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3.辺見①

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 高校入学して1か月半ほど経った頃、僕は自分が「ぼっち」となったことを自覚した。
 中学までもずっとそうだったから、特にショックとかはなかった。


 同じ頃、僕は木津勇夢人くんという同じクラスの男が気になるようになった。

 木津くんは僕にないものを持っていた。
 一重瞼の素朴な顔なのに金髪にしていて、ピアスをしていた。
 目立つことが嫌な僕とは違い、目立つことが好きだった。


 喋ることも好きで、絶えず半笑いしているような独特の高い声で喋っていた。
 話している内容は面白くなく、みんなの話とは微妙にずれていた。
 それでも、人とろくに話もできない僕にとって、木津くんは憧れだった。


 木津くんはクラスでそれなりに目立つグループにいた。
 でも、明らかに他の3人と木津くんとの間には壁があったし、邪魔者扱いもされていた。
 3人は教室移動のときにわざと木津くんを置いて移動したり、「お前って本当キモいな」「お願い死んで」など冗談だか本気だか分からない暴言を吐いたりしていた。
 木津くんは置いていかれても付いていくし、暴言を吐かれてもヘラヘラ笑っていた。
 僕は木津くんのそういう所もすごいと思っていた。
 

 木津くんは自分の立場に全く気づいていない訳ではなさそうだった。
 3人に冷たくされた後、困ったように目を泳がせることがあるから……
 その後、すぐにいつものヘラヘラした顔に戻る。


 僕は木津くんのことをずっと見ていたかったし、どんな木津くんも好きだった。


(木津くんと友達になれたらどんなに良いだろう……)


 いつのまにか僕はそんなことを思うようになった。


(友達になれば、木津くんと僕は特別な関係になれるのに……)


 しかし、僕は友達ができたことがない、誰かと特別な関係になれたことがない人間だ。
 木津くん自身も僕と友達になる気はなさそうだった。
 木津くんはグループから浮き気味だったから、ぼっちである僕を見て安心しているみたいだったが、それだけだった。



 2学期になってすぐ、木津くんは新しい靴で登校してきた。
 それは蛍光色の真っ赤なスニーカーで、すごく目立った。
 物自体は良く、センスが良い人が履いたらすごく格好良いんだろうが、残念ながら木津くんはそうではなかった。
 悪いほうに目立つだけだったから、そのスニーカーについて何か言う人は皆無だった。
 木津くん自身はそのスニーカーを気に入っているようで、明らかに誰かに褒めて欲しそうだった。


 これはチャンスだ、と僕は思った。


 登校する時間を調節して、木津くんと同じタイミングで靴箱のところに行くようにした。

 木津くんは僕をちらっと見るだけで、僕に背を向ける。木津くんは僕より頭一つ分背が小さい。金髪の髪を刈り上げている。頭の後ろの形は少し平らだ。

 木津くんが上履きに履き替える前に、言うべきことを言う。
「木津くん、その赤いスニーカー良いね。格好良いし、似合っているよ」

 僕はきっとすごく挙動不審だっただろう。
 顔は熱く、体はガクガクして、声も震えていた。
 

 木津くんは初めて僕を真っ直ぐに見た。
 細い眼は見開かれて、キラキラ輝いていた。

 木津くんが僕の言葉に喜んでくれたことは明らかで、僕はすごく嬉しくなった。


 僕はお世辞を言ったわけではない。
 見た目的なことを言えば、そのスニーカーは似合っているとは言い難い。
 でも、センスがなくても目立とうとする精神の象徴として、そのスニーカーは木津くんに本当によく似合っていた。
 僕はそんな木津くんが好きだから、その言葉は本心から出た言葉だった。




 木津くんから思いがけない返事があった。
「俺のおばあちゃん、脚を悪くして家事ができないんだ。お前、手伝えよ」
 僕から目を反らして、つまらなさそうに、吐き捨てるように木津くんは言った。

 なんで木津くんがそんなことを言うのかよく分からなかったが、僕は嬉しかった。
 どんな形であれ、木津くんが僕と関係を持とうとしてくれている、ということが嬉しかったのだ。



 僕は木津くんのおばあちゃん家に通うようになった。

 おばあちゃんは僕にお手伝いをして貰うことに戸惑っているようだった。
「なんで勇夢人は急に憂くんに手伝わせるようになったんかねぇ……憂くん、いつでも辞めてくれて良いからね。お小遣いはたくさん貰ってちょうだいね」

 おばあちゃんは木津くんの目を盗んで、僕だけにそんなことを言った。
 木津くんは僕と一緒にお手伝いしているように取り繕っていたが、おばあちゃんは木津くんが僕に全てを押し付けて何もしていないことをお見通しだった。
 しかし、なぜかおばあちゃんは木津くん経由でお小遣いを渡すので、僕は1円も貰うことはなかった。


 僕が貰えるのは、仕事がひと段落した後、木津くんが入れる1杯のお茶だけだった。
 お茶の味にはムラがあり、咽せるほど濃い日もあれば、白湯みたいに薄い日もあった。

 僕は木津くんと2人きりでお茶を飲む時間が好きだった。
 なんだかとても友達みたいだと思った。


 でも、僕たちは友達らしい会話をすることはなかった。

「辺見、明日は2階の掃除をしろ」

「もうちょっと早く掃除機かけられないの?」

「辺見の作る料理、ガッツリし過ぎだ。おばあちゃんの胃がビックリしちゃうだろ」

「まぁ良いや。それよりさ、新しいスマホカバー買ったんだ。良いだろ? ネットでオーダーして作ってもらったんだ……」

 木津くんが一方的に喋り、僕はうんうん頷くだけだった。


 木津くんが悪いわけではない。
 僕から何か話題を出したり、木津くんの話を膨らませたりすれば良かったのに、それをしなかったのが悪い。

 何を話したら良いか分からないし、話そうと思ったこともこんなこと言って大丈夫かな? 変かな? と悩んでいるうちに頭の中から消えて行ってしまう……
 僕はそんな自分が大嫌いだった。


 時間が来れば「じゃあ、明日も同じ時間に改札ね。片付けよろしく」と言って、木津くんは先に帰ってしまう。


(こんな僕では木津くんと友達になんかなれない。ただの木津くんの奴隷だ)

(どうしたらこの状況を改善できるのだろうか……?)


 僕はそんなことを考えるようになった。


 ある日の放課後もそのことを考えていたら、帰るのを忘れてしまった。
 気づいたときには、数人の男子生徒以外全員教室から出て行ってしまっていた。
 よく見ると、木津くんといつも一緒にいる3人だった。


 何やら楽しそうに話をしているので、そのまま僕は耳を傾けることにした。
 聞いているうちに、3人は楽しいだけの話をしているわけではないことが分かった。

「エミの話聞いて、もっとイカツい男だと思っていたけど、ただのデブだったな」
「俺らに掘られて泣いている姿、最高に情けなかったなぁ」

 3人はある男を無理やり犯したらしい。
 それはエミという女の報復レイプだったようだ。
 残酷な話がスカッとした笑い話になっている。

 僕はスカッとするどころではなく、心臓が弾けそうにドクドクする。
 こんなところに居合わせた僕はなんて不運なんだ、と自分を呪う。


(みんな僕がいることを知らないんだろうなぁ……見つかったらどうしよう?)


 僕の席は窓際の後ろだったし、3人は廊下側だったから、逃げ出すこともできない。
 すぐに、3人は僕を見つけた。

「おいおい」
 葉名くんが大きな声を出して僕を指さす。
「辺見くん、いたのかよー」
 美々くんは笑って声を掛けてくる。
「相変わらず空気だなぁ」
 能登くんも茶化してくる。

 僕は固まって何も言えない。立ち上がることもできない。
 そんな僕の様子に3人も困ってしまう。


 少しの沈黙の後、美々くんが聞かなければいけないことを聞くような調子で言う。
「俺らの話聞いていたんだろ?」

 僕は肯定も否定することもできない。それは肯定しているのと同じである。

「まあまあ、そんな怖がらないでよ。俺ら悪いことしていないヤツには何もしないよ」
 能登くんは明るく声を掛ける。

 3人は僕のことを人畜無害な人間であると認識してくれているらしかった。それ以上の評価はないんだろうが、それだけでもありがたかった。

「汚い話を聞かせてしまったな。お詫びと言っては何だけど、辺見くんも成敗したい人がいたらいつでも言って」
 葉名くんは僕を安心させるような笑顔でそう言ってくれた。


 そのとき、僕の中である考えが浮かんだ。


(これは、チャンスかもしれない……)


「いる」
 僕は葉名くんに即答した。

「僕、木津くんに無理やり働かされているんだ……」
 僕の頭はフル回転する。

 涙が僕の目からポロリと零れた。
 
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