黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

文字の大きさ
上 下
23 / 45
第5話 妖狐

初タッチ

しおりを挟む
「そんなの願い下げだ」
 互いに怒り、悲しみ、傷つけ合い、苦しみに満ちた対話の先に、強固な信頼関係がある。それを知ってしまった以上、対話を止める選択肢はない。例え黒狐さまがどんな存在であろうと、長い時間をかけ、じっくりと話し合えば、手を取り合える。それを、この数週間で学んだのだ。
 しかし、ツキの体は動かなかった。
 通り過ぎてしまう。黒狐さまが行ってしまう。でも、動かない。恐怖と怠惰だけが原因ではない。羞恥心だ。一人の時だったら、声をかけられるかもしれない。でも、大勢の同級生の中で引きとめるのは、いくら何でも気恥ずかしすぎる。黒狐さまが、自分と目を合わせられなかった気持ちが、ようやく理解できた。
 諦めかけた時、突然、背中を押された。住良木さんだった。
「ほら、行きな」
 ツキは振り返る。そうだった。なんだかんだいって一番肝心な時に支えてくれるのはこいつ──
「玉砕してこい」
 ──じゃなかった。住良木さんの顔には、シャーデンフロイデの笑みが浮かんでいた。ぶん殴りたい。が、そんな暇はない。癪に障るが、この機会を無下にするわけにもいかない。
 ツキはそのまま数歩前に踏み出し、黒狐さまへ近づいた。
 黒狐さまも取り巻きの同級生に進められたらしい。露骨に嫌悪感を出しつつ、こちらへ歩み寄ってくる。
 手を伸ばせば届く距離で、立ち止まった。黒狐さまは、冷たい視線を突き付けてきた。以前とは違い、恐怖の他にマゾヒスティックな快感も感じてしまう。自分のあまりの滑稽さに、力が抜けて、自然体になれた。
 沈黙のまま見つめ合う。
 先に動いたのは黒狐さまだった。重い空気に耐えきれなかったらしい。方向転換し、ツキの右を横切ろうとする。ツキは、勢いよく右手を伸ばした。服の袖をつかもうとする。が、それて左手首をつかんでしまった。もういい、どうにでもなれ。
「無視は、ダメ」
 その時、黒狐さまの表情が融解した。目を大きく見開かれていく。潤んだ唇が、だらしなく上下に開く。キョトンとした黒狐さまに、ツキは繰り返した。
「無視は、ダメです」
 周囲がざわついていたが、もう気にならなかった。それよりも、黒狐さまの次の反応だ。怒るのか、振り払って去るのか、さもなくば照れるか。
 ツキは黒狐さまの手を放した。そのまま手を引こうとする。引けない。なんと、今度は黒狐さまから手を握ってきたのだ。
 柔らかい感触が手全体を包み込む。肌は滑らかで、暖かかった。強く握ったら折れてしまいそうで、力の加減がわからない。
「行くぞ」
 黒狐さまはそのまま手を引っ張ってきた。後ろへ引きずられる格好だ。唖然としている住良木さんを置いて、その場を離れた。
「昨日の夕方まで、顔すら合わせられなかったくせに」
「お主こそ、わらわの前で住良木といちゃつくなぞ、いい度胸じゃ」
「僕は嫌だって言ったんですが、彼女が言うこと聞かなくて」
「わらわとあやつ、どっちが大事なのじゃ!」
「どっちを答えても地雷な質問しないでください」
「答えないってことは、わらわはどうでもいいんじゃな!」
「どうしてそうなるんですか。大事じゃなかったら黒狐さまについていくわけないじゃないですか」
 しばらく、どうでもいい罵り合いを続けた。
 ツキは、名残惜しさを感じながらも手をほどき、体を前へ向けた。が、方向転換した瞬間、再び黒狐さまが手を握ってきた。住良木さんを意識しているせいで、いくぶんか大胆になれているらしい。普段の黒狐さまなら、赤面してそれどころではない。
「逃さんぞ? 住良木にどれだけわらわたちが仲良しか、よぉーく見せつけんとな。ここからさらに体の距離を詰めようか?」
「でもこれ、別の誤解を産みません?」
 黒狐さまは数秒固まった。その後、慌てて手をほどいた。
「わらわたちはまだ付き合ってなどおらん」
「いや、家呼んだ翌日、手を繋いでいたら、そうとしか思いませんって」
「のっ、のじゃー!?」
「ってか、『まだ』って何ですか! それじゃあまるで付き合うこと前提……」
 そこまで話してから、気づいた。
 学校裏に着いていた。しかも、回りに人だかりができており、その規模は先程よりずっと大きくなっていることも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...