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第22話 あ~~~~、悔しいッッ!

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 あ~~~~、悔しいッッ!
 簡単に懐に入られるとか、メチャクチャ悔しいんですけどッ!

『動きにもほとんど無駄がなかったですわね~、ミツ様』
「うごごごごご……!」

 小鳥エラに言われて、はらわたが煮えくり返る。
 そんな俺は、今、車の屋根の上で大の字になっていた。

 落下した先にたまたま止まっていた車があって、背中から直撃したのだ。
 車体は上からベッコリ凹んだが、おかげで俺は割とダメージが少ない。

『かなりしたたかに背中を打たれたでしょうに、痛くありませんの?』
「ジャージがなければ死んでいたかもしれない」
『日本の防具事情は知りませんけれど、それは絶対あり得ないことはわかりますわ』

 痛いは痛い。それは間違いない。
 でも、それよりもミツに負けたっぽい感じなのが先に立って、ただ悔しい。

『リベンジしますの?』
「行ったって無駄だよ。あいつは頑固だからなぁ……」

 俺はよいしょと起き上がる。

「音夢を連れてかなきゃな。俺だけ行っても何も話さねぇだろうぜ」
『世界征服の野望よりも恋愛事情が優先ですのね……』

「ありふれた話だろ、どっちも」
『そうですわね。古今東西、愛と恋に救われる世界も数えきれませんし!』

 車から降りて、俺は体の具合を確かめた。
 打ちつけた背中に、各所関節。動かしてもひねっても、特に問題はない。

「……チッ」

 しかし、深く息を吸い込むと、胸の辺りに鋭い痛みが走った。
 ミツに押された箇所だ。服をめくると、みぞおちに綺麗に手型がついていた。

『まぁまぁ、見事に急所を突いていますわね。ミツ様は武道の心得などが?』
「俺が知る限り、そういうのはないはずだ。単純に、才能だよ」

 高校でも絵に描いたような文武両道だったからな、あいつ。
 顔がよくて、頭もよくて、スポーツも万能で、その上で性格がねじくれていた。

「俺のパンチも、ほとんど避けられてたな、そういえば」
『その当時から喧嘩っ早いのは変わらないんですのね、トシキ様は』

 俺は、市庁舎を見上げる。
 ここからでも、窓がブチ破られた市長室を見ることはできる。

「チッ、覚えてやがれよ。この借りは来週返してやるからな、ミツ」
『そのセリフはいけませんわ~、三下チンピラ悪役の安物セリフですわ~!』
「うるせぇ!」

 そして俺は、ひとまず天館市庁舎をあとにする。
 音夢達が戻ってくるまでの数日は、隣の市辺りにでも遠征してゾンビを殺そう。

『あ、ゾンビは殺しますのね』
「あと一週間近く何もしないとかヒマすぎて死ぬわ。あと、ゾンビは殺す」
『ブレませんわねぇ』

 あったりめーよ。

『そんなにゾンビを滅ぼしたいのでしたら、地下のゾンビがいるでしょうに』

 小鳥エラが俺の頭の上に移ってそんなことを言う。

「バ~カ」

 地下にいるのはわかった上で、俺は隣の市に行くって言ったんだよ。

『何か、お考えがおありですの?』
「考えってほどのモンじゃねぇけどな」

 聖剣を肩に担いで、俺は市庁舎を再度見上げた。

「ここの地下のゾンビは、初依頼用だよ」


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 あっという間に、その日は来た。
 寝て起きてゾンビ殺して、寝て起きてゾンビ殺してたら、もう今日だ。
 天館ソラスの屋上で、俺とルリエラは静かにそのときを待っていた。

『タイムリミットです。来ますわよ』

 ルリエラの言葉と共に、屋上の床に以前と同じく青白い光の魔法陣が現れる。
 それも、同時に何十個も。

 魔法陣の上に光が瞬き、そこに幾つもの人影が出現する。
 一年という限られた期間だけ、異世界アルスノウェで過ごすことを選んだ連中だ。
 その中には、俺のダチの小宮音夢と、その妹の玲夢もいる。

「ただいま、橘君」
「おう、おけーりさん」

 光の中から現れた音夢が、俺に向かって微笑みかける。
 音夢は、黒縁の眼鏡はそのままに、髪型が変わっていた。三つ編みをやめている。

 着ている衣装も、アルスノウェ様式のもので、ミルク色のフード付きローブだ。
 右手にはヒーラー専用の長杖。先端には太陽を模したシンボルがある。

「何だ、主神信仰にでも始めたのか?」

 太陽のシンボルは、アルスノウェで幾つかある信仰のうち、主神信仰を示す。
 確かに、ヒーラーには神官が多いが、まさか音夢が。と思っていたら、

「いいえ、この杖が一番頑丈で、思い切り叩いても曲がらないから」

 選んだ理由がとんでもなくバチ当たりだった。

「ちなみに、うちは浄土真宗らしいわ。おばあちゃんが言ってたの」

 知らんわ。

「センパァ~イ! お久しぶりでぇ~ッス!」
「ぬぉわッ!!?」

 音夢の方に気を取られていたら、背後から玲夢に抱きつかれた。
 背中に柔らかい感触。オスとしての俺の本能が、一瞬その感触に浸ってしまう。

『こンの、大たわけめがァ~!』
「うぉっと、アブね!?」

 突如、頭上から何かが襲ってきた。
 俺は玲夢にしがみつかれたまま、サッとそれを避けて飛来したものに目を向ける。

「……何だ、おまえ」

 そこにいたのは、二頭身のマスコットだった。
 小さな翼を動かして浮かんでいる、デフォルメしたチビドラゴン、みたいなヤツ。
 短い手をブンブン振って、何やらこちらに向かって怒りを表現している。

『何だとは、何だ! ヒトサルの勇者如きが、この吾輩に対し、不敬も甚だしい!』
「……その、自分の方こそ無礼ブッチギリな物言い。それにその、鱗の色」

 プンスコしてるマスコットの体表は、虹色の光沢を持った銀色。
 その色合いに、俺はアルスノウェの知り合いのことを思い出して、尋ねてみる。

「もしかしておまえ……、『彩鱗のグラズヴェルド』?」
『グハハハハハ! いかにも! 吾輩こそはアルスノウェの全生命の頂点、竜の中の竜にして王の中の王! 最強無双、絶対無敵の竜王、グラズヴェルドなりィ!』

 大見得切って、ガハハと笑うマスコット。
 口上こそ物々しいが、見た目可愛いし声はアニメ声だしで、全くキマっていない。

「もぉ~、グラたんったら、自分だけ目立たないでよねぇ~!」
『だってだって、れむたんが吾輩の前でこんな野郎に抱きつくからぁ~!』

「一年ぶりだモン、仕方ないでしょ~?」
『ムギギギギギッッ! おのれ『滅びの勇者』ァ、許すまじぃ!』

 腕を組んで拗ねる玲夢と、血走った目で俺を睨んで歯軋りするマスコット。
 何だぁ、この光景わ……?

「あ、聞いて聞いてセンパイ! アタシね、グラたんをテイムしちゃった!」
『うむ! 今の吾輩はアルスノウェの全生命の頂点にして、コミヤ・レム公式ファンクラブ会員ナンバー001! ファンクラブ会長のグラズヴェルドであァ――る!』

 自信満々に腕を組んで名乗るグラたん。
 すっかり美味しそうな名前になりやがって、王の誇りはどこに投げ捨てた。

『全生命の頂点から転落しているではありませんの……』

 と、そこに小鳥のルリエラも呆れたように言う。

『む、何だこの不敬な小鳥は。貴様、名を名乗れ!』
『ご無沙汰しております。ルリエラですわー』
『ひぃっ! 軍神ルリエラ様であらせられましたか!?』

 小鳥エラに、速攻土下座をキメる自称『竜の中の竜』。おまえの誇り安いなー。
 一応言っておくと、これでも本当にこいつはアルスノウェのドラゴンの中では最上位の存在で、対魔王軍との戦いでも大いに力を振るってくれた戦友ではある。

 その戦友が、まさかドルオタ化したところを見ることになろうとは……。
 これは単純に、玲夢のテイマーとしての実力を褒めるべきだろうなぁ。

「竜王をテイムしたのはアルスノウェ史上初なんじゃね? おまえすごいな、玲夢」
「エヘヘ~、でしょでしょ! お姉、アタシ、センパイに褒められちった!」

 屈託なく笑う玲夢の格好も、やはり変わっていた。
 何というか、全体的にピンク。魔導士っぽくはあるんだが、アクセサリも多い。

 髪は少し伸びて、肩にかかる程度になっていた。
 背も幾分か高くなって、胸の膨らみも明らかに大きくなっている。

 そういえば、アルスノウェに行った時点でこいつは女子高生。
 一年もすれば成長して容姿にもはっきり変化が現れる時期、か。とはいえ、

「綺麗になったでしょ、アタシ?」

 そう言ってクルリと回る玲夢からは、確かな女性の色香が感じられた。
 マリッサに預けた頃は、可愛さがまず目立っていたが、一年でこうも変わるかね。

「何、大人びた玲夢を見て、ドキドキしちゃったのかしら?」

 いつの間にか俺の隣に立っていた音夢が、こっちを見上げてクスクス笑う。
 その笑顔を見た瞬間、俺の脳裏にミツの顔がよぎって、胸の奥が軽くザラついた。

「……ミツと会った」
「え?」

 音夢の顔から、笑みが消える。

「詳しくは、あとで話す」
「……うん」

 音夢は小さくうなずいて、顔を俯かせた。そこに、

「勇者様! お久しぶりです!」

 嬉しそうに声をあげてやってきたのは、河田英道だった。
 この人は服装以外はほとんど変わっていない。そして服装は、ギルド職員のもの。

「英道さん、おひさっす。やっぱり、あんたはギルド職員になりましたか」
「ええ、前に出るよりも後方で支えるのが性に合っているようでして」

 元々、俺もそっちを期待していた。
 見れば、英道の他にも、十人程度がギルド職員の制服を着ている。

「冒険者ギルド天館支部、任せていいっすよね?」
「はい。女神様より、勇者様のお考えは伺っております。自分共にお任せください」

 返ってくる答えは、初対面のときには考えられなかったほどの心強いもの。
 この人にならばしっかりと任せられる、と、心から思える返事だ。

「ところで、息子さんは?」

 アルスノウェに行くときに、英道にくっついていた息子の秀和がいない。

「ああ、秀和でしたら……」
「私はここです、勇者様。私も、父と共に帰ってきました!」

 と、やたら低くて野太い声。
 あれれと思って振り向いてみれば、そこにいたのは、嶽村よりいかつい大男。
 使い込まれた鎧をまとい、精悍な顔つきと傷だらけの全身からは、歴戦の風格。

「……どなたさんで?」
「私、いえ、僕です。アルスノウェで十一歳になりました、河田秀和です!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!?」

 目の前の大男を前に、俺は驚愕の叫びを響かせるのだった。
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