13 / 14
第四話 朝
03
しおりを挟む
アランは、自分がこのクリーチャーを愛らしく思うのはクリーチャーの振る舞い故なのだろうかと考える。この媚びるような振る舞いが愛らしいと感じているのだろうか、とアランは問う。そうかもしれないとアランは自分に答える。そうして悲しい思いになった。
--この街で他者に媚びることを強いられている自分が、自分に媚びるこのクリーチャーを愛らしく思うのは、なんと皮肉なことだろう。
アランはそこまで考えてから、エラの触手にもたれた。柔らかく温かい触手はアランの体を受け止めて、やさしく撫でる。その手つきにアランは自分の頬が自然とゆるむのがわかった。
「気持ちいい、もっと触ってください」
「……アランは、エラを幸せにする」
「え?」
「今も『ワーッ』ってなった」
エラは恐ろしい声で笑いながら、アランの体をやさしく撫でる。アランもつられて笑った(アランは結局疲れていたのだ)。
「エラ、あなたはどこから来たんですか?」
「下」
「下水道でしょうか。昨日の嵐でこちらに避難してきたんですね……でしたら、地下に大切なものを忘れてきていませんか?」
「みんな、食べた」
「……そうですか」
数か月前、下水道の作業中に行方不明になった労働者のニュースがあったことをアランは思い出した。そのニュースが結局どんな結末だったのか、アランには思い出せなかった。とはいえ賢いアランは目の前のクリーチャーとそのニュースには相関があることはわかっていた。わかった上で、アランはクリーチャーをエラと呼び、そのおぞましい体を撫でる。
アランはマンハッタンが嫌いだった。
だからマンハッタンに住む人間がみんな嫌いだった。
「食べてしまえばなにも失くしませんからね」
だからアランは、自分のことだって好きではなかった。このクリーチャーが自分を食べるというのであれば、それはそれで構わないとさえ思っていた。
アランはやはり疲れていて、そうしてその魂は体の疲れよりもずっと傷ついていたのである。
そうして二人がネチャネチャグチャグチャと戯れていたら、またアランの携帯が音を立てた。とはいえ今度は電話ではなくメールだったらしく、ただ一度ピコンとなっただけだ。
「食べる?」
「いいえ、問題ありません。少し確認しますね……ア、ユウだ」
「あなた?」
「ああ、いいえ、違います。ユウ、という名前の男なんですよ。珍しい……一年ぶりの連絡ですね」
アランは目を細めて携帯の画面をスクロールし、エラはそれを見ていた。
エラにとってはその携帯は、死に際の人間が必死につかむ道具だ。それがなにに使われるものかわからないエラは無数の複眼でそれを眺めた。その画面には『英語』と『日本語』が入り混じった文章が記載されている。エラは文字はわからなかったため、グチャグチャと触手を動かしながらそれをただ眺めていた。
「ユウがマンハッタンに来ているのか……」
アランは小さな声でつぶやいた。それを聞いたエラは「食べる?」と尋ねた。その質問にアランはクスクス笑った。
「いいえ、ユウは、……ユウは俺にとっては唯一食べてほしくない相手です」
アランは遠くに住んでいる友人に思いを馳せて、少しだけ微笑んだ。
--この街で他者に媚びることを強いられている自分が、自分に媚びるこのクリーチャーを愛らしく思うのは、なんと皮肉なことだろう。
アランはそこまで考えてから、エラの触手にもたれた。柔らかく温かい触手はアランの体を受け止めて、やさしく撫でる。その手つきにアランは自分の頬が自然とゆるむのがわかった。
「気持ちいい、もっと触ってください」
「……アランは、エラを幸せにする」
「え?」
「今も『ワーッ』ってなった」
エラは恐ろしい声で笑いながら、アランの体をやさしく撫でる。アランもつられて笑った(アランは結局疲れていたのだ)。
「エラ、あなたはどこから来たんですか?」
「下」
「下水道でしょうか。昨日の嵐でこちらに避難してきたんですね……でしたら、地下に大切なものを忘れてきていませんか?」
「みんな、食べた」
「……そうですか」
数か月前、下水道の作業中に行方不明になった労働者のニュースがあったことをアランは思い出した。そのニュースが結局どんな結末だったのか、アランには思い出せなかった。とはいえ賢いアランは目の前のクリーチャーとそのニュースには相関があることはわかっていた。わかった上で、アランはクリーチャーをエラと呼び、そのおぞましい体を撫でる。
アランはマンハッタンが嫌いだった。
だからマンハッタンに住む人間がみんな嫌いだった。
「食べてしまえばなにも失くしませんからね」
だからアランは、自分のことだって好きではなかった。このクリーチャーが自分を食べるというのであれば、それはそれで構わないとさえ思っていた。
アランはやはり疲れていて、そうしてその魂は体の疲れよりもずっと傷ついていたのである。
そうして二人がネチャネチャグチャグチャと戯れていたら、またアランの携帯が音を立てた。とはいえ今度は電話ではなくメールだったらしく、ただ一度ピコンとなっただけだ。
「食べる?」
「いいえ、問題ありません。少し確認しますね……ア、ユウだ」
「あなた?」
「ああ、いいえ、違います。ユウ、という名前の男なんですよ。珍しい……一年ぶりの連絡ですね」
アランは目を細めて携帯の画面をスクロールし、エラはそれを見ていた。
エラにとってはその携帯は、死に際の人間が必死につかむ道具だ。それがなにに使われるものかわからないエラは無数の複眼でそれを眺めた。その画面には『英語』と『日本語』が入り混じった文章が記載されている。エラは文字はわからなかったため、グチャグチャと触手を動かしながらそれをただ眺めていた。
「ユウがマンハッタンに来ているのか……」
アランは小さな声でつぶやいた。それを聞いたエラは「食べる?」と尋ねた。その質問にアランはクスクス笑った。
「いいえ、ユウは、……ユウは俺にとっては唯一食べてほしくない相手です」
アランは遠くに住んでいる友人に思いを馳せて、少しだけ微笑んだ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる