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両想い編
お酒-後編-
しおりを挟む「この度はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
目が覚めて早々に北斗は俺に向かって勢いよく土下座をしてきた。
「別になんともなかったし頭なんか下げなくていいって!」
北斗のあまりの形相に気圧されながらも、俺は必死にフォローを入れた。
「俺……昨日の記憶が無くて……昴さんにとんでもない事をしてしまったんじゃないかと思うと……」
「大丈夫だからとりあえず顔上げてくれよ」
フローリングの床に額を擦り付けるようにして謝罪をする北斗の姿があまりにも可哀想で、どうにかして顔を上げさせようと試みる。
だが、彼は頑なに顔を伏せたままで俺は困り果ててしまった。
こんな状態の北斗に『昨日は酔ったお前に強引に押し倒されてキスされてその上プロポーズまでされた』なんて伝えたら収拾がつかなくなりそうだ。
「おーい、北斗くん」
恋人を土下座させる趣味なんてないんだけどな、と内心でぼやく。
「……でも、絶対迷惑かけてましたよね。挙句の果てにはベッドまで占領して……」
「そんなの気にしなくていいって」
「あの、俺、昴さんに失礼なことしませんでしたか?」
「べつになんにも。昨日のお前はべろべろに酔ってたから変な事する余裕なんてなかったよ」
一応、嘘は言っていない。
「本当ですか?」
北斗はそう言ってようやく顔を上げた。
その表情はまだ不安げだったが、俺の言葉を信じてくれたらしく幾分か安堵の色が見える。
「ほんと。俺んちついたらすぐ寝ちゃったしな。それより体調は大丈夫か?」
「……はい。だいぶ良くなりました」
「よし!じゃあとりあえずシャワーでも浴びてさっぱりしてこいよ。その間に朝飯作っとくからさ」
俺の言葉を聞いて北斗は少し考える素振りを見せた後、小さくこくりと首を縦に振った。
「すみません。ありがとうございます」
北斗は俺に一礼すると、着替えを持って浴室へと向かった。
しばらくしてリビングに姿を現した北斗は部屋着にカーディガンというラフな格好をしていた。
髪もしっかりと乾かしてきているようで、いつも通りのイケメンに戻っている。
「食欲あるか?無理に全部食べなくてもいいけど」
俺は椅子に腰掛けながら彼に声をかけた。
テーブルの上に並べた料理はトーストにスクランブルエッグ、ソーセージとサラダといったシンプルなものだったが、北斗はキラキラとした瞳でそれらを眺めていた。
「いただきます!」
北斗は相変わらず無表情だったが声色が心做しか弾んでいるように感じられた。
先ほどまで落ち込んでいたのが嘘のようにいそいそと席につく彼を見てホッとする。
「ん。召し上がれ」
北斗はフォークを手に取り、まずはスクランブルエッグを口に運んだ。
「やっぱり昴さんの作るご飯は美味しいです」
「こんなの誰が作っても同じだっての」
そう笑いつつも俺は彼の反応に安心して自分の分の食事に手をつけた。
しばらくお互い黙々と食事をしていたが、ふと昨日の出来事を思い出した俺は口を開いた。
「そういえばさ、昨日はなんで酒なんて飲んだんだ?」
同僚は北斗が自ら進んで酒を呑んだような発言をしていた。
だが、普段のこいつなら絶対にそんな事はしないはずだ。
それに昨日の北斗はなんだか様子がおかしかった気がする。
「それは……」
北斗は視線を泳がせ、言葉を選んでいるようだった。
なにやら後ろめたい事情でもあるらしい。
「言いたくないなら無理しなくても良いぞ」
北斗の様子を見て俺は慌てて言葉を付け足したが、彼は首を横に振った。
「いえ。昴さんに隠し事なんてしたくないです」
そうぽつりと呟くと、やがて決心したようにゆっくりと口を開いた。
「……昴さんが喜ぶと思ったんです」
「え?なんでそこで俺が出て来るんだよ」
「昴さんって誰かとお酒飲むの好きじゃないですか」
「ん?ああ」
「俺もお酒が飲めるようになったら、昴さんと一緒に飲みに行けるんじゃないかなって思ったんです」
「……ほお」
「それで、飲み会の時に先輩に相談したら甘いお酒の方が飲みやすいかもって教えてくれて……」
そこまで言って北斗は再び口を閉ざしてしまった。
つまり俺と一緒に酒を飲む為に練習をしていたというわけだ。
北斗の行動の真意を知って、俺は思わず笑ってしまった。
「きっと、柏原先輩のことが羨ましかったのかもしれません。昴さんの好きなものを一緒に共有できて」
「……はぁ、なるほどねぇ」
俺はトーストにいちごジャムを塗りながら相槌を打った。
北斗が柏原をライバル視しているのはなんとなく知っていたが、まさか今でもそんな感情を抱いているとは思わなかった。
「でも、結局迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい」
「あー!もうこれ以上謝るの禁止な」
俺は再び謝罪を始めようとした北斗を遮るようにして言った。
「てかさ、酒の練習なら俺とすりゃ良かったじゃん」
「でも、迷惑じゃないですか?」
「別にいいよ。俺はお前と一緒の時間過ごせるだけで楽しいし」
俺がそう笑うと北斗は一瞬驚いた顔をして、それからほんのり頬を赤く染めた。
「……じゃあ、是非よろしくお願いします」
「おう、任せろ!でも無理は禁止な」
北斗の言葉に俺は笑顔で答えた。
正直、今後は俺以外の人間と酒を飲むのは控えて欲しいところだが、さすがにそこまで行動を制限できる権利などない。
いつの間にか大きくなっていた自分の独占欲に思わず苦笑してしまう。
安心したように再び食事を再開する北斗を見ながら、俺は今後のことについて思いを巡らせた。
決して自惚れているわけでは無いが、北斗が俺との結婚を考えている事は実は想定内だった。
そして、俺自身もこの男と一緒になれたらどんなに幸せだろうと思っていた。
しかし、同性婚が認められるようになったとはいえ男同士というのはまだ世間的に受け入れられにくい問題である事も事実だ。
親友婚と主張すれば同性愛者バレは回避できなくもないが、正直者の北斗に一生そんな振る舞いを強いるのはあまりにも酷だろう。
何より、同性との結婚を彼の親や家族が許さないのではないかという不安があった。
もちろんこの男を手放すつもりは毛頭ない。
だからこそ、北斗が結婚を望むのであればそれ相応の覚悟を持って臨まなければならないし、年長者として責任を持って彼を導いて行く必要があるのだ。
「昴さん、どうかしましたか?」
不意に声をかけられてハッとする。
「あっいや……えーっと、今日は予定とか大丈夫なのかな~って」
俺は誤魔化すように咄嵯に話題を変えた。
「俺は特に何も」
「そっか。じゃあ久しぶりに2人でどっか遊びに行くのもいいな。あ、もちろんお前の体調次第だけど」
俺の言葉を聞いて北斗は少し考える素振りを見せた後、小さく口を開く。
「今日は家でゆっくりしたいです」
「りょーかい。最近忙しかったもんな~。後で駅まで送るわ」
北斗の体調が最優先だと思いつつも、少し寂しさを感じている自分に気付き、心の中で苦笑した。
「いえ、あの」
「ん?」
「今日は昴さんとゆっくりいちゃいちゃしたいので、おうちデートが良いです……って、意味です」
北斗は相変わらず平然とした様子で淡々と告げてきた。
ピクリとも動かない表情筋と『いちゃいちゃ』という単語があまりにもミスマッチすぎて、俺は思わず吹き出してしまう。
「あははは!そっか。よし、じゃあこれ食い終わったらいちゃいちゃするかぁ」
「はいっ!」
北斗の元気な返事に愛しさを感じながら、俺は残りのトーストを口に詰め込み、コーヒーで流し込んだ。
こうして、2人の穏やかな休日が始まったのであった。
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