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第八章
愛しいが故に
しおりを挟む「私を、レイゼン様の本当の花嫁にしていただけませんか?」
そう告げると、真っ直ぐ彼の瞳を見あげるあ。
彼は、悠久のときを一人生きていくことが辛いと言っていた。
それならば私が彼の花嫁となることで、彼を孤独を少しでも和らげることができるのではないか。
「私の存在がレイゼン様の慰めになるのであれば、これほど嬉しいことはありません」
それは紛れもない本心だった。
最初はセジュンさんに言われて、ヨナ姫が逃げる時間を稼ぐために身代わりとなった。
レイゼン様との取引で期間限定の花嫁となり、言葉を交わし相手を知っていくうちに、彼に惹かれている自分に気づいた。
そんな彼が過去に私の命を救ってくれた恩人だと知って、どうしても彼の役に立ちたくなった。
側にいることで少しでも彼の役に立てるのならば、私は喜んで彼の花嫁を引き受けたい。
『ありがとう、ハルカ』
その返答に、喜びが込み上げてくる。
「それでは――」
『しかし、私はそなたを花嫁とするつもりはない』
予想外の返事に目を丸くすれば、黒龍はゆっくりと頭を垂れた。
『以前も話したが、私は神龍族としてこの先も気が遠くなるほどの生が待ち受けている。私は、この孤独を誰かに押し付けようとは思えないのだ』
小さく首を振った彼は、その瞳を細める。
『私は、そなたのことを愛しいと思うておる』
その声は、静かな湖面に波紋を広げる。
『生きることに懸命なそなたは眩しく、くるくると表情を変えるさまもひどく愛らしい。共に過ごしたこの数日間は、ただただ楽しい毎日だった』
まるで過去を懐かしむようなその言葉に、胸の奥が軋んだ。
たった数日間を共に過ごしただけのはずなのに、彼と交わした言葉が、向けられた優しい眼差しが、走馬灯のように頭の中を駆け巡っていく。
『そなたに辛い思いをさせたくはない。愛しい者にこそ、同じ苦しみを与えたくないのだ』
静かにそう告げた彼は、ゆっくりとその瞼を下ろした。
『私は十分な幸せをもらった。私にとってそなたが幸福であることが、何よりの喜びだ』
私の幸せを祈ると言いながらも、突き放すようなその言葉に唇を噛む。
彼の言葉は、自分の側に私の居場所はないのだと明確に告げている。
明らかな拒絶を前に、胸元を握りしめたまま立っているのがやっとだった。
そんな私を見かねたのか、彼はゆっくりとその巨体を動かす。
『少々話しすぎたな。次の訪問は明日にするとしよう』
翅を動かせば、緩やかな風が周囲に巻き起こった。
『明後日、月が満ちれば、そなたを元の世界に帰す』
はっきりと告げられた期日に目を見開く。
元々期限付きだったとはいえ、突然明後日と言われると、目の前に現実を突き付けられた心地になった。
『我が国では、夫が七日間花嫁のもとに通うことで正式に婚姻が認められることは知っているか?』
「……以前クランさん達から話を伺いました」
『それでは最後に、愛しいそなたの花嫁姿を拝むとしよう』
そう口にした彼は、その翅を大きく揺らす。
『明後日を楽しみにしている』
その声と同時に、黒龍は上空へと舞い上がっていく。
ぐんぐんと昇っていくその姿を、私は呆然と見送ることしかできなかった。
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