9 / 73
空と都市の支配者
しおりを挟む
その竜の一族がいつ、どのようにして生まれたのか知るものはもはや生きてはいない。
当代でいったい何代目なのかすらわからない。
人の一族より獣の一族が、獣の一族より竜の一族が、長命で見目麗しくすぐれていることだけが周知の事実であった。
「獣に転化した姿が金色の竜の姿であることから黄金竜と呼ばれているっていう話だが、ここ何十年とあの一族が表に出てきたことはない」
「実際もうすでにいないということはないのか?」
「ないよ。天幻節の時に姿を見せるから」
「それが偽物かもしれない」
「そうだな。あの巨大な塔の上のほうに立ってるんだ。鳥族の目がいいやつらですら見えないだろうよ」
「見えないどころか、見たら目がつぶれるって話だから誰も見ないんだと思う」
姿を見たことがないのならそれはいないとも同じだと言われてしまうかもしれない。しかしディディエは一度だけ参加した天幻節で声を聴いた。遙か高みから落ちてきて自分を地面に押し付けるかのような錯覚を与えた太く、重い声。
全身から冷汗が噴き出して震えがしばらく止まらなかったことを覚えている。
シシリィはそのときまだ生まれていないはずである。
「金の鱗を持つ子供が生まれれば、世代が変わる。もしお前がそうだとしたら」
「それはないでしょ。だってノエルの鱗は黒いじゃん」
シシリィがノエルのほほへ手を伸ばした。
冷たい鱗は黒光りしている。それが金色であるはずがない。
軽くこすってみたが汚れているわけでもなさそうだった。
「でもなんでノエルは近衛兵に追いかけられていたの?」
「わからない。いつものように蛇族のもとで働いていたらいきなり…」
ノエルは眉を下げた。その様子からも本人には心当たりなどないことがうかがえる。
ディディエとシシリィは視線を交わした。
ディディエからしてみれば面倒なことに巻き込まれたとしか思わない。
訳ありな様子は見て取れる。だがシシリィが面倒をみる気でいるのもわかる。
さらに、父の意向もある。
ディディエはため息をついた。ほとんど姿を見せることのない一族で関わることなど死ぬまで有りはしないと思っていた。
「ディディ、俺と一緒に泊まっていい?」
「そのつもりだ。おい、お前」
「ノエルという名前がある」
「…ノエル。シシリィに手を出したらただじゃ置かないから頭に叩き込んでおけ」
「…シシリィはディディエの恋人なのだろう?俺には関係ない」
恋人、という言葉にシシリィははにかんだ。
かわいい、と思うディディエだが一度咳払いをすればシシリィを見る。
「大丈夫。俺はディディの番、かっこ、予定、だもん。他の男には触らせないよ」
「そうか。なら、いい。父に事の次第を伝えてくる」
「うん、行ってらっしゃい」
ディディエが部屋を出てしばらく、シシリィはノエルの鱗に触れて、見つめていた。
むず痒さを感じるがシシリィの好きにさせる。
「空を翔ける支配者の竜…君が本当に竜の血を受け継ぐのならばきっと黒檀のようにきれいな姿なんだろうね」
「獣族は祖先と同じ獣の姿になれるのだろう?」
「うん」
「見たことはあるのか」
「ディディの?あるよ。すごくきれいな模様の白虎なんだ。俺の自慢だよ」
「そうか」
ノエルはシシリィに鱗を触らせたまま考え込む。
腕の鱗も黒い。つややかな黒はシシリィの顔を鏡のように映し出す。
「ねぇ、竜族なら逆鱗ないの?喉にあるって聞いたよ」
「喉に?逆さの鱗が?いや、ない、と思う」
「みてあげるよ」
シシリィはノエルの顎に手をかける。
その途端ノエルの瞳孔が細くなりシシリィを反対に押し倒した。
突然のことにシシリィは声が出せない。
歯を食いしばり目を見開いたままシシリィを見下ろすノエルは荒く息をつく。
「ノエル?」
名を呼んだ。
だがノエルの瞳は元に戻らない。
まずいところに触れたようだと判断する。
竜族の逆鱗に触れたのだろうか。しかし手に鱗の感触はなかった。
押し倒され、みあげていればノエルの顔に次々と鱗が浮かび上がる。
ノエルを寝台に押し付ける腕にも鱗が増えた。
「ノエル、だめだよ。今ここで転化したら俺つぶれちやうから」
ぐるる、と喉の奥で低い音がする。
まだディディエは戻らない。困ったなぁとぼやきながらシシリィはまだ人の形を保つ顔に腕を伸ばした。
「戻っておいで、ノエル」
牙をむき出す唇に口づける。
甘い香りがした。
突如としてシシリィの体が快感に燃え上がる。シシリィ自身驚きに目をみはるも膨れ上がった香りが部屋に満ちる。
香りはまるで鎖のようにノエルを包む。
「や、ば…抑え、利かない…っディディ…!」
あふれる情欲に抗いながらシシリィはディディエを呼ぶ。
ノエルはシシリィから腕を放せば寝台の上で身をよじった。
そのおかげで逃げ出したシシリィだが、体は言うことを聞かない。
力の入らない体にムチを打ちながらも距離を置こうとするがだめだった。
「でぃ…ディディエ…ッッ!」
必死に名を呼ぶと同時に部屋の扉を突き破り四足の姿が飛び込んできた。しかしシシリィはそれが誰であるが認識する前に意識を落とした。
当代でいったい何代目なのかすらわからない。
人の一族より獣の一族が、獣の一族より竜の一族が、長命で見目麗しくすぐれていることだけが周知の事実であった。
「獣に転化した姿が金色の竜の姿であることから黄金竜と呼ばれているっていう話だが、ここ何十年とあの一族が表に出てきたことはない」
「実際もうすでにいないということはないのか?」
「ないよ。天幻節の時に姿を見せるから」
「それが偽物かもしれない」
「そうだな。あの巨大な塔の上のほうに立ってるんだ。鳥族の目がいいやつらですら見えないだろうよ」
「見えないどころか、見たら目がつぶれるって話だから誰も見ないんだと思う」
姿を見たことがないのならそれはいないとも同じだと言われてしまうかもしれない。しかしディディエは一度だけ参加した天幻節で声を聴いた。遙か高みから落ちてきて自分を地面に押し付けるかのような錯覚を与えた太く、重い声。
全身から冷汗が噴き出して震えがしばらく止まらなかったことを覚えている。
シシリィはそのときまだ生まれていないはずである。
「金の鱗を持つ子供が生まれれば、世代が変わる。もしお前がそうだとしたら」
「それはないでしょ。だってノエルの鱗は黒いじゃん」
シシリィがノエルのほほへ手を伸ばした。
冷たい鱗は黒光りしている。それが金色であるはずがない。
軽くこすってみたが汚れているわけでもなさそうだった。
「でもなんでノエルは近衛兵に追いかけられていたの?」
「わからない。いつものように蛇族のもとで働いていたらいきなり…」
ノエルは眉を下げた。その様子からも本人には心当たりなどないことがうかがえる。
ディディエとシシリィは視線を交わした。
ディディエからしてみれば面倒なことに巻き込まれたとしか思わない。
訳ありな様子は見て取れる。だがシシリィが面倒をみる気でいるのもわかる。
さらに、父の意向もある。
ディディエはため息をついた。ほとんど姿を見せることのない一族で関わることなど死ぬまで有りはしないと思っていた。
「ディディ、俺と一緒に泊まっていい?」
「そのつもりだ。おい、お前」
「ノエルという名前がある」
「…ノエル。シシリィに手を出したらただじゃ置かないから頭に叩き込んでおけ」
「…シシリィはディディエの恋人なのだろう?俺には関係ない」
恋人、という言葉にシシリィははにかんだ。
かわいい、と思うディディエだが一度咳払いをすればシシリィを見る。
「大丈夫。俺はディディの番、かっこ、予定、だもん。他の男には触らせないよ」
「そうか。なら、いい。父に事の次第を伝えてくる」
「うん、行ってらっしゃい」
ディディエが部屋を出てしばらく、シシリィはノエルの鱗に触れて、見つめていた。
むず痒さを感じるがシシリィの好きにさせる。
「空を翔ける支配者の竜…君が本当に竜の血を受け継ぐのならばきっと黒檀のようにきれいな姿なんだろうね」
「獣族は祖先と同じ獣の姿になれるのだろう?」
「うん」
「見たことはあるのか」
「ディディの?あるよ。すごくきれいな模様の白虎なんだ。俺の自慢だよ」
「そうか」
ノエルはシシリィに鱗を触らせたまま考え込む。
腕の鱗も黒い。つややかな黒はシシリィの顔を鏡のように映し出す。
「ねぇ、竜族なら逆鱗ないの?喉にあるって聞いたよ」
「喉に?逆さの鱗が?いや、ない、と思う」
「みてあげるよ」
シシリィはノエルの顎に手をかける。
その途端ノエルの瞳孔が細くなりシシリィを反対に押し倒した。
突然のことにシシリィは声が出せない。
歯を食いしばり目を見開いたままシシリィを見下ろすノエルは荒く息をつく。
「ノエル?」
名を呼んだ。
だがノエルの瞳は元に戻らない。
まずいところに触れたようだと判断する。
竜族の逆鱗に触れたのだろうか。しかし手に鱗の感触はなかった。
押し倒され、みあげていればノエルの顔に次々と鱗が浮かび上がる。
ノエルを寝台に押し付ける腕にも鱗が増えた。
「ノエル、だめだよ。今ここで転化したら俺つぶれちやうから」
ぐるる、と喉の奥で低い音がする。
まだディディエは戻らない。困ったなぁとぼやきながらシシリィはまだ人の形を保つ顔に腕を伸ばした。
「戻っておいで、ノエル」
牙をむき出す唇に口づける。
甘い香りがした。
突如としてシシリィの体が快感に燃え上がる。シシリィ自身驚きに目をみはるも膨れ上がった香りが部屋に満ちる。
香りはまるで鎖のようにノエルを包む。
「や、ば…抑え、利かない…っディディ…!」
あふれる情欲に抗いながらシシリィはディディエを呼ぶ。
ノエルはシシリィから腕を放せば寝台の上で身をよじった。
そのおかげで逃げ出したシシリィだが、体は言うことを聞かない。
力の入らない体にムチを打ちながらも距離を置こうとするがだめだった。
「でぃ…ディディエ…ッッ!」
必死に名を呼ぶと同時に部屋の扉を突き破り四足の姿が飛び込んできた。しかしシシリィはそれが誰であるが認識する前に意識を落とした。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる