峻烈のムテ騎士団

いらいあす

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第五話 転売に明日はない その2「鯛の刺身」

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そして20分ぐらい進んだところで、港が見えてくる。
登る朝日に照らされて海が金色に輝き、その光を浴びて白い壁の家々が息をし始める。

「へー。綺麗なところだな」

タナカは日差しを手で隠しながら感嘆する。

「色んな所を見てきたが、港町ならテラノが一番綺麗だと我は思う。
さて、ここら辺で停めよう」

デーツの指示で車を停め、町へと入っていく一同。
町の中は早朝にも関わらず、たくさんの出店と人で溢れており、かなり騒がしい。

「タナカ君、迷子になっちゃわないように気をつけてね」
「子供に言われたくない」
「大丈夫。ローナちゃんは上空からみんなを探せるし」
「さて朝食のことだが、せっかくのテラノだし、我は魚を食べたいのだが、みんなはどうだ?」
「「意義なし」」

デーツの意見に団員達は同意し、船着場の近くにある魚の市場へと出向いた。

「安いよ安いよー、さあ買った買った」

大声を張り上げて商売する魚屋達の声があちこちでこだまする。

「さて、ちょっと見てくるよ」

バーベラは魚屋市場を高速で通り抜けると、すぐに戻ってきた。

「今日は、どこもいい品が揃ってるけど、個人的には左手側8番目の店の鯛とカルボネアが脂のってそうでおすすめ」
「へー、前に壺だとかボールの目利きをしてたが、魚の目利きもできるんだな」
「僕は目も高速で動かせるからね。どんなものでも人一倍細かいところが見られるんだ」
「だから、バーベラにはいつも美味しい食材探してもらってる。ありがとう」

マァチが少し恥ずかしそうにボソリと呟く。

「どういたしまして。それより早く買いに行かないと売り切れるよ」
「だね。あ、あと野菜市場でテリラディッシュがあるか見てきて」
「了解」

バーベラが去っていくと同時に指定された店まで出向く団員達。

「うん。確かにこの鯛は脂のってる」

マァチは鯛を一匹持ち上げる。

「お嬢ちゃんお目が高いね。今年は鯛が大漁でしかもイキがいい」
「へー。じゃあこれと、あとこのカルボネアを5尾ちょうだい」
「あいよー。じゃあおまけしてカルボネアもう1尾つけてやろう」
「ありがとう。あ、お金はこれで」

マァチはアストリアの口に貼られたお札を剥がして、店主のおじさんに渡す。

「もう喋っていいのか?!!!」
「いいよ」
「やったあああああああ!!!」
「やっぱ駄目」

マァチは紐で縛られた魚を受け取りながら、もう片方の手でお釣りも受け取っていたため、耳を押さえることが出来なくて、余計に声が響いていた。

「あ、誰かリュックから箱出して」
「はいはーい」

ローナが念力で手の平サイズの木箱を取り出す。

「なんだその箱」
「見てればわかる」

お釣りを服のポケットにしまったマァチは、タナカの目の前で杖を振って、箱を両手で抱き抱えるぐらいにまでの大きさにする。
そしてカルボネアを入れて蓋をすると、また杖を振る。今度は真っ白な冷風が出て、箱を一瞬で冷凍してしまった。

「ほう、魔法使いってのはやっぱ便利なもんだな」

店主が顎に手をあて感心する。

「鮮度大事。瞬間冷凍は神。じゃあタナカこれ運んで」
「わかった。うおっ冷てえ!」

持った瞬間にカチコチに凍った箱が、タナカの手をじんじんと痛めつける。

「しばらく持てば慣れる」
「てか、これを小さくして鞄の中に仕舞えばいいんじゃ」
「無理。生き物は大きさを変えると細胞が崩れる。だから鮮度が落ちる」
「とにかく無理ってわけね」

タナカは渋々、凍った箱を持ち上げる。

「溶けそうになったら言って。また凍らせるから」
「つまりずっと冷たいままなわけかよ。まあこれぐらい屁でもないけどよ」
「さて、魚を買ったし朝食にしよう。今日はあそこが空いてる」

デーツが市場から外れた桟橋を指したなので、皆そこに向かう。
そしてまたマァチがミニチュアサイズの机と椅子、そして大きめの皿を魔法で大きくする。

「バーベラのやつ遅いな」

みなが椅子に座るも、デーツは座らずにそう呟く。確かに普段の彼女なら去っていった瞬間にはもう戻っているが、今は既に8分が経っている。
そんなことをみんなが思っていると、バーベラが戻ってきた。

「やあどうも」
「遅かったな」
「テリラディッシュが売ってなくって、だから採ってきた」

バーベラの手には黄緑色の蕪が握られている。

「そりゃご苦労だったな」
「でもおかげで採りたて新鮮の味だよ」
「じゃ、早速朝食だ」

デーツはそう言うと、購入した鯛を宙に放り投げ、そしてムテの剣を振って一瞬にしてお頭付きの刺身にし、皿の上に落とす。
一方バーベラは、どこからともなく出した卸金でテリラディッシュをこれまた一瞬ですりおろして皿に添える。

「へー生か」

タナカは刺身を物珍しげに見る。

「タナカよ、生食は初めてか?」
「いや、俺の故郷でも新鮮な魚は生で食うんだ」
「ふうん。生の味がわかるとは、ちょっとだけ見直そう」

マァチはタナカの肩に手を置いて言う。

「だけどこの緑の蕪は初めて見るがな」
「テリラディッシュ。薬味に添える」
「俺はワサビで食うが」
「ワサビよりもこっちの方がオススメ」
「そんなことより、食べようじゃないか」

デーツが椅子に座りながら手を叩く。タナカは椅子が六つあることに気づいたが、自分も座るべきか悩んでいる。

「早く座れ」
「いいのか?」
「ここだっていつまでも場所をとってると、人の邪魔になるからな」
「じゃ、じゃあ」

冷凍の箱を近くに置いて椅子に座るタナカ。

「よしみなさん集まったのでいただきます」

マァチの音頭でいただきますをする。タナカの慌てて彼女達の真似をした。
そして、自分の前に木製の小型のトングが置いてあるのを見つける。他の者たちがそれで刺身を挟んで食べているので、それも見よう見まねで使ってみる。
すりおろしのテリラディッシュをトングで少量摘んで刺身に落とし、それを挟み込むように巻いて口にまで運ぶ。
新鮮な鯛の身は、淡白な味の後から濃いうま味が舌にダイレクトに伝わり、そしてテリラディッシュの辛味が鼻にツンとくる。
不思議なことにテリラディッシュはワサビとは違って、後味に塩味のような味わいが口の中に広がっていく。

「お、うまいなこれ」
「だろ~? 我らはここに来たら新鮮な魚にテリラディッシュが定番なのだ」
「まあ、なかなかいい趣向だな」
「さっきの話に戻るが、金で買えないものがあるってのは事実だ。
そのうちの一つが時間。いくら金を積もうと、朝早く出かけなければこの味に出会うことはない」

タナカはデーツのその言葉に少し納得をした。
それは何も鯛の味だけではなく、この朝焼けの海の輝きや、街を行き交う人々の活気からも伝わってきた。この時間だけは確かに買えないのだと身に染みる。
そう感じながら二切れ目に手を伸ばそうとするも、なんと皿の上の刺身は全てなくなっていた。

「もうない!?」
「さっき時間は買えないと教えたばかりだろう。ボーっとしてたら時間に置いてかれるぞ」
「ちくしょう!」

その時、遠くでベルを鳴らす音がする。

「なんだ?」
「ああ、あれは胡椒の量り売りだよ」

バーベラが一瞬でベルを鳴らしていた出店まで行き、そして戻って報告する。

「胡椒だなんて高級品をこんな街で?」
「タナカ君知らないのー? ここはあらゆる商品が行き交う港。
だから胡椒だって大量に仕入れられるんだよ」

ローナがトングを、念力で左右あちこちに飛ばしながら言う。

「つまりは、ここがスパイス行商の入口。ここで卸した胡椒を、行商人が陸地で高値で売るというわけさ」

バーベラがそのトングを回収して、アストリアに渡す。

「これ胡椒だったのか!!!」

そのトングをマァチが奪って、杖から水を出して洗う。

「でも、あそこで売ってるのは個人向けのもの。この近所で料理店やってる人とか、小金持ちに小分けして安く売られてる」
「へえ。こんな遠くまで来たことなかったから、胡椒って高値だけで取引されてるものと思っていた」
「まあ、私たちはあそこでは買わないけど」

そう言いながらマァチは全ての道具を片付ける。

「さてムテ騎士団よ。朝食べ終わったばかりだが、お昼はどうする?」
「お肉!!!!」

アストリアの大きな一声にみな賛成したのか、反対の声をあげない。

「じゃあ昼はバーベキューにするか。じゃあ後で肉を買うとして他に買いたいものはあるか」
「はい」

マァチが挙手する。

「野菜買いたい」
「よし。じゃあ他」

次はローナが挙手する。

「ローナちゃんは、かわいいお人形さんか拷問器具が欲しい」
「欲求の振り幅がすげえな」
「拷問器具は、まあ万が一見かけたら買ってやろう。他にはもうないか? じゃあ行こう」

こうして街の中へと入っていくムテ騎士団。しかし、入る前にデーツが胡椒売の屋台を見る。

「おや?」
「どうしたんだい団長」
「今日は人がたくさん並んでるなと思っただけだ。じゃあ行こう」
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