毒薬

五味ほたる

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<1> *エロ(?)サンプル

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「はあ……」

 十月も下旬になり、日中はまだ半袖がちょうどいいくらいの日もあるが、夜はぐっと風が冷たくなってきた。憂鬱な気分に追い打ちをかけられているようで、更に気分が沈む。

 今日も上司と年下の部下の間に入って疲れた。「俺より仕事ができない人に、命令されたくありません」。そんな漫画みたいな台詞を実際に言う人間を初めて見た。
 気持ちはわかるが、誰もがそういった感情を押し殺して働いている。なぜなら、面倒ごとが起こると、自分も周りも疲弊するからだ。自分が受け流して済むならそうして、毎日さっさと定時で帰ったほうがいい。

 朝、コーヒーを零してしまって遅刻しそうになり、とっさにコートを持たずに出てきてしまった。不運は重なるものだ。
 それでも家に帰れば出迎えてくれる存在がいると思うだけで、自然と笑みがこぼれた。




 
「ハク、ただいま」

 玄関を開けて電気をつけると、大多数の人間が「非日常」と感じるであろう光景……美しい白蛇が、嬉しそうに身体をくねらせながら駆け寄ってくる。飼うまでは自分も知らなかったが、蛇の移動スピードは一般の人がイメージしているよりもとても速い。あっという間に俺の足元までたどり着いた。

「ん」

 いつものように屈んで腕を差し出すと、慣れた動きでするすると巻き付いてくる。そのまま歩き出すと、先が二つに割れた舌で嬉しそうに頬を舐めてくるので、俺も可愛い顔に頬を擦りつけた。

「ふふっ……」

 ハクはブラックラットスネークという細長い蛇で、ブラックと名はつくが、その中でも「リューシスティック」という白い品種だ。ブラックなのに真っ白。そんなどこか不思議な響きも気に入っている。

 きっかけは、職場の先輩が蛇を飼っていたからだ。もう転職していて一緒に働いてはいないけれど、今も月イチで会う仲だ。奥さんも動物好きで、初めて遊びに行った時は、笑顔で出迎えてくれた。

「すごいタイミングだね。今、シロが卵産んでるのよ」

 先輩の家には幅一メートルくらいのガラスケージが十個ほどあり、その要塞のような空間に圧倒された。
 その中に一つ、布で覆われていて中が見えないケージがあった。奥さんがいたずらっ子みたいに笑ってそっと捲ると、昔話の伝説に出てくるような美しい白蛇のとぐろの中心に、真っ白な卵が五つほどあった。尻尾の近く、胴体の下の部分から次の卵が半分ほど見えていて、今にも産み落ちそうなところだった。

 かっこいいとか、可愛いとか、人によっては気持ち悪いだとか、そういった感情が出てくる前に、勝手に目からしょっぱいものが零れ落ちていた。産んだ卵を、まるで守ろうとしているかのように抱きしめる姿。神秘的で美しい光景。

「おま、泣いてんの!?」

 先輩が笑いながら「なんか、そうやって泣いてくれるの嬉しいな」とティッシュを持ってきてくれて、奥さんにも「優しい人なんですね」と言われ、次から次へと溢れるものを、止めることなんてできなかった。
 
 





 それから二ヶ月後、またお酒を持って先輩の家に遊びに来たときのこと。なんと、前回産卵した卵が孵る瞬間に、また遭遇したのだ。

 「あ、今ちょうど一匹目、出てきそうだよ」と奥さんに促されてプラスチックのケースの中を覗くと、小さな亀裂から、今にも顔が出てきそうなところだった。

 ねばついた粘液に埋もれて、鼻先がもぞもぞするのが見える。思わず頑張れ、頑張れと応援してしまう。こんなに小さな存在が懸命に生きようとしてるのを見て、また鼻の奥がツンとなった。

 そうしているうちに顔全体が出てきて、大きくてキョロキョロしている目と目が合った。
 身体をよじっていた動きがぴたりと止まって、一瞬、そのまま動かなくなる。
 それはきっと数秒だったんだろうけど、俺には時が止まったかのように感じられた。

 長い時間をかけて全身が出てきて、ケースの中を元気に動き回る。先輩に「持ってみる?」と聞かれ、吹いたら消えてしまいそうなほど儚い存在を手のひらに乗せてもらうと、舌をチロチロさせながら、波打つようにぐねぐねと左右に動いた。言葉では言い表せないくらい胸がいっぱいになって、また滝みたいに涙が止まらなかった。

「その子、飼うか?」
「産卵の時も、産まれる時もドンピシャで見れたなんて、運命だよね」

 ほんとにな、と夫婦は笑い合い、「飼い方も全部教えるし、いつでも相談しにきていいから」という言葉に、小さな温もりを感じながら、こくんと頷いた。
 




 
 あれから一年半が経ち、ハクはすくすく成長して、一・五メートルほどの大きさになった。太さは俺の親指くらい。雄だから、すらっとした美形のイケメンだ。
 「蛇は懐かない、人に慣れるだけ」と先輩に聞いてはいたが、首に巻いてテレビを見ていると、そのままじっと一緒に見てくれるような子で、ベッドでお腹に乗せたままうっかり昼寝してしまったときも、寝落ちする前と全く同じ姿勢で一緒になって寝ていた。排泄も決まった場所にペットシーツを敷いておくと、いつもそこでしてくれる。
 それを先輩に言うと、「またまた~」「お前、そういう冗談言うタイプだったんだな」と笑われてしまった。
 うちに遊びに来てもらった時に、ハクが自分から腕に巻き付いてくるところ、俺のそばを離れないところを見せると、先輩は真顔になった。
 「お前、仕事なんかしてる場合じゃないぞ。動画サイトにアップしたら、それだけで暮らせるぞ」と、いつになく真剣な顔で言われた。
 たくさんの人にハクの可愛いところを見てほしいような、この可愛い姿を見るのは俺だけでいいような……なんともむず痒い気持ちになって、それがなんだかおかしくて笑った。
 



 
 
 部屋着に着替えてベッドを背にして座り、白い神聖な生き物と触れ合う。ハクはいつも、シャツの首元から入って裾から出てくる……という遊びを繰り返しているのに、今日は腕に巻き付いたまま、にゅっと顔を俺の正面に出して、じっと見つめてきた。

「ん? なに?」

 真正面から見るキョトンとした顔は、カエルのような恐竜のような……どことなく間抜けな雰囲気が出ていて癒される。

 そのままちょんちょん、と鼻先で唇をつついてくる。その仕草が叫び出してしまいそうなくらい可愛くて、愛おしさがぶわっと溢れた。

「ちゅーしたいのか? んー」

 ギャグ漫画みたいに唇を突き出してキスする。そうすると、唇の隙間に顔を突っ込もうとしてきた。

「ははっ……」 

 こそばくて、こういうやり取りがおかしくて、口を開けて笑った……瞬間、ぐぐっと喉元まで、今までキスしていた頭が入ってきた。

「え……?」

 一瞬、何が起こったのかわからなくて身体が硬直する。
 小さい鼻先が、喉の奥に触れるのを感じる。人って本気で驚くと場違いなことを考えてしまうのか、小学校の廊下に貼ってあった、「手洗い・うがいをちゃんとしよう!」と大きく口を開けているポスターの、U字のような喉ちんこのイラストが頭をよぎった。

「っ……」

 反射的に口を閉じようとするが、噛んでハクが怪我をしてしまったら大変なことになる。

「ぁ、く……」

 声にならない声で名前を呼んで引っ張り出そうとするが、蛇は全身が細かい骨で覆われている。力を入れると折ってしまいそうで、傷つけてしまいそうで怖い。

「あ!? がっ……!」

 そうして躊躇しているうちに、喉仏の裏側までずうっと身を進ませてきた。スッと血の気が引いていく。

「がっ……、ぁ゛、……っ!」

 気管を塞がれる。今の今まで、冗談だろう、遊んでいるのだろう、という気持ちを捨てきれなかったが、そんな思いは粉々に砕けた。

「っ、っ……!!」

 息ができない。パニックになった頭の隅で思い出す。人間は鼻でも呼吸できるということを。そんなこともわからなくなるくらい、異常な状況に頭が真っ白になっていた。

「ひっ……」

 腕に巻き付かれるたびに思っていたが、蛇の力は人間の想像以上に強い。首元を通り過ぎればあとはするする入っていくようで、身体の……中を……、皮膚の、すぐ裏を、通っているのが……わかる。わかってしまう。

「お゛……、ぁ゛……」

 口から出てる胴体と尻尾がどんどん短くなって、まるで掃除機のコンセントを収納するように俺の中へ消えていく。

「あ゛、ぁ゛」

 異様な光景に、意識を保っていられるのが不思議なくらいだった。

 身体の中で、絶えず舌がちろちろ動いているのがわかる。可愛くて、俺の大好きなハクの仕草。まさかその刺激を身体の中で感じる日が来るとは思わなかった。

「ぐっ……! う、ぇ……っ」

 先の部分……つまり、ハクの頭がぱっと拓けた場所に出る気配がしたかと思うと、信じられない、信じたくないが……お腹のあたりでくるっと一周する感覚がした。

「がっ……」 

 比喩でもなんでもなく、腹の中を直接かき回される。ぐわっと猛烈な吐き気がこみ上げた。






***






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