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09.総統

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 つばを飲み込んだ。
 期待が高まり、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。沈んだ心が、徐々に浮上してきた。いよいよ核心が聞ける。案内人の死を無駄にしないためにも、真っ正面から向き合わなければ。
「君が聞きたいことはわかっているよ。『完璧な国なんて存在するはずがない』。『この国は何か変だ』『この国には何か裏があるはずだ』」
「話が早くて助かります」
 総統は大きく深呼吸すると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
 その声は抑揚と表現の幅が、常人の何十倍も豊富だった。トーンやテンポは内容によって適切な早さに常に調整。イントネーションは情緒にあふれ、もはや声を聞いているだけで心酔しそうなほどだった。
 しかも、それは魔法によるものではなく、純粋に総統自身の技術の賜物だった。
「まずは外の化け物について。化け物は、ドーム内から漏れだした魔力によって生まれた、マモノの一種だ。漏れ出す、量と密度が半端ではないため、その強さも度を超している。もっとも、われわれがドームから出られないように、彼らもドームの外縁でしか存在を維持できないがね」
「タワーで大量の魔力を生み出すことの、代償ですか」
「いいや、意図して産み出している」
「なっ!?」
「理由は主に三つ。一つ目は国外からの侵入者を排除すること。二つ目は、住民のドーム外への好奇心を消し去ること。三つ目は、戦時下という状況を維持し、国民の国家への依存を生みだすことだ。利用できるものは、全て利用させてもらっているよ」
 戦闘力自体はゴーレム単機よりも高い。その上、おびただしい数が生息している。外部から侵入してきた敵に対しては、ゴーレム以上の防衛戦力となるのだ。
 圭太は納得しつつも、別の疑問が浮かんだ。
「何で、中途半端にゴーレムを運用しているんですか? ドーム内であれば『命のカプセル』を使わずとも半永久的に駆動できるはず。数を増やせば、労働階級が必要なくなる。知恵を司るゴブリンと、労働を司るゴーレムがおりなす、真に平等な社会が実現するはずです」
 総統は含み笑いを浮かべながら、答えた。
「魔力を大量消費することしかできないゴーレム。比較的魔力消費が少ないどころか、魔力を産み出すことすらできる人間。どちらが費用対効果が高いかは、言うまでもない。それに人間は、亜人やゴーレムに比べ、環境適応能力が高い。大抵の場所で、並みの成果を出せる。便利で小回りがきく、社会のありがたい推進力だ。また、『ゴブリン』と『人間』で社会を二分することでそれぞれを団結させることで、内紛の抑制にも役立っている」
「人命を物扱いするおつもりですか?」
「では君はなぜ、人命を特別扱いするのかな?」
「代替えの利かないものだからです?」
 総統は、若干首を傾げた。
「恒常的な社会の存続という至上命題の前には、全てが等価だろう?」
「なぜ『恒常的な社会の存続』がもっとも大切なのですか?」
 それっぽい言葉には惑わされない。
 総統は圭太に対して、愉快そうに答えた。
「細菌に生きる意味がないように、人にも本来、生きる意味は存在しない。ここで、重要な点は三つ。一つは、意味もなく存在していること。二つ目は、意味もなく幸福を求めていること。三つめは、意味もなく不幸を回避すること。この事実から導かれる仮説は、意味もなく幸福を求め続けることが、人として正しいあり方であるということだ。では、何が人にとって幸福なのか?」
「そんなこと、わかるはずがない」
「そう、難しく考えなくていい。全ての意志決定が脳によって行われる以上、われわれは幸福を『脳内に幸福物質が分泌されている状態』と定義せざるを得ない。幸福物質の中で、もっとも制御しやすいのは『セロトニン』『オキシトシン』『ドーパミン』の三種類。セロトニンは心身の健康を、オキシトシンは自分が属する共同体に貢献することによって、ドーパミンは何かを得たり達成したときに、分泌される」
「心身の健康はセンサーと魔導器で検出し、異常があれば呪文と魔導器で解決できる。社会貢献が前提で出生管理しているから、社会貢献できないはずがない。仕事の難度と達成感が得られるよう適切な難度に調整されている……」
「よくわかっているじゃないか。人々は常に、幸福にならずにはいられない。『今は、誰もが幸せ』なんだ。素晴らしいだろう?」
 今までずっと感じてきた違和感が少しほぐれた。価値観が根本から違うのだ。人のために社会が存在するのではなく、社会が存在するための人なのだ。
「……罪を犯した人も、そうでない人も等価ですか?」
「驚くべきことに──いや、私達にとっては当然のことだけれど──この国には、いわゆる警察機関が存在しない」
「なっ、なんだって? じゃあ、今は犯罪がないのか?」
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