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片想い編

1.憂鬱

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俺の名前は檜山昴。
29歳独身。
物心ついた頃から恋愛対象は男だった。
ニホンでも同性婚が認められるようになってから、恋愛感情の無い同性同士で結婚する『親友婚』が流行したおかげで俺みたいな同性愛者も随分と生きやすい世の中になったと思う。
側から見たら親友婚なのか同性愛者なのかなんて判別不可能だから堂々と愛する人と結婚できるのだ。

まぁ、“愛する人がいれば“の話だが。

4年前、高校時代から交際していた恋人に酷い振られ方をしたのがトラウマでそれ以降恋愛はしていない。
決してモテないわけではないのだが、今はそういう相手を見つける気にはなれなかった。
だから俺は仕事に打ち込んで毎日忙しくしていた方がずっと楽だった。

しかし最近どうも気になっている奴がいる。
そいつは同じ部署の柏原瞬介という男だ。
柏原が異動して来た時、同い年で出身地が同じということで親近感を抱いたのが始まりだった。
絡むたびに鬱陶しそうな顔をされるのが面白くて軽いノリで話しかけていたらいつの間にかあいつのことが気になるようになっていた。

いつも気難しそうな顔をしているくせに笑うと案外可愛いところや、生真面目で不器用な性格も一緒に居て心地よかった。
だがこの感情が恋心なのかはまだ確信が持てない。
何より自分の性的指向をカミングアウトする勇気はなかった。

「なぁ、聞いた?佐藤さん親友婚するんだって」
今日は仕事終わりに柏原を誘って俺のおすすめの居酒屋に来ていた。
ビールを飲み干したタイミングでふと思い出した話題を切り出すと、目の前の男はつまみの枝豆を口に放り込みながら「へーー」と気の無い返事をした。
「リアクション薄!」
「だってその手の話全然興味ねーんだもん」
呆れたようにため息をつくと柏原は今度は焼き鳥に齧り付いた。
「そういや柏原って彼女とかいるのか?」
「居ないけど」
「あはは、だと思った」
そう言って笑いながらも内心ほっとしている自分に気付き少し戸惑った。
これは独り身仲間に対する安心感なのか、それとも……

「檜山こそ彼女いないのかよ」
「居たら金曜の夜にお前を飲みになんて誘わねーよ」
「それもそうだな」
アルコールが入っているせいか、いつもより機嫌が良い柏原がふわりと微笑んだ。

(あ、今の顔かわいい)

柏原は俺の恋愛事情には全く興味がないのか注文用のタブレットを操作するのに夢中になっていた。
こういう所も好ましいと思う。
「んー、鳥の唐揚げ…いやタコも美味そうだな」
俺は思わず緩みそうになる口元を隠すためにジョッキに残った生温くなったビールを流し込んだ。

「なぁ、柏原って親友婚には興味ねぇの」
「ないな」
「即答かよ」
「そこまで親しい相手いねーし」
そう言ってタブレットで追加のオーダーをしている横顔を見つめる。
特別整った顔立ちをしているわけでもないのに妙にかわいく見えてしまうのは何故だろうか。

「…じゃあ俺とかどうよ」
「えー、やだよ。お前浮気しそうだし」
「ひっでぇな!これでも結構一途なんだけど!」
「どうだかなぁ~」
軽くあしらわれてしまったがこうして2人で飲むのは楽しいし、柏原も満更でもないのではないかと思っている。

「自分で言うのもなんだけど家事も料理も自信あるぞ。それに俺となら気使わなくて楽だろ?」
「はいはい、唐揚げ来たから食おうぜ」
そう言って柏原は店員から受け取ったばかりの皿を差し出してくる。
俺はそれ以上何も言えずに黙って箸を手に取った。

(今のところライバルも居なそうだし、焦ることないか)
出来立ての唐揚げを頬張りつつ、とりあえず今は現状維持でいいだろうと結論を出した。
「うわ、美味いなこれ」
「だろ?柏原が好きそうだなと思って」
「檜山のおすすめの店ってハズレが無いよな」
そりゃお前の好みに合わせていつもリサーチしてるんだから当然だ。
嬉しそうな笑顔を見せる柏原を見て胸がじんわりと暖かくなるのを感じた。

「ふふ、もっと褒めてくれても…」
そう言いかけたところで柏原のスマホがピロンと短く鳴った。
メッセージアプリからの通知音だろう。
「悪い、ちょっと確認する」
そう断りを入れてからスマホ画面を確認する柏原は見たこともないような柔らかな表情をしていた。

「女か?」
「男」
「ほお~?」
柏原は手早くスマホを操作したあとに何やら満足げに口角を上げた。

「なんだよ1人でにやつきやがって」
「幼馴染から連絡が来ただけだって」
「へぇ~大人になっても付き合いって続くもんなんだな」
「…ああ。こいつすげー良いやつだから」

そう言って笑う柏原を見ていたら俺は何故か無性に寂しい気分になった。
「親しい相手居ねえとか言って普通に仲良い奴居るんじゃねーか~。安心したわ」
「いや、でもそいつめちゃくちゃ友達多いんだよ。しかもモテるし。俺からしたら1番の親友でも向こうはどうだか」
「ふーん、1番の親友ねぇ…」
「なんだよ、その含みのある言い方」
「別にぃ」

良い歳して柏原の交友関係に嫉妬しているなんて言えるはずもなく、俺は誤魔化すようにビールを流し込んだ。
それから暫く他愛もない話をした後、そろそろ終電の時間だと気付いて会計を済ませた。

店を後にすると冷たい風が吹きつけてきた。
もう花見の季節だと言うのに夜はまだ冷えるなと思いながら駅までの道のりを並んで歩く。
「さむ」
「手ぇ繋いでやろうか、柏原」
「はは、ばーか」
柏原の呆れたような笑顔を見た途端、心臓がドクンと跳ねた。
きっと俺は柏原の事が好きなんだろう。
(こいつを振り向かせたい)
俺は密かに闘志を燃やしながら再び歩き始めた。

この3ヶ月後に突然柏原が結婚する事になるなんてこの時の俺は想像すらしていなかったのだ。
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