13 / 41
第一部 魔王の『力』を受け継ぎまして
第13話 特別指定依頼を受けまして
しおりを挟む
――『特別指定依頼』。
それは、通常は表に出ることのない、文字通りの特別な依頼を指す用語だ。
危険度が極めて高かったり、緊急を要する、もしくは機密性が高い。
そういった『ワケあり』の案件がこれに指定されることが多い。要するにヤベェ依頼だ。
だからこそ、この依頼を受注する冒険者はギルドが指定する。
冒険者にとって『特別指定依頼』をギルドから打診されることは栄誉なことだ。
それは単純に自分達がギルドから有望視されているという証左でもある。
明確に箔がつくし、何より『特別指定依頼』は単純に報酬がいい。かなり稼げる。
多くの冒険者にとって『特別指定依頼』は『英雄』への登竜門といわれる。
Sランクを目指す連中にとって是が非でも受けたい、魅力の塊とも呼ぶべき依頼。
それが――、『特別指定依頼』。
つまり、俺が一番受けたくないたぐいの依頼ってコトだァァァァァ――――ッ!
イヤだよ! ふざけんなよ! 何が英雄への登竜門だよ!
だから、俺は英雄なんぞなりたかねぇんだって!
今日だけでも十分目立ってるのに、そんなの受けたらいよいよトドメだわ!
冒険者生活二日目のド新人がいきなり『特別指定依頼』だァ~?
イヤだァ! ソレ絶対、俺にとって望ましくない方向で話題になるヤツゥ!
俺は、明日も普通に薬草採取したりして、コツコツ地道にやっていきたいんだッ!
「苦悩?」
頭を抱えて悶える俺を見て、クラリッサさんが小首をかしげる。
「これは、多分、悲嘆ですね。普通の冒険者になりたいのに、冒険者になって早々に『特別指定依頼』なんて目立ち過ぎるから絶対に受けたくない。っていう感じの」
「的確に俺の内側を読み取ってんじゃねぇ、ラーナ!」
完全に内心を言い当てられて怒鳴ると、ラーナは面白そうにクスクス笑った。
おのれ~、完全に見透かされておるぅ……。ラーナめぇ~……。
「……珍妙」
クラリッサさんが、ますます深く首をかしげる。
「大抵の冒険者なら『特別指定依頼』と聞けばすぐに食いついてくるでマスター。なのにビスト氏は食いつくどころか拒否感丸出しでマスター。……理解不能」
「クックック、そりゃあ仕方がねぇよ、クラリッサ」
と、ここで何やらおかしそうに笑いながら、ウォードさんが口を挟んでくる。
「ビストはアルエラさんトコの孤児院の出なんだよ。あの人も冒険者だった頃は、こいつみたいに名誉だの栄光だのとか、そういったモノはあんまり好まなかったろ?」
「え」
そこに出てきた名前に、俺はちょっと驚いた。
「あの、ウォードさん、アルエラ様って冒険者だったんですか!?」
「何だよ、知らなかったのか? 俺が若手だった頃、この街だけじゃなくて近隣にまでその名を轟かせた凄腕の神官だったんだぜぇ~。もちろん、Aランクさ」
え~! それは初耳~! マジかァ~~~~!?
「本人は過ぎた名声だなんて言ってたよ、いつも」
「合点。なるほど、ビスト氏の無欲の源泉はそこでマスター。認識・理解・納得」
「とはいえ、アルエラさんもビストほど極端じゃなかったけどな」
しきりにうなずくクラリッサさんの隣で、腕を組んだウォードさんが苦笑する。
そして、次に口を開いたのも、また、彼だった。
「クラリッサ、おまえが考えてる『特別指定依頼』は、例の一件か?」
「明察。頼める相手がいなくて塩漬けになりかけてたアレでマスター」
例の一件? アレ?
オイオイ、何だよそりゃあ、一体どういう依頼だ。ちょっと気になるじゃねーか。
「興味があるか、ビスト?」
「え、いや……」
ウォードさんにも見抜かれてしまった。クッソ、俺、そんな顔に出てた?
「なぁ、ビストよ」
「何ですか、ウォードさん」
「予言してやる。次の俺の一言で、おまえさんは依頼を受ける気になるぜぇ~?」
「はァ? 何言ってんです?」
得意げにあごひげをさすっているAランクのオッサンに、俺は片眉を上げる。
いや、本当に何言ってんだ、この人。
いくらご指名でも俺が『特別指定依頼』と受けるとか、そんなワケ――、
「この案件な――、前人未到のダンジョンの内部調査、だぜ?」
「…………ぜ」
前人未到の、ダンジョンの、内部調査ッ!?
ぜ、ぜ、前人未到の……!!?
それって、まだ誰も足を踏み入れていないダンジョンの、攻略――、ってコト?
「…………」
「あ、ビスト君が露骨に半笑いになってる……」
「クッヒッヒ、いかにも興味津々ってツラだなァ~、ビスト」
…………はッ!?
「ぃ、いや? 別にそんなダンジョン探索とか、そこまで興味なんてないしぃ~?」
「目が泳いでるの隠せてないよ、ビスト君」
「さっきから何なんだよ、ラーナ! おまえはどっちの味方なのぉ~!?」
こっちを覗き込んでくる彼女に、俺はついつい声を荒げてしまった。
しかし、ラーナはニッコリと微笑んで、
「わたしはビスト君の味方だよ? でもわたしも、ダンジョンは行ってみたいかな」
「く……」
「そういうこったよ、おまえさんらはそういうヤツらさ」
呻く俺に、ウォードさんが勝ち誇ったように肩をすくめる。
「ビストもラーナの嬢ちゃんも、どっちも冒険心をてヤツが有り余ってやがるのさ。だって、二人とも思ったんじゃないかい? ――楽しそう、ってよ」
「えっと、はい、ダンジョンって聞いて、少しだけ……」
指摘を受け、ちょっとした照れ笑いを浮かべるラーナに対して、俺は苦い顔。
もう、完全に図星ってヤツ。ウォードさんにとことんまで読み切られてる。
ああ、ダンジョン探索ね。
罠がたくさんでモンスターがワンサカな地下迷宮。
けど、そこにあるのは古代のロマンか、失われた秘宝か、未発見の何かか。
くぅ~、そそるぜぇ~。そそる。実にそそる。楽しそォ~~!
「ビストよ、おまえさんは『楽しくないのが嫌い』って言ってたなぁ? そいつぁつまり『楽しそうなことが大好きだ』ってことだ。誰だってそうだが、目立ちたくないと言いながらも冒険者なんて生業を選ぶおまえさんだ。――好きなんだろ、冒険が」
「…………まぁ、はい」
隠してもしょうがないことなので隠さないが、結局は、そこなんだよなぁ。
余計な責任を背負いたくない。目立ちたくない。名声なんていらない。
――でも、色んな冒険をしてみたい!
俺が冒険者になった理由の根っこって、そこなんだよ。
それはきっとラーナも同じだ。俺は生まれ持った性格で、彼女は環境が理由だ。
街の外に出たことのないラーナの中には、冒険への強い欲求が育まれている。
ふと見れば、さっきから彼女も笑っている。
ダンジョンという単語に、いかにもワクワクしているのが伝わってくる。
「あ~~~~……」
俺は天井を見上げて大きく声を出して、
「仕方ねぇ、受けるかァ~!」
半ばヤケクソになって、両手を挙げてそう叫んだ。
そうすると、ラーナがさらに瞳をキラキラと輝かせて勢いよく両手を打った。
「本当、ビスト君!?」
「だってラーナ、心底行きたそうじゃん……」
何故か自分の欲求に素直になれず、俺はラーナを言い訳に使ってしまった。
そこに罪悪感を感じて俺が目を逸らした、次の瞬間――、
「ビスト君ッ!」
「ゥどわァ~!?」
耳元に響くラーナの大声に、俺の身を襲う衝撃。柔らかさ。いい匂い。柔らかさ。
ラーナが抱きついてきたのだと理解した瞬間、俺の意識は沸騰しそうになった。
「な、ちょ、ラ、ラ~ナァ~!?」
「わたしのことを考えてくれたんだね、嬉しい! ありがとう!」
「ぃや、わ、ま、ぁ、は、わかったから離れろよォ~!」
座ってるところに抱きしめられてるから、そのほ、頬に、む、胸が当たっ……!
うッおォォォ、や、柔らけぇ……。
え、何、女の子ってこんな柔らかくて、いい匂いすんの? 甘い、花の匂い。
「フヒヒヒ、イイねェ~、若いねェ~、初々しいねェェェ~~~~」
笑って見てないで、助けろ、オッサン!
「感謝。この依頼は頼める相手の条件が限定されていて、ウォード氏含め、少数の高ランク冒険者を候補に挙げていたところでマスター。しかしビスト氏が受けてくれるならこれに優る相手はいないと断言できるマスター。肩の荷が軽くなるマスター」
こっちはこっちで、今の俺達が見えていないかのよう話進めちゃってるゥ!?
「――では、依頼内容の詳細について説明するマスター」
え、マジで? このギルドマスター、マジで今の俺達の状況見えてないとでも?
「しかし、その前に、ラーナ嬢――」
「え、はい? 何でしょうか?」
クラリッサさんが、ラーナを呼ぶ。やっと止めに入ってくれた……。
「あなたにこれをお渡しするでマスター」
――ワケじゃなかった。完全にこっちにお構いなしで話を続けるの、やめろ!
「これは……?」
クラリッサさんがいきなり虚空から取り出したのは、硝子の小瓶だった。
異空間にアイテムを保管する『収納空間』の魔法、らしいな。
そして、彼女が取り出した、中に輝きを秘めた液体が詰まったそれは――、
「これは『力量の水薬』でマスター」
「こ、これが……!」
「肯定。ビスト氏とは違い、ラーナ嬢は高い素養はあれど、今はまだ本当の新人でマスター。まずはこちらを進呈するので、自らの強化をおすすめするでマスター」
やっと俺から離れてくれたラーナが、テーブルの上に置かれた『力量の水薬』の方に釘付けになる。俺も、知識としては知ってたが、実物を見るのは初めてだ。
「え、でも、これをわたしがもらっていいんですか……?」
「報酬。本日の薬草採取、並びに大黒犬出現報告について、まだお二人は経験点の付与が終わっていないはずでマスター。覚えはないでマスター?」
「ああ、そういえば……」
俺も身を起こして、安らかな寝息を立てているマヤさんを見る。
依頼達成時に付与される経験点。それを、俺達はまだもらっていなかった。
「認定。Gランク依頼の+α分としてお渡しするマスター。と、同時に、ラーナ嬢へのギルドからの先行投資という側面も、もちろんあるでマスター」
「こっちがきく前にそれを言うのか……」
戸惑う俺を、何やらウォードさんがクツクツ笑って眺めている。
「何ですか、ウォードさん」
「いや、ビストは別としても、ラーナの嬢ちゃんも期待されてんだな、ってよ」
「どういうことですか?」
尋ねるラーナに、ウォードさんは単刀直入に答える。
「その『力量の水薬』、Dランク上限いっぱい分の自己強化ができる最高級品だぜ」
「「は?」」
俺とラーナは同時に声を出し、同時に『力量の水薬』を見て、
「「……は?」」
と、また同時に声を揃えて、今度は二人してクラリッサさんを見る。
大人の色香漂わせるエルフのギルドマスターは、コクリと一度だけうなずいて、
「昇級。ビスト氏とラーナ嬢は、本日をもってCランク昇級資格ゲットでマスター」
だからそういうのやめろってェェェェェェェェェ~~~~!?
それは、通常は表に出ることのない、文字通りの特別な依頼を指す用語だ。
危険度が極めて高かったり、緊急を要する、もしくは機密性が高い。
そういった『ワケあり』の案件がこれに指定されることが多い。要するにヤベェ依頼だ。
だからこそ、この依頼を受注する冒険者はギルドが指定する。
冒険者にとって『特別指定依頼』をギルドから打診されることは栄誉なことだ。
それは単純に自分達がギルドから有望視されているという証左でもある。
明確に箔がつくし、何より『特別指定依頼』は単純に報酬がいい。かなり稼げる。
多くの冒険者にとって『特別指定依頼』は『英雄』への登竜門といわれる。
Sランクを目指す連中にとって是が非でも受けたい、魅力の塊とも呼ぶべき依頼。
それが――、『特別指定依頼』。
つまり、俺が一番受けたくないたぐいの依頼ってコトだァァァァァ――――ッ!
イヤだよ! ふざけんなよ! 何が英雄への登竜門だよ!
だから、俺は英雄なんぞなりたかねぇんだって!
今日だけでも十分目立ってるのに、そんなの受けたらいよいよトドメだわ!
冒険者生活二日目のド新人がいきなり『特別指定依頼』だァ~?
イヤだァ! ソレ絶対、俺にとって望ましくない方向で話題になるヤツゥ!
俺は、明日も普通に薬草採取したりして、コツコツ地道にやっていきたいんだッ!
「苦悩?」
頭を抱えて悶える俺を見て、クラリッサさんが小首をかしげる。
「これは、多分、悲嘆ですね。普通の冒険者になりたいのに、冒険者になって早々に『特別指定依頼』なんて目立ち過ぎるから絶対に受けたくない。っていう感じの」
「的確に俺の内側を読み取ってんじゃねぇ、ラーナ!」
完全に内心を言い当てられて怒鳴ると、ラーナは面白そうにクスクス笑った。
おのれ~、完全に見透かされておるぅ……。ラーナめぇ~……。
「……珍妙」
クラリッサさんが、ますます深く首をかしげる。
「大抵の冒険者なら『特別指定依頼』と聞けばすぐに食いついてくるでマスター。なのにビスト氏は食いつくどころか拒否感丸出しでマスター。……理解不能」
「クックック、そりゃあ仕方がねぇよ、クラリッサ」
と、ここで何やらおかしそうに笑いながら、ウォードさんが口を挟んでくる。
「ビストはアルエラさんトコの孤児院の出なんだよ。あの人も冒険者だった頃は、こいつみたいに名誉だの栄光だのとか、そういったモノはあんまり好まなかったろ?」
「え」
そこに出てきた名前に、俺はちょっと驚いた。
「あの、ウォードさん、アルエラ様って冒険者だったんですか!?」
「何だよ、知らなかったのか? 俺が若手だった頃、この街だけじゃなくて近隣にまでその名を轟かせた凄腕の神官だったんだぜぇ~。もちろん、Aランクさ」
え~! それは初耳~! マジかァ~~~~!?
「本人は過ぎた名声だなんて言ってたよ、いつも」
「合点。なるほど、ビスト氏の無欲の源泉はそこでマスター。認識・理解・納得」
「とはいえ、アルエラさんもビストほど極端じゃなかったけどな」
しきりにうなずくクラリッサさんの隣で、腕を組んだウォードさんが苦笑する。
そして、次に口を開いたのも、また、彼だった。
「クラリッサ、おまえが考えてる『特別指定依頼』は、例の一件か?」
「明察。頼める相手がいなくて塩漬けになりかけてたアレでマスター」
例の一件? アレ?
オイオイ、何だよそりゃあ、一体どういう依頼だ。ちょっと気になるじゃねーか。
「興味があるか、ビスト?」
「え、いや……」
ウォードさんにも見抜かれてしまった。クッソ、俺、そんな顔に出てた?
「なぁ、ビストよ」
「何ですか、ウォードさん」
「予言してやる。次の俺の一言で、おまえさんは依頼を受ける気になるぜぇ~?」
「はァ? 何言ってんです?」
得意げにあごひげをさすっているAランクのオッサンに、俺は片眉を上げる。
いや、本当に何言ってんだ、この人。
いくらご指名でも俺が『特別指定依頼』と受けるとか、そんなワケ――、
「この案件な――、前人未到のダンジョンの内部調査、だぜ?」
「…………ぜ」
前人未到の、ダンジョンの、内部調査ッ!?
ぜ、ぜ、前人未到の……!!?
それって、まだ誰も足を踏み入れていないダンジョンの、攻略――、ってコト?
「…………」
「あ、ビスト君が露骨に半笑いになってる……」
「クッヒッヒ、いかにも興味津々ってツラだなァ~、ビスト」
…………はッ!?
「ぃ、いや? 別にそんなダンジョン探索とか、そこまで興味なんてないしぃ~?」
「目が泳いでるの隠せてないよ、ビスト君」
「さっきから何なんだよ、ラーナ! おまえはどっちの味方なのぉ~!?」
こっちを覗き込んでくる彼女に、俺はついつい声を荒げてしまった。
しかし、ラーナはニッコリと微笑んで、
「わたしはビスト君の味方だよ? でもわたしも、ダンジョンは行ってみたいかな」
「く……」
「そういうこったよ、おまえさんらはそういうヤツらさ」
呻く俺に、ウォードさんが勝ち誇ったように肩をすくめる。
「ビストもラーナの嬢ちゃんも、どっちも冒険心をてヤツが有り余ってやがるのさ。だって、二人とも思ったんじゃないかい? ――楽しそう、ってよ」
「えっと、はい、ダンジョンって聞いて、少しだけ……」
指摘を受け、ちょっとした照れ笑いを浮かべるラーナに対して、俺は苦い顔。
もう、完全に図星ってヤツ。ウォードさんにとことんまで読み切られてる。
ああ、ダンジョン探索ね。
罠がたくさんでモンスターがワンサカな地下迷宮。
けど、そこにあるのは古代のロマンか、失われた秘宝か、未発見の何かか。
くぅ~、そそるぜぇ~。そそる。実にそそる。楽しそォ~~!
「ビストよ、おまえさんは『楽しくないのが嫌い』って言ってたなぁ? そいつぁつまり『楽しそうなことが大好きだ』ってことだ。誰だってそうだが、目立ちたくないと言いながらも冒険者なんて生業を選ぶおまえさんだ。――好きなんだろ、冒険が」
「…………まぁ、はい」
隠してもしょうがないことなので隠さないが、結局は、そこなんだよなぁ。
余計な責任を背負いたくない。目立ちたくない。名声なんていらない。
――でも、色んな冒険をしてみたい!
俺が冒険者になった理由の根っこって、そこなんだよ。
それはきっとラーナも同じだ。俺は生まれ持った性格で、彼女は環境が理由だ。
街の外に出たことのないラーナの中には、冒険への強い欲求が育まれている。
ふと見れば、さっきから彼女も笑っている。
ダンジョンという単語に、いかにもワクワクしているのが伝わってくる。
「あ~~~~……」
俺は天井を見上げて大きく声を出して、
「仕方ねぇ、受けるかァ~!」
半ばヤケクソになって、両手を挙げてそう叫んだ。
そうすると、ラーナがさらに瞳をキラキラと輝かせて勢いよく両手を打った。
「本当、ビスト君!?」
「だってラーナ、心底行きたそうじゃん……」
何故か自分の欲求に素直になれず、俺はラーナを言い訳に使ってしまった。
そこに罪悪感を感じて俺が目を逸らした、次の瞬間――、
「ビスト君ッ!」
「ゥどわァ~!?」
耳元に響くラーナの大声に、俺の身を襲う衝撃。柔らかさ。いい匂い。柔らかさ。
ラーナが抱きついてきたのだと理解した瞬間、俺の意識は沸騰しそうになった。
「な、ちょ、ラ、ラ~ナァ~!?」
「わたしのことを考えてくれたんだね、嬉しい! ありがとう!」
「ぃや、わ、ま、ぁ、は、わかったから離れろよォ~!」
座ってるところに抱きしめられてるから、そのほ、頬に、む、胸が当たっ……!
うッおォォォ、や、柔らけぇ……。
え、何、女の子ってこんな柔らかくて、いい匂いすんの? 甘い、花の匂い。
「フヒヒヒ、イイねェ~、若いねェ~、初々しいねェェェ~~~~」
笑って見てないで、助けろ、オッサン!
「感謝。この依頼は頼める相手の条件が限定されていて、ウォード氏含め、少数の高ランク冒険者を候補に挙げていたところでマスター。しかしビスト氏が受けてくれるならこれに優る相手はいないと断言できるマスター。肩の荷が軽くなるマスター」
こっちはこっちで、今の俺達が見えていないかのよう話進めちゃってるゥ!?
「――では、依頼内容の詳細について説明するマスター」
え、マジで? このギルドマスター、マジで今の俺達の状況見えてないとでも?
「しかし、その前に、ラーナ嬢――」
「え、はい? 何でしょうか?」
クラリッサさんが、ラーナを呼ぶ。やっと止めに入ってくれた……。
「あなたにこれをお渡しするでマスター」
――ワケじゃなかった。完全にこっちにお構いなしで話を続けるの、やめろ!
「これは……?」
クラリッサさんがいきなり虚空から取り出したのは、硝子の小瓶だった。
異空間にアイテムを保管する『収納空間』の魔法、らしいな。
そして、彼女が取り出した、中に輝きを秘めた液体が詰まったそれは――、
「これは『力量の水薬』でマスター」
「こ、これが……!」
「肯定。ビスト氏とは違い、ラーナ嬢は高い素養はあれど、今はまだ本当の新人でマスター。まずはこちらを進呈するので、自らの強化をおすすめするでマスター」
やっと俺から離れてくれたラーナが、テーブルの上に置かれた『力量の水薬』の方に釘付けになる。俺も、知識としては知ってたが、実物を見るのは初めてだ。
「え、でも、これをわたしがもらっていいんですか……?」
「報酬。本日の薬草採取、並びに大黒犬出現報告について、まだお二人は経験点の付与が終わっていないはずでマスター。覚えはないでマスター?」
「ああ、そういえば……」
俺も身を起こして、安らかな寝息を立てているマヤさんを見る。
依頼達成時に付与される経験点。それを、俺達はまだもらっていなかった。
「認定。Gランク依頼の+α分としてお渡しするマスター。と、同時に、ラーナ嬢へのギルドからの先行投資という側面も、もちろんあるでマスター」
「こっちがきく前にそれを言うのか……」
戸惑う俺を、何やらウォードさんがクツクツ笑って眺めている。
「何ですか、ウォードさん」
「いや、ビストは別としても、ラーナの嬢ちゃんも期待されてんだな、ってよ」
「どういうことですか?」
尋ねるラーナに、ウォードさんは単刀直入に答える。
「その『力量の水薬』、Dランク上限いっぱい分の自己強化ができる最高級品だぜ」
「「は?」」
俺とラーナは同時に声を出し、同時に『力量の水薬』を見て、
「「……は?」」
と、また同時に声を揃えて、今度は二人してクラリッサさんを見る。
大人の色香漂わせるエルフのギルドマスターは、コクリと一度だけうなずいて、
「昇級。ビスト氏とラーナ嬢は、本日をもってCランク昇級資格ゲットでマスター」
だからそういうのやめろってェェェェェェェェェ~~~~!?
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、pixivにも投稿中。
※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
転生貴族可愛い弟妹連れて開墾します!~弟妹は俺が育てる!~
桜月雪兎
ファンタジー
祖父に勘当された叔父の襲撃を受け、カイト・ランドール伯爵令息は幼い弟妹と幾人かの使用人たちを連れて領地の奥にある魔の森の隠れ家に逃げ込んだ。
両親は殺され、屋敷と人の住まう領地を乗っ取られてしまった。
しかし、カイトには前世の記憶が残っており、それを活用して魔の森の開墾をすることにした。
幼い弟妹をしっかりと育て、ランドール伯爵家を取り戻すために。
7個のチート能力は貰いますが、6個は別に必要ありません
ひむよ
ファンタジー
「お詫びとしてどんな力でも与えてやろう」
目が覚めると目の前のおっさんにいきなりそんな言葉をかけられた藤城 皐月。
この言葉の意味を説明され、結果皐月は7個の能力を手に入れた。
だが、皐月にとってはこの内6個はおまけに過ぎない。皐月にとって最も必要なのは自分で考えたスキルだけだ。
だが、皐月は貰えるものはもらうという精神一応7個貰った。
そんな皐月が異世界を安全に楽しむ物語。
人気ランキング2位に載っていました。
hotランキング1位に載っていました。
ありがとうございます。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる