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第二部 新たな『勇者』が現れまして

第33話 二章のプロローグみたいなモンでして

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 ――その日に起きた、運命的な三つの出来事。一つ目。

「……アゥ?」

 彼女は今、卵から孵った。
 周りは、激しく燃え盛っている。

 気温は数百度を超え、赤熱して流れ出るそれは、地の底より湧き上がる溶岩。
 吹き上がる黒煙はその場に存在する火を好むモンスターに吸われていく。

 その場にあるのは、融点温度が著しく高い鉱物と、溶岩と、モンスターと彼女。
 場に居座るモンスターは、Aランク冒険者でも忌避するような怪物ばかりだ。

「ア~ゥ?」

 そんな中で、卵から生まれたばかりの彼女は、キョロキョロと辺りを見回す。
 黒から鮮やかな紅に変わっていく長い髪と、真っ赤な瞳。

 生まれたばかりの柔肌は、大気を満たす高熱に晒されてもいささかの変化もなく。
 逆に、その肌は周囲の式素マナを急激な速度で取り込んでいく。

「ゥ~……」

 焼けた岩肌にチョコンと座る彼女の周りに、モンスター達が集まってくる。

『グルゥ……!』
『グォォォォォウ』

 モンスターの群れは、彼女を喰らうようなこともせず、むしろ守ろうとしている。
 この世の地獄とも呼ぶべき灼熱のさなか、彼女はキャッキャとはしゃいだ。

 その、未成熟な体が徐々に大きさを増し始める。
 尽きぬ火属性の式素が、彼女の体を成長させ始めている。

「あぶぅ~、キャハハハ!」

 見た目はほんの赤子でしかない、今の彼女。
 しかし、三十分もすればその身は人でいう五歳程度に至り、数時間もすると――、

「あ、ぁ~、……ん、んんッ、ん~。あ、た、し。んんッ、ん、あ、た、し」

 すっかり成長した手を幾度か握って開いてを繰り返し、声を出しつつ確認する。
 背には真っ赤なドラゴンの翼。腰から伸びるのは、赤く太い尻尾。

「はぁ~、こんなモンかな~?」

 腰に手を当てて胸を張る今の彼女、外見年齢は十五歳程度。
 新生した肉体を適当にチェックしてみて、想定通りのスペックなことにうなずく。

「フフン、いいな。ボンッ、キュッ、ボンッ、でバサァでニョロ~ン、だ!」

 豊かな胸を張り、細いウェストを指でサラリと撫でて、翼を開いて尻尾を動かす。
 その姿は、確かに彼女自身が言う通り。
 ボンッ、キュッ、ボンッ、でバサァでニョロ~ン、であった。

『グルルルゥ』
『グォォォォォォ~~ウ!』

 周りを囲むモンスター達が、彼女を称賛するように鳴いている。

「ハハハハ、貴様らもそう思うかー! うんうん、あたし様イズ・ナンバーワン!」

 彼女は、地の底で炎に囲まれながら天に向かって右手の人差し指を突き上げる。

「……髪が鬱陶しいな」

 笑うたびに揺れる長い髪を邪魔に感じ、彼女はそれを自分の手刀でバッサリ行く。
 耳にかかる程度がちょうどよい。長すぎると邪魔臭いだけだ。

「よしよし、じゃあ準備運動だ。ひと泳ぎするぞ~!」
『ガォォォォォォォォン!』
『グルォォォォォォオ~~ン!』

 彼女の号令に、モンスター達も呼応して、一斉に溶岩溜まりに飛び込んでいく。

「お、いい湯加減だぜェ~!」

 千度に達する溶岩に身を浸しながら、彼女は新鮮な式素をその身に取り込む。
 ひと泳ぎしたら、次はいよいよ外へ出よう。

「今度こそ見つけてやるぜェ、おとーちゃん! このホムラ様がなァ!」」

 ガハハと豪快に笑う彼女の名は、ホムラ・リンドルヴ。
 かつて『至天の魔王』に仕えた『五禍将フィフステンド』の一人で、『赤禍の将パイロ・カラミア』と呼ばれた。
 彼女の目的は『至天の魔王』の転生体を探し出すことにあった。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ――その日に起きた、運命的な三つの出来事。二つ目。

「……神よ」

 その日も、リシェラ・ルナは朽ちた聖堂で祈りを捧げていた。
 彼女は、ラーナ・ルナと同じ孤児院を出ている、二年先輩の女性神官だ。

 しかしルナーク孤児院の運営者である神官やラーナとは、別の神を信仰している。
 この世界には、数多くの神が存在している。

 ベルーナ孤児院を運営しているアルエラが信奉する『灯火の神』。
 ルナーク孤児院を運営しているサレクと、ラーナが信奉している『釜戸の神』。

 例えば『灯火の神』は『太陽の神』にも通じるとされる。
 例えば『釜戸の神』は『生命の神』にも通じるとされる。

 神は、この世界の外より人々を見守り、ときとして人に加護を与えるという。
 その存在については、明確には証明されたことはない。

 しかし、神の存在を裏付けるものは確かにある。
 それが『聖女』と『勇者』であった。

 世界に大いなる危機が迫ったとき、神は自らを信奉する神官にその訪れを告げる。
 人々に『託宣』、または『啓示』とも呼ばれるそれを受けるのは、必ず女性だ。

 この、神より『託宣』を受けた女性神官が『聖女』と呼ばれる。
 彼女達に与えられた役割は『勇者』の探索にある。

 神より告げられた『大いなる危機』。
 それを覆すに足る戦士を探し、その者に『勇者』としての資格を与える。

 いわば神と人とを繋ぐ橋渡し役にして、現世における神の代理人。
 それが『聖女』という存在であった。

 だが、それを知る者は案外少ない。
 神官であれば当然のように知っているが、神官でなければ知らないことが多い。
 やはり、人々の目を引くのは『勇者』の方なのだった。

 そも『聖女』はなりたくてなれるものではない。
 だが、神の声を聞き、神から使命を与えられる『聖女』は特別な称号ではあった。

「…………」

 その日も、リシェラはアヴェルナの街の端っこにある聖堂で、祈りを捧げる。
 ここは、彼女の住居でもある。だが、スラム街の住人もここには寄り付かない。

 ――『大鎌の神』。

 それが、リシェラの信奉する神の名だ。
 本来であれば、彼女もラーナと同じく『釜戸の神』の信徒になるはずだった。
 しかし幼き日に、リシェラは神の声を夢の中に聞いたのだ。

『将来、おまえは再び私の声を聞く。それはおまえにとっての使命の始まりなのだ』

 夢の中で、その声の主は自らを『大鎌の神』と名乗った。
 それがきっかけで、リシェラは自ら『大鎌の神』の信徒となることを選んだ。

 だが当初、父親役の神官サレクはそれだけはやめるよう説得した。
 理由は『大鎌の神』という神格が持つイメージにある。
 この世に百八柱存在するという神の中で、最も嫌われているのが『大鎌の神』だ。

 かの神格は『死の神』と『戦争の神』に通じるとされている。
 どちらか一方であれば、まだいい。
 しかし『死』と『戦争』が揃ってしまうと、そこに想起されるのは『滅び』。

 即ち『大鎌の神』は『死の神』であり『戦争の神』であり『滅びの神』でもある。
 この神格が『邪神』以外の百八柱の神の中で最も嫌われている由縁だ。

 サレクは、娘に等しいリシェラが『大鎌の神』の信徒になることは避けたかった。
 しかし彼女は強情で、最終的には孤児院を出て、街の反対側に住み着いた。

 以来、リシェラ・ルナは一人、自らが築いた粗末な聖堂で祈りを捧げ続けている。
 いつか、自分が信ずる神が再び声を聞かせてくれることを信じ続けながら。

 そして今日が、まさにその日。
 誰もいない、ひどく狭い聖堂でリシェラは自作の神像に祈りを捧げている。
 そのさなかのことだった。

「…………ぇ?」

 集中状態にあったリシェラが何かに反応して顔をあげる。
 すると、そこにはまばゆい輝きが溢れて、しっかりとその声が耳に届いた。

『――我が信徒よ』

 誰もいない聖堂で、この日、新たな『聖女』が誕生した。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ――その日に起きた、運命的な三つの出来事。三つ目。

『やぁ、この夢を見ている『君』へ。『私』だよ」
「おまえかよ」

 ビスト・ベルの夢に、こいつ前世がまた出たことだった。
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