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14.終わりの始まり
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累とも蓮とも会うのを避け続けた。
輝美は2年生になった。
小学校のときリーダー的存在だった入進にゅうすすむの腰巾着をして一緒に輝美をいじめていた帆和維都と同じクラスになった。
帆和は輝美の父親に塾で数学を教えてもらっていた。
始業式の日に、輝美は帆和に話しかけられた。
「また一緒のクラスになったな。いつもお父さんには塾でお世話になってるよ」
目を合わせたくなくて、輝美は帆和の着ている制服の襟のあたりを見る。
「そうなんだ」
輝美は努めて微笑む。
「そういや、お父さんって昔高校の先生だったんだって?都内で一番レベルの高い公立高校で教えてたって言ってたよ」
「そうなんだ」
高校の先生だった、と聞いたことはあったが、詳しい話は聞いたことがなかった。
「なんで辞めたんですか?って聞いたら教えてくれたよ。体の弱い人と結婚したからだって」
輝美が昔父親の次朗に言われた言葉が蘇る。
「輝美、パパには優しくしてあげるんだよ。パパは輝美を産んだ後、体が悪くなってしまって、時々寝ていないといけなくなってしまったからね」
輝美はまだ幼稚園児だったので知る由もなかったが、発情期のことを言っていたのだった。
幸美は輝美を産んだために抑制剤が効かない体質になり、発情期には番である次朗のことを求め続けるようになった。
そのために、次朗は高校教師を辞めざるを得なくなった…
「なんか、大変だよな、お前の父さんも。あんなに優秀な人なのに…」
帆和は表向きは次朗に同情しながら、明らかに幸美と輝美を蔑んでいる。
輝美は悔しかったが、曖昧な笑みを浮かべるしかない。
次朗は大学時代の友人と塾を共同経営している。
次朗の教え方が上手いと評判になっていることもあって、人気のある塾だ。
帆和を始め、何人もの輝美の同級生が通っている。
もし、輝美のことで帆和が気分を害し、次朗や塾の評判を落とすような行為に出たら…
輝美たちはこの町にいられなくなるかもしれない。
だから、大事な「お客さん」を怒らせてはいけないのだ。
帆和はクラスの中心的存在となって、容赦なく輝美をいじめた。
「Ωに空気を乱されずに、他のクラスに負けないクラスを作る」という名目で、実際には何もしていない輝美に物理的、心理的、性的ないじめを行った。
特に輝美が憂鬱だったのは、昼休みに行われる「散歩」だった。
首輪に紐をつけて、犬のように四つ這いで学校中を散歩させられるのだった。
最初は制服で散歩させられていたが、汚れで家族にバレそうなので、体操服ですることになった。
どちらにしろ、異様な光景だと思う。
帆和が先導して、帆和の側近の刈留徹人が紐を持つ。
5、6人の生徒が周りを取り囲む。
「南ちゃん、もっと顔を上げて?」
帆和に言われて輝美は顔を上げる。
床が固くて膝が痛い。
ざらざらした床の砂や小石が手のひらに食い込む。
「この中学唯一のΩなんだから、堂々としてなよ」
紐を握る、刈留が笑いながら言う。
「ほら、向こうで1年の女子たちがこっち見てる」
廊下の隅で、ぶかぶか気味の制服を着た2、3人の女子がこっちを見ているのが見える。
戸惑いと同情が混じった表情に、輝美はいたたまれなくなる。
「ごめんね。びっくりさせちゃった?大丈夫だよ。この人も納得してやってることだから。な!」
「うん!」
帆和に言われて、輝美は無理やり明るい声を出す。
それは女子生徒たちのためというよりも、自分のため。
余計にみじめにならないため…
端っこにいた女子が泣きそうな顔で辺りを見回す。
「先生!先生!」
通りがかった教師を呼び止める。
他の女子は困ったような顔でその女子生徒の後ろを取り囲む。
「あー、『報告』ですか」
帆和が冷めた声で言う。
「こう言われるに決まってんのにな。『君は勘違いしてるんだ。あの2年生たちは遊んでいるだけで、いじめるとかいじめられるとかの関係じゃないんだよ』って」
刈留が輝美を咎めるように言う。
「お前が真面目過ぎるから、ノリが悪くてクラスの空気に馴染もうとしないから…年下の女まで泣かせてしまったね」
輝美はうなだれるが、すぐに刈留に首輪を引っ張られて無理やり顔を上げさせられる。
「もー、すぐ自分の世界に入っちゃうんだから、南ちゃんは。今まで俺らと話してただろ?」
笑い声が上から降ってくる。
四つ這いの輝美は何もかもが憎くなる…
放課後、泣きそうになっていた女子生徒が靴箱の隅で待ち伏せしていた。
輝美は周りから見えない物置の陰まで女子生徒を連れて行く。
「何か用?」
輝美は声に不機嫌が隠せない。
「今日はごめんなさい。私の勘違いで変な感じになってしまって…」
日本人形のような顔立ちの女子生徒は、目を伏せて言う。
「別に良いけど、もう俺達に関わらないでね。良いことないよ」
輝美は冷たく言って、女子生徒から立ち去ろうとする。
「あのっ、私…」
女子生徒は上ずった声で輝美の背中に声をかける。
輝美は振り返って早口で言う。
「中学入って初めてΩ見てびっくりしたでしょ?でも、これが俺の『普通』だから、気にしないでね」
朱色の唇をした少女は口をつぐむ。
輝美はそれを見ると、また前を向いて歩き出した。
輝美は2年生になった。
小学校のときリーダー的存在だった入進にゅうすすむの腰巾着をして一緒に輝美をいじめていた帆和維都と同じクラスになった。
帆和は輝美の父親に塾で数学を教えてもらっていた。
始業式の日に、輝美は帆和に話しかけられた。
「また一緒のクラスになったな。いつもお父さんには塾でお世話になってるよ」
目を合わせたくなくて、輝美は帆和の着ている制服の襟のあたりを見る。
「そうなんだ」
輝美は努めて微笑む。
「そういや、お父さんって昔高校の先生だったんだって?都内で一番レベルの高い公立高校で教えてたって言ってたよ」
「そうなんだ」
高校の先生だった、と聞いたことはあったが、詳しい話は聞いたことがなかった。
「なんで辞めたんですか?って聞いたら教えてくれたよ。体の弱い人と結婚したからだって」
輝美が昔父親の次朗に言われた言葉が蘇る。
「輝美、パパには優しくしてあげるんだよ。パパは輝美を産んだ後、体が悪くなってしまって、時々寝ていないといけなくなってしまったからね」
輝美はまだ幼稚園児だったので知る由もなかったが、発情期のことを言っていたのだった。
幸美は輝美を産んだために抑制剤が効かない体質になり、発情期には番である次朗のことを求め続けるようになった。
そのために、次朗は高校教師を辞めざるを得なくなった…
「なんか、大変だよな、お前の父さんも。あんなに優秀な人なのに…」
帆和は表向きは次朗に同情しながら、明らかに幸美と輝美を蔑んでいる。
輝美は悔しかったが、曖昧な笑みを浮かべるしかない。
次朗は大学時代の友人と塾を共同経営している。
次朗の教え方が上手いと評判になっていることもあって、人気のある塾だ。
帆和を始め、何人もの輝美の同級生が通っている。
もし、輝美のことで帆和が気分を害し、次朗や塾の評判を落とすような行為に出たら…
輝美たちはこの町にいられなくなるかもしれない。
だから、大事な「お客さん」を怒らせてはいけないのだ。
帆和はクラスの中心的存在となって、容赦なく輝美をいじめた。
「Ωに空気を乱されずに、他のクラスに負けないクラスを作る」という名目で、実際には何もしていない輝美に物理的、心理的、性的ないじめを行った。
特に輝美が憂鬱だったのは、昼休みに行われる「散歩」だった。
首輪に紐をつけて、犬のように四つ這いで学校中を散歩させられるのだった。
最初は制服で散歩させられていたが、汚れで家族にバレそうなので、体操服ですることになった。
どちらにしろ、異様な光景だと思う。
帆和が先導して、帆和の側近の刈留徹人が紐を持つ。
5、6人の生徒が周りを取り囲む。
「南ちゃん、もっと顔を上げて?」
帆和に言われて輝美は顔を上げる。
床が固くて膝が痛い。
ざらざらした床の砂や小石が手のひらに食い込む。
「この中学唯一のΩなんだから、堂々としてなよ」
紐を握る、刈留が笑いながら言う。
「ほら、向こうで1年の女子たちがこっち見てる」
廊下の隅で、ぶかぶか気味の制服を着た2、3人の女子がこっちを見ているのが見える。
戸惑いと同情が混じった表情に、輝美はいたたまれなくなる。
「ごめんね。びっくりさせちゃった?大丈夫だよ。この人も納得してやってることだから。な!」
「うん!」
帆和に言われて、輝美は無理やり明るい声を出す。
それは女子生徒たちのためというよりも、自分のため。
余計にみじめにならないため…
端っこにいた女子が泣きそうな顔で辺りを見回す。
「先生!先生!」
通りがかった教師を呼び止める。
他の女子は困ったような顔でその女子生徒の後ろを取り囲む。
「あー、『報告』ですか」
帆和が冷めた声で言う。
「こう言われるに決まってんのにな。『君は勘違いしてるんだ。あの2年生たちは遊んでいるだけで、いじめるとかいじめられるとかの関係じゃないんだよ』って」
刈留が輝美を咎めるように言う。
「お前が真面目過ぎるから、ノリが悪くてクラスの空気に馴染もうとしないから…年下の女まで泣かせてしまったね」
輝美はうなだれるが、すぐに刈留に首輪を引っ張られて無理やり顔を上げさせられる。
「もー、すぐ自分の世界に入っちゃうんだから、南ちゃんは。今まで俺らと話してただろ?」
笑い声が上から降ってくる。
四つ這いの輝美は何もかもが憎くなる…
放課後、泣きそうになっていた女子生徒が靴箱の隅で待ち伏せしていた。
輝美は周りから見えない物置の陰まで女子生徒を連れて行く。
「何か用?」
輝美は声に不機嫌が隠せない。
「今日はごめんなさい。私の勘違いで変な感じになってしまって…」
日本人形のような顔立ちの女子生徒は、目を伏せて言う。
「別に良いけど、もう俺達に関わらないでね。良いことないよ」
輝美は冷たく言って、女子生徒から立ち去ろうとする。
「あのっ、私…」
女子生徒は上ずった声で輝美の背中に声をかける。
輝美は振り返って早口で言う。
「中学入って初めてΩ見てびっくりしたでしょ?でも、これが俺の『普通』だから、気にしないでね」
朱色の唇をした少女は口をつぐむ。
輝美はそれを見ると、また前を向いて歩き出した。
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