黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

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第6話 執筆

執筆地獄

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 書けない。すぐ詰まった。いろいろと問題がありすぎる。ツキは、白紙のPC画面を見てため息をついた。
「書けねぇ」
 理由は三つある。
 まず、第一にナマモノは性癖にない。現実の女性であれそれするという発想がない。とりあえず、黒狐さまに似ているキャラの画像を探し、脳内の代用とした。この所業を知ったら、当人からは大いに激怒されるだろうが、書けないよりはマシだ。
「クラスメイトのビジュアルを健全なキャラに置き換えて官能小説書くって、どんだけこじらせてんだ、僕!」
 第二に、推定読者が色々とおかしい。容姿端麗、学力優秀、運動神経抜群、博識、社交スキル満点、カリスマ性あり、両親の年収は少なくとも数千万以上。妖狐としての変化能力や狐火、化かし、憑依など、の能力を所持。推定年齢1250以上。一世代あたり50歳まで生きたとして、25回も人生をまっとうしたことになる。
「1回転生すればチート能力得られる時代に、軽く2桁転生している黒狐さま、本当に何なんだろ」
 小学生の考えた最強キャラ、メアリー・スー、神の加護を受けた異世界転生者、生けるチートみたいなお方が、どんな小説を好むかなど、想像もできない。事実は小説よりも奇なり。
 第三にいろいろと地獄。
 自分と付き合ってる設定のクラスメイトが、下衆な男にアレされるシーンを書く。もう想像しただけで、精神ぶっ壊れそうになる。まず、現実で付き合ってもない人を、創作内で自分とカップリングするだけでも、滅茶苦茶抵抗がある。
「怒られる前提であえて言ってやりますよ! ぶっちゃけ、住良木さんと組まされる感覚と大差ないんで、本当に勘弁してください黒狐さま!」
 黒歴史確定の恋愛妄想を自ら進んでやる、ってもう何なの本当に。
 しかも、そのあと寝取らせるっておかしいだろ。世紀末かよ。見知らぬおっさんにヤられるクラスメイト書くのだけでも辛すぎるのに。一瞬でも実写で想像しちゃうと、もう、発狂しそうになる。
 考えてみてくださいよ黒狐さま。18禁のビデオを見たら、同級生が出演していて、しかもかつての自分のあだ名を叫んでるっていう状況を。テレビ叩き壊して、そのまま窓の外へテイクアウトしたくなりますよね? いまの自分の立場、大差ないんですよ。しかもそのビデオの監督自分ですよ!『ああ、わらわイキとうない! イキとうない! イヤッ! ツキのじゃないのに! イッ……イってしまうのじゃ~』とか書くの? マジで!? それを原稿用紙30枚分書くの!?
「無理。マジで無理。絶対無理。無理無理無理。地球が逆回転しても無理──あ、いや、地球が逆回転したら時速数百キロで壁に叩きつけられてシミになるだけだからどっちにしても無理か……ってそんなことどうでもいい」
 とにかく、いくら本人に依頼されたからと言って、書けっこない。世の中できることと出来ないことがある。編集者でもここまで荒んだ要求してこないよ! もう一度言う。マジ、これ、無理。無理、オブ、無理。わらわ書きとうない──。

「書けた。書けてしまった」
 ツキは、字で埋まった画面を見てため息をついた。土日がぶっつぶれたものの、九千と数百字の本文が目の前に顕現した。
 自分の才能をここまで怨んだことはない。友達がほにゃららされる描写を、冷静に添削できてしまった自分が怖い。人間としてはどうかと思うが、小説書きとしては正しいあり方のような気もする。
「けど、それにしたってドン引きだろ」
 大半が一文辺り40字以内で抑えられてる。台詞多め、改行多めにし読みやすく工夫。句読点の位置は、自分の好きな小説を真似た。重複表現は、類語検索して言い換え。いらない副詞や接続詞も消した。電子書籍のサブスクで、官能表現辞典ダウンロードして表現も多彩に。もちろん、少ない小遣いでライトな官能小説を買って、参考にしたりもした。検索+置き換えで開ける漢字も開いた。誤字脱字もさっきチェック済み。大丈夫だろう。
 ……いや、こんな精神的に病んでるとしか思えない作品のクオリティを高めようと真面目に努力するのも、どうかと思うが。こんな狂ったエンターテイナー他に聞いたことねぇよ。短編であれ、書きたくないもの書けるって、わりと嬉しい才能ではあるんだがな!
 この設定を妄想してしまっていた時点で嫌な予感はしていたけど、ここまで嫌な展開になるとは思わなかった。超えてはならないラインを、軽く超越して、そのまま外宇宙まで飛んで行っちまった。どこに行くねん自分!
 でも、心は欲望に正直だった。
 『最低一人、読者が保証される。しかも、リア友で』。0から1の壁の高さを知ってしまっている自分にとって、この条件は大変魅力的だった。
 ド素人が、ネットに作品を投稿しても、読まれないことが大半。学園祭に来た親が、自分の子の作品にしか興味を持たないのと同じだ。イラストは表面上の良さが一目でわかるのに対し、小説はリンクをクリックしてもらわなければ、あらすじすら読まれない。あらすじが読まれたからといって本文が読まれるとは限らない。作品に触れてもらうまでのハードルが、そもそも段違いに高いのだ。そして、一行目を読んでもらえたとしても、二行目で切られるのが小説の世界。ネット上にて、イラストや動画に比べ、小説の普及率が著しく低い理由は、ここにある。
 コピーライターにタイトルを書いてもらったり、イラストレーターに表紙を委託して読者を釣るという手もある。が、高校生にそんな金はない。ついでに、神絵師の友達もいない。
 読むのに時間がかかるのも、大きな難点だ。平均読書は、だいたい分速400~600字。遅い人だと原稿用紙一枚につき約1分かかる。例えば、原稿用紙30枚の作品なら、読みきるまでに20分以上かかる。そんな時間があるなら、アニメ一話や動画一本(倍速視聴を使えばもっと)観れる。漫画でも数話は読めてしまう。もっと言うなら、小説投稿サイトには、プロが投稿した作品もゴロゴロ転がっている。
 無料でハイクォリティなエンタメを、いくらでも接種できる今の世の中。無名の素人の小説を読むよりも、確実かつ有意義な時間の使い道が、いくらでもある。
 『一目見て良し悪しがわからない』『読むまでの手順が多い』『読むのに時間と労力がかかる』。小説の特性は、ネットにおいて致命的な弱点なのだ。
 だから、確定で読者がつくというのは、それはもう破格なことなのである。読者一人得るためだったら、それはもう、鬼のように頑張ってしまうのがツキなのである。
 そして何より、挫けそうになる度に、黒狐さまが愉悦の笑みを浮かべながら、自分の小説を読む様が頭をよぎるのである。黒狐さまの笑顔が見れれば、それだけで執筆疲れが吹っ飛びお釣りがくる。それがわかってるからこそ、折れなかった。で、折れずに黒狐さまが寝取られている様を描写するのである。もう情緒ぶっ壊れまくって原形をとどめてない。
 その結果がこれだ。現実には付き合ってもない友達が寝取られてしまう小説を、書ききってした。終わった。穴があったら入りたい。いや、卑猥な意味ではなく。
「もういい! このわだかまりを小説にぶつけてやる! 畜生め!」
 ツキは鬼のような形相で、再びPCへ向かった。
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