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空と都市の支配者 2
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父と、ノエルがおそらく竜の一族の血族であるかもしれないという話をした。
唸った父ではあるが、ノエルを家に置いておくことを決めた。
客間を利用するということで普段そこを利用しているシシリィはディディエとともに泊ることになった。
「お前はあの人族との間に子供を作るつもりか」
「あぁ」
「どんな姿だとしても愛せるのか」
「愛せる。シシリィと俺の間に生まれる命ならどんな姿だとしても、だ」
父とディディエは無言でにらみあう。
ディディエの強情さはわかっているつもりだった。だが予想以上に強情だった。
しかしシシリィがディディエにとって何よりも特別な存在であることは薄々気づいていたため父はそれ以上の文句は告げなかった。
「それで、ノエルのことだが」
家に置いておくとしてどう扱うべきなのか、ディディエはそう尋ねようとした。
だが、突如として屋敷中を強いフェロモンが覆うと二人一緒に部屋を飛び出した。
大波のように屋敷中を襲い、弱いものが倒れていく。
普段ならば伴侶や愛しい相手に対して向けられるフェロモンが見境なく巻き散らかされ、どんどん濃さを増していく。
沼でも歩いているのではないだろうかと思うほど二人の動きは鈍い。
「父上、これはいったい…」
「わからん。だが、おそらくは…」
途中で兄のマドリオが合流する。
向かう先はシシリィとノエルのいる客間である。
じれったい。
そう感じたディディエの姿が変化している。
白い毛並みのところどころに黒い模様を持った虎の姿だった。
父とマドリオが止める言葉すら聞かず虎へと転化したディディエは強く床を蹴る。
人の足よりはるかに動きやすい。
フェロモンはどんどん強くなる。
シシリィが心配だった。強いフェロモンはそれだけ重く、肉体にのしかかる。
客間のそばはそれだけ強かった。
廊下には多くの使用人が倒れている。扉の閉まった室内からは低いうめき声も聞こえてきた。
『シシリィッ』
自分を呼ぶシシリィの声と同時に扉に体当たりをして客間へと転がりこむ。
シシリィは寝台でぐったりとその身を横たえていた。かろうじて胸が上下する。だが、外よりも濃度の高いフェロモンに包まれ、状況がよくないことはわかる。
シシリィのそば、そこでうめき声が上がっていた。
視線を向ければ肩まで鱗に覆われ、転化しかけたノエルの姿がある。
またかろうじて顔立ちは人のものを保っているが、シシリィをつかもうとしている手は爪がひどく伸びている。
「マドリオ、シシリィを屋敷の外へ!」
父の声が飛ぶと同時にディディエの後ろから橙の毛並みの虎が飛び出して倒れ伏しているシシリィを口に咥えた。
虎へと転じたマドリオは体で窓を突き破り屋敷の外へと飛び出す。
外までフェロモンは流れて行っているが室内にいるよりははるかにましであろう。
「竜の姿へ転化しかけているのか」
『間違いなくあいつは…』
「竜族だ。だが、鱗の色は黒…おそらくはシシリィのフェロモンにあたったのだろう」
『シシリィはまだ発情期じゃない。普段は抑制剤を投与しているからフェロモンを出すはずがない』
「αのフェロモンを受けたΩが発情状態に陥るのはわかっているだろう」
父の言葉にディディエは唸る。
獣族と人族には昔から男女の性以外にもう一つの性が備わっていた。
それがαとΩである。
「竜族は両性具有と言われている。しかもノエルはハーフだ…αもΩもどちらも持っていて不思議ではないだろう。おそらくなんらかの事象がスイッチとなり、ノエルのαフェロモンが勢いを増したのだ」
フーフーッと荒く息をついてディディエを見つめるノエルの牙が伸びていく。
鱗がどんどん数を増し、体も変わっていく。同時にフェロモンはよりその強さを増してディディエと父を取り巻いた。
『くそ…耐えられるわけがないだろうがっ!』
父の制止があったのかもしれない。だがディディエにはそれが聞こえていなかった。
寝台に飛び移りノエルと乱闘を繰り広げる。人の体にまだ近い状態のノエルを取り押さえるのは簡単だった。
うつぶせに寝台に押し付け、背中に足をおく。全体重をそこにかければ足の下で背骨がみしっと嫌な音を立てた。
「ディディエ、何をするつもりだ」
『決まってるだろ…』
ディディエの口が開く。
むき出しの牙と熱い息がノエルの首筋にあたる。
『こいつを治めるために、番にするんだよ』
ノエルの甲高い悲鳴と血の匂いがフェロモンに混ざって屋敷中に広まった。
唸った父ではあるが、ノエルを家に置いておくことを決めた。
客間を利用するということで普段そこを利用しているシシリィはディディエとともに泊ることになった。
「お前はあの人族との間に子供を作るつもりか」
「あぁ」
「どんな姿だとしても愛せるのか」
「愛せる。シシリィと俺の間に生まれる命ならどんな姿だとしても、だ」
父とディディエは無言でにらみあう。
ディディエの強情さはわかっているつもりだった。だが予想以上に強情だった。
しかしシシリィがディディエにとって何よりも特別な存在であることは薄々気づいていたため父はそれ以上の文句は告げなかった。
「それで、ノエルのことだが」
家に置いておくとしてどう扱うべきなのか、ディディエはそう尋ねようとした。
だが、突如として屋敷中を強いフェロモンが覆うと二人一緒に部屋を飛び出した。
大波のように屋敷中を襲い、弱いものが倒れていく。
普段ならば伴侶や愛しい相手に対して向けられるフェロモンが見境なく巻き散らかされ、どんどん濃さを増していく。
沼でも歩いているのではないだろうかと思うほど二人の動きは鈍い。
「父上、これはいったい…」
「わからん。だが、おそらくは…」
途中で兄のマドリオが合流する。
向かう先はシシリィとノエルのいる客間である。
じれったい。
そう感じたディディエの姿が変化している。
白い毛並みのところどころに黒い模様を持った虎の姿だった。
父とマドリオが止める言葉すら聞かず虎へと転化したディディエは強く床を蹴る。
人の足よりはるかに動きやすい。
フェロモンはどんどん強くなる。
シシリィが心配だった。強いフェロモンはそれだけ重く、肉体にのしかかる。
客間のそばはそれだけ強かった。
廊下には多くの使用人が倒れている。扉の閉まった室内からは低いうめき声も聞こえてきた。
『シシリィッ』
自分を呼ぶシシリィの声と同時に扉に体当たりをして客間へと転がりこむ。
シシリィは寝台でぐったりとその身を横たえていた。かろうじて胸が上下する。だが、外よりも濃度の高いフェロモンに包まれ、状況がよくないことはわかる。
シシリィのそば、そこでうめき声が上がっていた。
視線を向ければ肩まで鱗に覆われ、転化しかけたノエルの姿がある。
またかろうじて顔立ちは人のものを保っているが、シシリィをつかもうとしている手は爪がひどく伸びている。
「マドリオ、シシリィを屋敷の外へ!」
父の声が飛ぶと同時にディディエの後ろから橙の毛並みの虎が飛び出して倒れ伏しているシシリィを口に咥えた。
虎へと転じたマドリオは体で窓を突き破り屋敷の外へと飛び出す。
外までフェロモンは流れて行っているが室内にいるよりははるかにましであろう。
「竜の姿へ転化しかけているのか」
『間違いなくあいつは…』
「竜族だ。だが、鱗の色は黒…おそらくはシシリィのフェロモンにあたったのだろう」
『シシリィはまだ発情期じゃない。普段は抑制剤を投与しているからフェロモンを出すはずがない』
「αのフェロモンを受けたΩが発情状態に陥るのはわかっているだろう」
父の言葉にディディエは唸る。
獣族と人族には昔から男女の性以外にもう一つの性が備わっていた。
それがαとΩである。
「竜族は両性具有と言われている。しかもノエルはハーフだ…αもΩもどちらも持っていて不思議ではないだろう。おそらくなんらかの事象がスイッチとなり、ノエルのαフェロモンが勢いを増したのだ」
フーフーッと荒く息をついてディディエを見つめるノエルの牙が伸びていく。
鱗がどんどん数を増し、体も変わっていく。同時にフェロモンはよりその強さを増してディディエと父を取り巻いた。
『くそ…耐えられるわけがないだろうがっ!』
父の制止があったのかもしれない。だがディディエにはそれが聞こえていなかった。
寝台に飛び移りノエルと乱闘を繰り広げる。人の体にまだ近い状態のノエルを取り押さえるのは簡単だった。
うつぶせに寝台に押し付け、背中に足をおく。全体重をそこにかければ足の下で背骨がみしっと嫌な音を立てた。
「ディディエ、何をするつもりだ」
『決まってるだろ…』
ディディエの口が開く。
むき出しの牙と熱い息がノエルの首筋にあたる。
『こいつを治めるために、番にするんだよ』
ノエルの甲高い悲鳴と血の匂いがフェロモンに混ざって屋敷中に広まった。
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