壊れた番の直し方

おはぎのあんこ

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2.檻の外で始める生活

20.一線を越えて

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 朝が来て、カーテンの隙間から眩い光が差し込み、それが次第に穏やかなものになっていく……


 我に帰った響一郎は、灯に時間を聞く。
「今何時だろ?」

 灯はといえば、すっかり疲れ果ててしまい、ベッドにひっくり返っている。そんな灯に響一郎は跨がっている。
 不思議なことに、灯の体は疲れ果てていても、まだ自身は固さを保っている。それを良いことに、響一郎はさりげなく腰を使って気持ち良くなっている。
 繋がっているのだから、そんな企みは灯にはバレバレなのであるが……


「んー、10時……」
 転がっていたスマホを見て灯は言う。
「えぇ……もう8時間以上灯とヤってるのか……」
 響一郎は我に返ったように言い、灯との繋がりを解く。

「灯……」
 響一郎は倒れ込むように灯を抱きしめる。
 灯の鼻先は響一郎の胸に押しつけられる。昔よりは痩せているが、それでも厚い胸板は汗で湿っている。
 もう慣れて匂いは分からないが、それでも灯の心は愛しさで満ちる。

「今までずっと……発情期は辛いことしかなかった……自分の体がαの体を求めて、憎くてたまらない相手に媚びて、屈して……嫌なのに体は感じるから、自分が一番憎くて……でも、今回のは違った」
 響一郎の灯を抱く腕に力がこもる。
「灯に抱かれて……初めて発情期は悪くない、って思えたよ」

「でも、αの体に比べたらΩの体は劣るんじゃ……」
 灯は色羽のデカいブツを思い出しながら言う。

「馬鹿なこと言うな。灯とヤる方が何倍も良いよ」
 響一郎ははっきりと否定する。
「比べるのも失礼だけどな」

 灯はふふっと笑って言う。
「まぁ、予想はついていたけどな。だって、最後の方は響ちゃんから何度も求めてきたもん……さっきも上でこっそり腰振ってたし……」
「なっ……!」
 響一郎の顔が真っ赤に染まる。

「気持ちは分かるよ。俺も発情期のときはそんな感じだし……腰、振りたくなるよね? さっきやめなくたって良かったんだよ?」
「え……」
 響一郎の胸の鼓動が速くなるのを灯は鼻先で感じる。

「灯……」
 少しの沈黙の後、響一郎は声を潜めて聞く。
「また上に乗っても良いか? お尻が疼いて、苦しいんだ……」
 灯は明るく笑う。
「良いよ。俺は疲れて立ち上がれないけど、響ちゃんの好きなように動いてね」


 響一郎は頷いて、再び灯に跨った……

「んんっ……ん……んんっ……」
 まだまだ恥ずかしいのか、口を閉じるように努めながらも漏れてしまう響一郎の声。
 ゆっくりと腰を前後に揺すり、灯のモノで自分を慰める響一郎を、灯は満ち足りた気持ちで眺めた……



 1週間後、響一郎の発情期が終わった。

 響一郎自身は仕事を休んだが、灯は仕事の合間に対応したのでとても大変だった。
 しかし、2人の心理的距離はグッと縮まった。




 灯たちが居候しているのはアカシジュエリーのビルの上階のマンションであり、下の階には店舗や事務所がある。
 ビルの造りは、アカシジュエリーの客や従業員用とマンションの住人がすれ違うことのないようになっていた。
 マンションの他の住人に挨拶されることもあったが、灯はできるだけ目立たないようにしていた。


 ある日、灯が1階でエレベーターの階数ボタンを押し、扉が閉まるのを待っていると、1人の男が駆け込んできた。灯は慌てて開ボタンを押す。

「ありがとうございます!」
 よく通る高めの声が響く。
 ホワイトムスクの甘い香りがする。フェロモンではない。香水のようだ。


 横を見ると、爽やかな見た目の若者がいた。
 明るく染めた、短く刈り上げた髪。
 えくぼが目を引く、人懐っこそうな顔。
 小柄ながら引き締まった体にブルーのスリーピースのスーツがよく似合う。


 こんな人、いたんだ……。


 初めて会う住人に警戒はするが、いちいち興味を持つわけではない。
 でも、青いスーツ姿の男は一目見るだけで記憶に残るような、不思議なオーラのある人物だった。




 その日、灯は黄丸の仕事部屋をふらっと訪れた。
 相変わらず真っ白な部屋で、黄丸は自分の仕事用のイス、灯はソファに座る。

 何気ない会話の中で、灯は印象に残った青いスーツの男の話をする。
「さっき、エレベーターでめちゃくちゃに感じの良い人に話しかけられたよ。青いスリーピースのスーツ着た……」
 灯の言葉に黄丸はすぐに反応する。
「あぁ! 藤江海青ふじえかいせいくんか。あいつは中途でうちの営業部に入ってきた社員なんだ。まだ入って数ヶ月なのに社内でも噂になっている程のやり手だよ」

 灯は驚く。
「えっ? 社員もマンションに住めるの?」
「いや、藤江くんは特別だよ。俺の熱烈な『ファン』なんだ。熱い思いをぶつけられちゃってさ。『黄丸さんはβの若きカリスマです! 俺も少しでも見習って他のβを引っ張っていける人間になりたい』って言うんだよ。なんか嬉しくてさ。つい、言われるがままに同じマンションに住むことも許可しちまった」 
  黄丸は照れて頭を掻きながら言う。目尻が下がり、細い目がさらに細く糸のようになる。

「えー! 黄丸がβのカリスマぁ? あの藤江ってヤツの方がよっぽどそれっぽいけど……」
「確かにな」
 我に帰った黄丸は灯に賛同する。
「あいつ、新卒で大手商社に入って、1年で全国トップの成績を上げたらしい。飛び抜けて優秀で、見た目も中身も常人離れしている。なんで俺のとこに来たのかよく分からないよ」

「βには見えないよね……αのフェロモンは出てないからβなんだろうけど」
 灯の言葉に黄丸は頷く。
「ああ。うちの親はβかΩしか採らないからな」
「本当に、藤江くんというヤツはすごいんだな。そんなヤツに慕われてる黄丸もすごい。さすがβのカリスマだよ」 
 灯に持ち上げられて、黄丸は再び照れて頭を掻く。
「いやいや、俺も話すとき緊張しちゃうよ。藤江くん、キラキラしてんだもん」
「頑張れよ、天才デザイナー!」
 灯は黄丸を揶揄って笑った。

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