マイ・ラブリー・プリンセス

木村

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第四話 朝

03

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 アランは、自分がこのクリーチャーを愛らしく思うのはクリーチャーの振る舞い故なのだろうかと考える。この媚びるような振る舞いが愛らしいと感じているのだろうか、とアランは問う。そうかもしれないとアランは自分に答える。そうして悲しい思いになった。

 --この街で他者に媚びることを強いられている自分が、自分に媚びるこのクリーチャーを愛らしく思うのは、なんと皮肉なことだろう。

 アランはそこまで考えてから、エラの触手にもたれた。柔らかく温かい触手はアランの体を受け止めて、やさしく撫でる。その手つきにアランは自分の頬が自然とゆるむのがわかった。

「気持ちいい、もっと触ってください」
「……アランは、エラを幸せにする」
「え?」
「今も『ワーッ』ってなった」

 エラは恐ろしい声で笑いながら、アランの体をやさしく撫でる。アランもつられて笑った(アランは結局疲れていたのだ)。

「エラ、あなたはどこから来たんですか?」
「下」
「下水道でしょうか。昨日の嵐でこちらに避難してきたんですね……でしたら、地下に大切なものを忘れてきていませんか?」
「みんな、食べた」
「……そうですか」

 数か月前、下水道の作業中に行方不明になった労働者のニュースがあったことをアランは思い出した。そのニュースが結局どんな結末だったのか、アランには思い出せなかった。とはいえ賢いアランは目の前のクリーチャーとそのニュースには相関があることはわかっていた。わかった上で、アランはクリーチャーをエラと呼び、そのおぞましい体を撫でる。

 アランはマンハッタンが嫌いだった。

 だからマンハッタンに住む人間がみんな嫌いだった。

「食べてしまえばなにも失くしませんからね」

 だからアランは、自分のことだって好きではなかった。このクリーチャーが自分を食べるというのであれば、それはそれで構わないとさえ思っていた。

 アランはやはり疲れていて、そうしてその魂は体の疲れよりもずっと傷ついていたのである。

 そうして二人がネチャネチャグチャグチャと戯れていたら、またアランの携帯が音を立てた。とはいえ今度は電話ではなくメールだったらしく、ただ一度ピコンとなっただけだ。

「食べる?」
「いいえ、問題ありません。少し確認しますね……ア、ユウだ」
あなたYOU?」
「ああ、いいえ、違います。ユウ、という名前の男なんですよ。珍しい……一年ぶりの連絡ですね」

 アランは目を細めて携帯の画面をスクロールし、エラはそれを見ていた。

 エラにとってはその携帯は、死に際の人間が必死につかむ道具だ。それがなにに使われるものかわからないエラは無数の複眼でそれを眺めた。その画面には『英語』と『日本語』が入り混じった文章が記載されている。エラは文字はわからなかったため、グチャグチャと触手を動かしながらそれをただ眺めていた。

「ユウがマンハッタンに来ているのか……」

 アランは小さな声でつぶやいた。それを聞いたエラは「食べる?」と尋ねた。その質問にアランはクスクス笑った。

「いいえ、ユウは、……ユウは俺にとっては唯一食べてほしくない相手です」

 アランは遠くに住んでいる友人に思いを馳せて、少しだけ微笑んだ。
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