黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

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第8話 臨海公園

本位なイタズラ

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 ツキたちは満員電車から降りると、一旦駅のホームの端に寄った。
 臨海公園駅のホーム階段は、水族園モチーフ。正面に、T字頭のサメ──シュモクザメが二匹描かれている。左右にも魚の写真がプリントされている。心躍る造形に、スマホを構え、写真を撮ろうとした。
 が、黒い何かがカメラを覆った。
 スマホを下げ、数歩後退。ようやく正体がわかった。黒狐さまの尻尾だった。
「おい、何しておる」
「小説に使えるかと思い、写真を撮っておくんです。ディティールが大切なもんで」
 ツキは、スマホを構えなおした。今度は黒狐さまの顔で、画面が埋まった。大胆に手を動かして、回避。
「すいません、ちょっと脇にそれていただけませんか? あとでかわいく撮るんで」
「何度でも見返るからこそ、美しい被写体がいる方が良いじゃろう」
「それ自分で言いますか」
 ツキは、手で払いのける仕草をした。黒狐さまは、不機嫌そうに視界から掃け、そっぽを向いた。
 ピロン!
 完全に不意を突かれ、口をぽっかり空けてる黒狐さま。
「よし」
「なにが『よし』じゃ!」
「約束通り、かわいく撮れましたよ」
 スマホの黒狐さまは、眉間にしわを寄せ、そっぽを向いている。膨らんだほっぺがかわいらしい。それが突然、バッとカメラの方を向いた。目が見開き、口をぽっかり空く。見事に生えそろった歯の溝まで、くっきりと撮れている。その後、後ろにのけぞり、顔を覆った所で、動画は途切れた。
「さすが4K。かわいさの格が違いますね」
 カシャシャシャシャシャシャ!!
「なっ」
「これでおあいこじゃな!」
 黒狐さまのスマホには、ニタニタしながら動画を再生する、ツキの姿が表示されていた。
「せっ、せめて、もう少し、良いアングルで──」
 ツキの無視して、階段を下りて行ってしまった。

 円形の盆地の中央から、水柱が打ちあがっている。柱の周りは水蒸気で霧がかっていた。
 駅前の噴水を目にした黒狐さまは、いつもよりも一段高い声で言った。
「おぉ、霧に虹がかかっておるぞ!」
「しばらく眺めていたいくらいですね。黒狐さま、もしよければ髪をとかしましょうか」
 黒狐さまは、驚いた様子でこちらを見た。そして、着物用の黒かばんから、ブラシを差し出してきた。
「気が利くようになったのぉ、おぬし。わらわ嬉しい!」
 音波振動機能付き。自分の力で摩擦をかける必要がないため、髪の毛に優しい。もともと髪型がストレートなのもあり、ほつれた髪が一瞬でもとに戻っていく。
「さすが黒狐さま、外出時の手入れにも余念がない」
「ふっふ~。これくらいは基本じゃぞ!」
 大通りはレンガ敷の石畳で舗装されており、道の左右には樹木が植えられている。朝早いのに、修学旅行と思われる園児の列や、子供を抱っこする母親、リュックを前に背負ってスマホの地図を血眼になってガン見するおじさんがいた。クリアビューまでの道のりに一切日影はなく、帽子をかぶっている人もいる。
「春のぽかぽか陽気、にしては熱すぎますね」
「そうじゃな。これ、持ってきて、せーかいじゃったな!」
 カバンから日傘が出てきた。黒地に桜吹雪が描かれている。
「持ちましょうか?」
「いいのか? 至れり尽くせりじゃのぉ!」
 傘を持って、歩き始めてから気づいた。相合傘じゃん、これ。
 急に恥ずかしくなってきた。とはいえ、今更止めます、などとは言えない。
「急に立ち止まってどうした」
「いっ、いえ、何も」
「じゃあほら、行くぞツキ。噴水の涼しさが惜しげなる名残惜しいのもわかるがのぉ」
 と言って、身を寄せて肩を寄せてきた。
 それだけで、心拍数が1.5倍くらいに跳ね上がる。
 今日一日持つかな、とツキは不安になった。
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