリをして再び彗の髪を撫でてやる。
少し癖のある髪は見た目よりも柔らかく指通りが良い。
しばらくそうしていると彗は安心しきったような表情を見せてくれた。
それが何だか嬉しくて俺もほっとする。
「ありがと」
「別に。他にして欲しい事があれば言えよ。可能な限り応えるから」
「んー……そうだなぁ」
そう言って彗はソファに体重を預けながら天井を見上げた。
彗がこういう時に甘えられないのは元々の性格だけじゃなく、俺にも原因があるのかもしれない。
思い返せば今まで俺から自発的に彗に何かしてやった事なんてほとんど無かった気がする。
だからこそせめて彗が何か頼みやすい雰囲気を作ってやりたいと思ったのだが、果たして上手くできているだろうか。
「じゃあさ」
「うん」
「ぎゅって抱きしめても良い?」
「……え、そんな事で良いのか」
「うん。あ、でも瞬ちゃんが嫌じゃなければの話だけど」
予想外の要求に驚いたが、彗があまりにも不安げな声で訊ねるものだから思わず了承してしまった。
それに『ハグはストレス解消に効果がある』と最近テレビか何かで見た記憶がある。
俺は意を決してソファの上で身体をずらすと彗に向かって両手を広げた。
「えーっと……ど、どうぞ?」
「ふふ、失礼しまーす」
そう言って彗は俺の身体をぎゅっと抱きしめた後、首筋に鼻を埋めてゆっくりと深呼吸をした。
「瞬ちゃんの匂いだ~」
「そりゃそうだろ」
「ふふ、落ち着く。大好き」
風呂上がりとはいえ体臭を嗅がれるのには少し抵抗があったが、今回は大人しく受け入れることにした。
背中を優しく撫でてやると耳元で嬉しそうに彗が笑う。
初めての抱擁は想像していたよりもずっと穏やかで心地よくて俺まで満たされた気持ちになった。
「もう満足したか?」
「もうちょい」
「仕方ねえなぁ」
「へへ、瞬ちゃんやっさしー」
男同士で何をやっているんだと呆れつつも、こうしているとまるで大型犬に懐かれているような気分になって不思議と嫌ではなかった。
「心配かけてごめんね」
「気にすんなって。元気出たか?」
「うん、寿命延びた」
「ならよかった」
そう笑うと彗は嬉しそうにぐりぐりと俺の首筋に頭を押し付けて来た。
柔らかな髪がくすぐったい。
そして俺はそんな彗の仕草すらも愛おしく感じている自分自身に気付いてしまった。
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