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片想い編

12.昴星-2-

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我ながらなんとも情けない誘い方だったと思う。
「先輩、何か買いたい物でもあるんですか?」
「ああ、ちょっと秋物の服を見たくて」
「そうですか。俺も先輩と同じブランドで揃えたかったのでちょうど良かったです」
そんな会話をしながら、俺達はエスカレーターに乗ってメンズフロアへと向かう。
時間稼ぎの為に適当についた嘘だったがデートのようで何だか楽しくなってきてしまった自分が居た。

店内は休日という事もあってカップルや家族連れが多く、杉宮もどこか楽しげな雰囲気だった。
以前はこういう活気のある場所に来ると逆に孤独感を感じてしまう事もあったが、今は不思議とそんな気持ちにはならない。
それはきっと隣に杉宮がいるからだ。

一通り買い物を済ませ、適当に店内をぶらついていると不意に聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

まさかこんなところにいるはずないと思いつつもそちらに視線を向ける。
前方から向かってきた男女二人組とすれ違った瞬間、見知った顔が視界に飛び込んできた。

「……!」
反射的に立ち止まってしまった俺の様子を不思議に思った杉宮が首を傾げる。
「先輩?どうかしました?」

「……あれ、昴?」
背後から聞き覚えのある甘ったるい男の声が聞こえた。
それに続いて「誰?知り合い?」と問いかける女性の声が聞こえる。

(……最悪)
よりによって一番会いたくない奴と最悪のタイミングで出くわしてしまった。

恐る恐る振り返るとそこにはかつての恋人、谷垣夏樹の姿があった。
この男こそ俺にトラウマとコンプレックスを植え付けた張本人だ。
4年前と比べて少しふっくらしていたが、癖っ毛のある茶髪と人懐っこい笑顔は変わっていない。
谷垣と手を繋いでいる細身でロングヘアの綺麗な女性は配偶者だろうか。
別れた後に送られてきた年賀状の結婚報告写真が脳裏によぎった。

「……なつ……、谷垣」
まさかこんな所で会うとは思っていなかったため咄嵯に言葉が出てこなかった。
「やっぱり昴だ!うわー、久しぶりじゃん。元気してたか?」
俺の気まずげな挨拶とは対照的に、彼は相変わらず余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。
あんな振り方をしておいてどうしてそんな態度を取る事が出来るのか理解に苦しむ。

傷つけた方は忘れてしまうというが、そういうものなのか。
俺が戸惑って居る間に谷垣は「ほら、例の昴」と隣の女性に楽しげに紹介をしていた。
どうやらその説明だけで伝わったようで女性は閃いたように相槌を打つと俺の方に向き直った。
「どうも、夏樹の妻の優香です。確か、夏樹とは仲が良かったんだよね?」

『例の』というワードが引っかかったが、ここで素っ気ない態度を取るのもおかしいので一応頭を下げる。
「ええ、まぁ」

「先輩のお知り合いですか?」
状況についていけない杉宮が不思議そうに見つめてくる。
「あー……えっと、こいつは谷垣。高校の時の同級生」
「谷垣さん。檜山先輩の職場の後輩の杉宮です」
俺の説明を聞いた杉宮は2人に向かってペコリと丁寧なお辞儀をした。

「同級生って!なにそのよそよそしい紹介。俺たちラブラブカップルだったじゃ~ん」
「あはは、そういう冗談やめろって」
俺はなるべく怒りを押し殺して冗談っぽくあしらうが、突然の爆弾発言に内心では動揺していた。
「てかお前、男の趣味変わったんだなぁ。こんなゴツい彼氏?旦那?連れてるなんてびっくりしたよ」
「ただの後輩だっての」
ニヤニヤしながら杉宮を舐めるように見る谷垣に苛立ちを覚える。

俺は杉宮に自分がゲイである事をまだ伝えていない。
俺が警戒している事を知ってか知らずか、谷垣は杉宮に馴れ馴れしく話しかけ始めた。
「杉宮くんだっけ?職場恋愛なんてやるねぇ~」
「あの……?俺と先輩は本当にそういう関係じゃないです」
幸いにも杉宮は谷垣の言葉を陽キャ特有の冗談だと思っているらしく真顔で淡々と対応していた。
この時ばかりは杉宮がドのつく天然で良かったと心底思った。

俺が立ち去るタイミングを伺っていると、不意に彼の奥さんが口を開いた。
「ねぇ、あんまり邪魔しちゃ悪いよ。早く行こ」

彼女の言葉で谷垣は口を尖らせながらこちらを睨んできた。
「はいはいわかったよ。すみませんねぇ~!お邪魔して」
このまま退散してくれると思いホッとしたのも束の間、最後に彼女が爆弾を落としていった。

「夏樹から昴くんの話は聞いてたけど、男の人が好きだなんて大変だね~」

それは悪意のある言葉ではなく、同情や憐れみの色を含んでいたが俺にとっては凶器と変わらなかった。
そんな俺の心境なんて知る由もない2人は、呆然とする俺を置いてスタスタと歩いて行ってしまった。

(今のできっと杉宮に同性愛者であることがバレてしまった)

俺は全身の力が抜けるような感覚に襲われ、その場に座り込みそうになるのを必死に耐えた。
隣を見ると杉宮は何かを考え込むように俯いている。
ずっと異性愛者のふりをしていたことに怒りを感じているのかもしれない。
こんな事になるならさっさと自分の口でカミングアウトしておくべきだった、と後悔が押し寄せてくる。

「……あの。ひとつだけ訂正させてください」
店内の雑踏がどこか遠くに聞こえる中、杉宮の声で我に帰った。
「先輩の名誉に関わる事なので」

直感的に分かった。
杉宮はこれから『檜山先輩は同性愛者“なんか“じゃないです』と言うのだろう。
杉宮が俺を庇ってくれるのは嬉しいが、異性愛者の彼の中にある本人も自覚していない差別心が露呈する瞬間が恐ろしかった。

杉宮の真剣な表情に俺も思わず息を呑む。

「先輩と俺は恋人同士ではありません。俺の一方的な片想いです!!」

その瞬間、谷垣夫妻は一体何を聞かされているんだという様子で目を丸くしていた。
かく言う俺も、予想の斜め上を行く杉宮の発言に動揺を隠せないでいた。

「……は?え、何?なんの話?」

「それじゃ、失礼します」
杉宮は何事も無かったかのようにそう告げると俺の腕を引いて歩き出した。
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