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ラスボス教祖様に『囲』われてます

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「……香織、私にどうしてほしい?」

 彼は優しく微笑んで、私――白石しらいし香織かおりに聞いてくれる。でも、彼がそう言うとき、私はいつも『つんでいる』。だから、つまり、今、私は『つんでいる』。
 冷や汗が額から落ち、体が震え、リン、と鈴の音が鳴る。彼のつけられたチョーカーについた、鈴が鳴る。その鈴の音が、私の体の奥を震わせる。

「ねえ……どうしてほしい?」

 プラチナブロンドの絹糸のように美しい彼の髪が、さらさらと窓から入ってくる風に揺れた。夕暮れの光を浴びて、彼のラインは温かなオレンジ色に染まっている。彼の纏う司祭服は白を基調として金糸で装飾され、彼の肉体を禁欲的に飾る。しかし、彼の紫色の瞳にはたしかに欲情の色がある。
 一枚の宗教画のように美しい。これが『挿絵』とか『スチル』とかなら、めちゃくちゃに嬉しいだろう。でも、これは現実の光景だ。しかも、背景は『私の寝室』だ。
 つまりこれは、『ロマファン小説ラスボス教祖様が自分の家にいる』、ということである。

(いやいや、冷静に考えてキャラビジュアル最高でも無理でしょ! 帰ってくれー!)

 彼の眉間に皺がより、彼の手に青筋が浮く。

「……今、また、私に帰ってほしいと思いましたね?」

 声のトーンが低くなった。

「びっ! あっ、えと、その……」
「この期に及んで何が不安なんです? 戸籍も、仕事も、資産も、全て揃いましたよ?」

 そこが怖いんじゃー! と叫びたかったが、その前に彼が私の腕を引き、ベッドに押し倒されてしまった。夕日を背負う彼は、この現実にいてはいけないぐらい、美しい。

「……私から、もう、逃げられないことが不安なのかな?」

 美しすぎる『ラスボス教祖様』が私を見下ろす。彼は教祖らしからぬ、ひどく歪んだ笑みを浮かべていた。



 『黒の約束と白の誓い』。
 WEBで連載されていたロマンスファンタジー小説で、この間書籍版でも完結した長編作品。一応ジャンルとしては女性向けのロマファンではあるのだけど、ぶっちゃけ中身は戦争ものだ。様々なイケメンが出てくるのだけど、貧困がひどく人権がない世界なので気軽に戦争が起き、気がついたら重要キャラすら死んでることがある超ウルトラハード世界。様々な組織の様々な思惑が交錯していて、めちゃくちゃ読みにくい、上級者向けのロマファンだ。正直、私はヒーローのツンデレキャラと、ラスボスのキャラビジュアルが良いからなんとか一読できたぐらいだ。
 でも、嫌いな作品ではない。……いや、『なかった』。『実際に』、この目で見るまでは。
 実は、私は二ヶ月ほど、この『黒の約束と白の誓い』の世界のモブ『ジェニーズ』という女性の体に憑依していたのだ。いわゆる、異世界転移というやつ。
 自分の身にまさかこんな事が起こるなんて思ってないし、しかも『このウルトラハード小説』に入るなんて思ってなかったから、ぶっちゃけ小説の内容なんてほぼ覚えてなかった。つまり原作知識で無双なんて絶対無理! むしろ生き残ることすらハード!
 そこで私は、戦争に巻き込まれないためにラスボスがいる教団に入信した。教団はラスボス戦で破壊されるけど、それまでは戦争にはノータッチだったためだ。

(だからラスボス戦まではモブ信徒としてやっていこうと……したんだけど……)

 しかし、そこで、私は『ラスボス教祖様』ことドレイブン・ロック・ムーンに目をつけられた。
 初対面でジェニーズの処女奪われたと思ったら、次の日から難癖つけられて『教育』の連続。最高のキャラビジュアルを持つ彼は、同時にとんでもない性嗜好を持っていたってわけ。そこから二ヶ月は『教育』と称されて、『調教』の連続……の末に、私はどういうことか、ジェニーズの体ではなく、またこの現実の『白石香織』の体で目を覚ました。
 それで、二ヶ月調教される夢を見ただけだった……と、夢オチエンドだったらMぎみの私には最高だったんだけど……。

「ジェニーズ、おはよう」

 そこにはラスボス教祖様もついていた、という、『落ち』。
 もちろん、私は動揺の限りを尽くした。

「困る困る困る困る困る……っ!」
「何が困りますか、ジェニーズ。教えてください」
「だ、だだだだって、私、単なるOLだもん! こんな、戸籍だって用意できないしっ!? いきなり来られてもお金に余裕もないし! 部屋の空きだってないもん!」
「……おーえる、戸籍、お金、部屋……なるほど……」

 動揺しすぎて腰も抜けた私を、彼は抱き上げて、ベッドに押し倒した。彼は怯える私の額に自分の額を押し当てる。彼の長い髪が私を覆い尽くし、彼の香水の香りがこれを現実と私に伝えていた。

「OL、とはどういうものですか? ……なるほど、雇われ仕事……。では戸籍は……、……国が国民の管理を行えているのか、戦争がないとそういう制度が実行できるのか……、金……、資本主義か……部屋、資産、……なるほど、大体わかりました」
「なにが!? なにをしてます!?」
「心配しないで、ジェニーズ……いや、……」

 今思えば、私はこの時すでに『つんでいた』。

「香織」
「……えっ、なんで、名前……んっ」

 彼はニコリと笑うと、私にキスをした。
 ジェニーズのときには何度もされたけど、彼はこの私に当たり前みたいにキスをした。そのキスで、『本当に彼がここに居る』、『私に触れられる存在として、実存している』と理解してしまった。

「待って、ん、ふっ……あ、あの、……つっ、ん、んん……」

 何度も唇に触れて、すぐ離れる、バードキス。でも、言葉を話す余裕は奪われ、息も上がってしまう。

(ジェニーズのときも思ったけど、なんでこの人っ、教祖なのにうまいの……!?)

 彼はキスをしながら、指先で、私のチョーカーについた鈴を鳴らす。

(あ……この音……)

 鈴の音に無意識に腿を擦り寄せてしまう。だって、この鈴の音は『教育』が始まる合図だったから。

(やばい……このままだと……『また』……)

 ちゅ、と軽い音を立てて、彼の唇が離れる。

「この体を抱くのは初めてだから……もう一度、最初から『教育』しなくてはいけませんね」

 全身の血が冷え切る。

「やっ……!」
「大丈夫ですよ、何の心配もいらない。貴女は私に、『素直』に、委ねなさい」

 彼を突き飛ばして逃げようとした私だったけど、突き飛ばそうとした両手の手首を一纏めに頭上にかかげられ、唇を奪われた。今度は、触れて離れるような優しいものじゃない。

「あっ、んぁっ、……ふっ、ぐ、あ、……ぷぁ……っ」

 奪う、という表現が一番合う。理性とか、思考とか、そういう、私を人間たらしめているものを食い尽くされるのだ。そして、残った魂までも奪いつくされる、そんな、キス。
 舌は喉の奥まで入り込み、空気と水が混ざり合ういやらしい音につつまれる。耳介を優しく愛撫されると、外からも内からも気持ちいい音に包まれ、腕は抵抗する力を失ってしまう。その間にも舌は彼の味を覚えさせられ、びりびりとしびれる気持ちよさに顎は力を失う。気付けば私の両脚はカエルのように広げられていて、彼の体が私を押しつぶし、服越しに彼の筋肉を感じる。彼のその重さに、体は勝手に喜んでしまう。ずるずると腰を揺らされると、服越しの雑な刺激なのに、愛液が染み出すのが自分でわかる。

(やば……こんなキス……セックスの前のキス、なんて、……この体、すごい久しぶりだし……)

 じゅる、と舌を吸われ、背骨が溶けるような錯覚。

「ふ、う……んんっ、……は、ぁ……」

 彼の舌を抜かれたときには、私は口を閉じることさえできなくなっていた。みっともなく涎を垂らしながら彼を見上げる。私の身体はもう汗だくで、服の中で乳首もクリトリスも勃起し、膣の中はジュクジュク疼いてしまっていた。
 そんなはしたない私を、彼は凪いだ瞳に見下ろす。

「……貴女はジェニーズよりも男に慣れている体をしているね、香織」
「あ、……それ、は……ご、めんなさい……」

 彼は虚を衝かれたのか目を丸くした後、優しくクスクス笑った。

「なぜ謝るの? 不安に思うことはない。私が、そのままの貴女を……とても愛しく思っている」

 彼の低く甘い声が鼓膜を揺さぶる。じゅ、と愛液が下着を濡らすのがわかった。彼が顔を寄せ、ちゅう、と耳介を吸ってくるだけで、腰が溶けてしまう。

「ひ、あっ」
「貴女の耳、これまで貴女が聞いてきたすべてを知っている耳、ふふ、可愛い、……この骨も、とても愛らしい」
「ぎぁっ!」

 かぷ、と骨を噛まれ、獣みたいな声を上げてしまう。でも、彼は私の喘ぎ声などで止まってくれない。

「待ってぇ、ふぁっ……!」
「貴女の舌、これまで貴女が話してきたことをすべて知っている、この舌、……いやらしいことが好きな舌だ、愛らしいよ」
「ぎゅ、あっ……」

 人差し指と中指を口の中に挿し込まれ、舌をしごきあげられる。気持ち良すぎて、背が反ってしまう。そんな愛撫をするくせに、まるで幼児に寝物語でもするように、優しい彼の声。

「もっと、よく見せなさい」

 直接脳に注ぎ込まれる彼の、命令。

「ふ、う……うぅ……」

 恥ずかしくてたまらないのに彼に導かれ、服を脱いでしまう。汗に湿った私の服を、彼が優しく袖を抜き、裾を抜き、ベッドから落としていく。下着まで脱がされたとき、スッ、と一瞬熱が冷めたような気がした。
 両腕で自分の体を抱いて、頼りなく裸を隠す。

「香織、隠さないで」
「でも……」
「見せなさい」
「あっ……」

 彼に導かれ、両手でシーツを握る。

(見られてる……)

 宝石のように美しい彼の紫の瞳が、私の裸を見ている。その視線がどこにあるのか、肌がそわついて、わかってしまう。恥ずかしくて、恥ずかしくて、仕方ないはずなのに、息が上がる。

(どうしよう……)

 膝をすり合わせていると、ひや、と冷たい彼の手が腹に触れた。

「……いい子だね」

 彼は優しく、爪の背で私の肌の表面を撫でていく。首、鎖骨、腕、足、腹、胸、するする、するすると、彼が私に触れる。それだけなのに、私の息は上がり、体の奥から熱くなってしまう。

「香織、どうしてほしい?」
「……え?」
「私に、どうして、ほしいの……?」
 
 彼の笑み、彼の指、彼の声、彼の……すべてが毒だ。一度飲んだら二度と手放せなくなる、そんな、甘い毒。くらくらして、もう、たまらない。唾を飲み込んで、口を開く。

「も、……と、触って、ください……」
「触る? ふふ……」
「あぁっ……!」

 ぎゅうと乳房を掴まれ、痛みはあるのに、のけぞって喜んでしまう。乳首を引っかかれただけで、ぷしゅ、と潮をもらす私の体を彼は愛おしそうに眺めた。

「香織、嘘は良くない」

 彼が自身の司祭服に手をかけた。

「嘘なんか……」
「また『素直さ』を忘れているね?」

 その白の服の下から現れる彼の筋肉に唾がこみ上げた。ごきゅ、と私が生唾を飲む音が、喉で揺れる鈴の音が、大きく響く。彼はそんな私を面白がるように目を細めながら、すべての服を脱ぎ捨ててしまった。

「触るなんかじゃ足りないでしょう? 香織、……私の香織、もっと、『素直』に……」
「あ、だめ、そんな……」

 彼の白い肌、盛り上がった筋肉、そして赤黒くグロテスクに勃ちあがるその性器。彼の肌から匂い立つ色気、香しい汗、何もかも夢の中の通り。夢で『教育』された通り、『目の前』に、この『現実』に、彼がいる。

「言いなさい」

 『ジェニーズ』、と鼓膜に注ぎ込まれる、毒。

「……む、りやり、……犯してください」

 いい子だね、と彼が笑う。
 とても優しい笑みだ。つい警戒を解いてしまう笑み。
 でも、その瞬間に――彼は慣らしもしていない私の膣に、長く太い陰茎を押し込んでいた。

「イッ………いアッああっ!」

 彼の亀頭が膣壁をえぐり、入口はギリギリまで引き伸ばされる。ひどいと思うのに、痛みは感じなかった。衝撃はあったけれど、私の身体は彼の暴挙を受け止められるぐらい、もう『焦らされていた』のだ。
 それに、自分でもわかる。

「いい子だね、香織。貴女の膣は私を奥へ奥へと連れ込もうとしてる」

 そう、私の体は、彼の暴挙を『悦んでいる』。

(うそ、こんな、うそ……っ!)

 彼は一番太いところが入ったところで腰を止め、焦らすように浅く揺らす。それだけで、気持ちいいところがえぐられ、現実じゃ感じたことないほど、気持ちいい。

「あっ、あぁっ! ひ、どいぃ、いきなりぃ、あん!」
「ひどい? 貴女の願い通りだろう?」
「あっ、あんっ! そんにゃ、こと、ない、もんっんんっ……言わされた、だけぇ!」
「ふふ、……そう? ちゃんとひどくされたいのか」
「ちがっ……ひぃいいっ!」
 
 不穏な言葉と同時に彼の手がクリトリスを押しつぶした。とんでもない衝撃に、咄嗟に彼の胸を殴る。でも彼はぐりぐりと私の、最も敏感な部位を押しつぶし続ける。

「だめぇっ! 強すぎるっからぁ! いやぁ!」
「大丈夫ですよ、香織。私の香織。逃げないで、私が手綱を握っています」
「ああっ、やだやだっんんっ……んぁああっ!」
「受け入れて、私を、もっと、……奥まで」
「ダメッ動かないでえっ! あっあー!」

 潮を吹いて泣き喚く私の中に、彼がさらに入り込む。獣みたいに騒ぐ私を彼の体が押しつぶすから抵抗はできない。ビンビンに勃ったクリトリスをしごかれ、乳首を強く引っ張られる。痛い、ひどい、苦しい、こんなのありえない、理性はそう言うのに、私の体は潮で彼を汚し、膣はさらなる刺激を求めて蠢いてしまう。

(だめ、だめ、だめ……っ!)

 彼は私の葛藤など無視して、隘路を開拓していく。その気持ちよさにのけぞることしかできない。いや、やだ、まって、そんな言葉は、彼には届かない。

「ほら、受け入れなさい。気持ちいいでしょう?」

 クリトリスをくすぐられ、子宮口まで責め立てられ、乳房を握られ、痛くて、苦しくて、なのに、ギリギリのところで『気持ちいい』。そう、彼はわかっている。私の『気持ちいい』とこらがどこまでなのか、わかって、やっている。

(こんなの、ずるい、こんなこと、されたら……)

 もう、理性が動かない。ストッパーが壊れて、欲求が止められなくなる。でもこんなの……。

「素直に、気持ちいいと、言いなさい」

 彼の低い声に、最後の理性が溶けてしまう。

「き……き、気持ちいい、……きもち、いいっ、つっ、あいぁあっあー!?」

 首に噛みつかれた瞬間に全身が伸び切り、頭の天辺から足の指先まで電気のように気持ちよさが走る。あまりの気持ちよさに、私は意識を飛ばすほど、深く達していた。そのまま体がシャットダウンしようとしているのに、彼は私を抱きかかえ、くすくす笑う。

「貴女の体……これまでの貴女の全てを知っている……貴女の体、なんて愛らしい……『これから』の全てを、こんなに素直に、私に明け渡してくれる……いい子だなっ!」
「ひっがぁ!?」

 ごちゅん、と体内で鳴ってはいけない音と衝撃がして、強制的に起こされる。でも、もう、起きたところで私の体は私の制御下にはなかった。気持ち良すぎて、自分の体がどこにあるのかすら、わからない。

「もう、私以外の、人間では満足できないだろう、香織?」
「あっ、あっ、あっ、あっ!」
「私がいないと困るね?」
「やァッ、ああっ、こわれる、たすけて、こわれるぃい!」
「壊さないよ。壊すわけないだろう、……私の香織」

 泣き喚く私の唇に彼が触れてくれる。
 舌が入り込んできた時、息もできなくて苦しいのに、上も下も一杯で、嬉しくて達してしまう。彼は達した直後の私の体を容赦なく、『ギリギリまで』、責めてくれる。そうして、何もかも溶けた私を、彼は優しく見つめてくれる。

「ね、私に、どうしてほしいの? ……言って」
 
 こんな毒を、どうして拒めるのか。

「……ずっと……ここにいて……」

 彼を抱きしめると、いい子だね、と彼が笑ってくれる。その、褒め言葉にまた、達してしまう。

「すごい、きもちいい……は、う……」
「……私のこと、好きだね?」
「うんっ……すき、すきぃ……」

 彼は私を抱きしめて、絶頂の余韻に浸る私の中で、優しく揺れ続ける。

「ちゅ、していい……?」
「ふふ、いいよ。ん、……ふふ……」

 永遠をたゆたう気持ちよさに、たまらなくなって彼にキスをする。彼は嬉しそうに、私のキスを受け入れてくれる。彼の口内を舌で探索すると、膣の中で彼が暴発しそうなぐらい膨らむのがわかって、嬉しくなる。ちゅぽ、と舌を抜くと、彼が追いかけてキスを求めてきた。可愛くて、つい笑ってしまう。

「……気持ち、いい?」

 彼が、深く、息を吐いた。

「……この世界で生きるには、私には戸籍が必要だ。貴女の夫でいいね?」
「えっ……んあっ!?」

 ごちゅん、と突き刺された。それはこれまでの私に合わせていた動きとは違う、彼が出すためだけの乱暴なもので、私は一瞬で達してしまった。

「……いいだろ、香織? ほら、ちゃんと答えて」
「い! いいっ、っ……ああっ! イッたのっ、ねえっ、だめ、これ、とめてよぉっ、……あぁああっ!」
「仕事は何にするか……なぁ、何して欲しい?」
「わかんにゃ、わかんなゃいからぁっ! なんでも、にあうよっひぃ! ね、も、あぁああっ! きしゅ、してよぉ! ねぇっ! ちゅうっ……!」
「ふふ、……あぁ、楽しみだ。私の妻、……可愛い人」

 彼は私の願い通り、私に口づけをしながら、私の中で果ててくれた。
 そうして、私が気絶している間に、彼はどういうわけだか『白石ルイ』という私の夫だという戸籍を手に入れ、しかも何をどうしたのか、司書の資格を手に入れ、近所の私営図書館の館長になっていた。

「どうやって……?」
「前の館長は仕事をやめたかったそうです。私を見て、仕事譲ってくれました」
「なぜ……?」
「ふふふ」

 それだけではない。

「新居……?」
「はい、部屋がほしいということでしたので、こちらの物件の権利を手に入れました」
「どうやって……?」
「どうやって? 私は貴女の望むことを叶えるだけですよ、ふふ」

 東京都心の三階建ての物件を彼は手に入れていた。そして、それを管理できるだけの資産も。

「これで困りませんね?」

 まるで、始めからこの世界にいたかのように、彼の存在は、この世界の地に足がついていたのだ。
 


「……私から、もう、逃げられないことが不安なのかな?」

 そうやって出てきた問題を次から次へと『ふふふ』と解決していき、土曜日に現れた彼は日曜日の夕方には完璧な現代人になっていた。
 明日からの仕事も彼は卒なくこなすのだろう。その司祭服は明日以降はクローゼットの奥で、今日作ったスーツが彼の制服になる。私の戸籍にしれっと入り込んで、来週引っ越ししたらもう全てが彼のテリトリー。
 なんというか、『囲まれてる』。

「……、スピード感がおかしい」
「スピード感?」
「その、だって、ドレイブンさんは……」
「ルイだよ。日本人にも馴染みやすい名前だろう?」
「その辺の理解が早すぎる!」

 私を押し倒す彼は不思議そうに、首を傾げた。

「いけないこと?」
「いけなくないけどっ……そんな、だって、普通……」
「普通じゃないことは、いけないこと?」
「い、けなく、ないけど……」
「香織、……不安がないことが不安?」

 私が震えながら頷くと、彼はクスクス笑いながら、私の額に額を当てた。

「私にここにいてほしいのに、どうして帰ってほしいなんて思うの?」
「……、でも、その……こっちの世界のことは、なんかわかんないけど、なんとかなるとして……でも元の世界は? ……他の信徒たちは、どうするの?」

 彼の教団は彼がいなければ成り立たない。彼がいなければ、彼の信徒たちは安全には暮らせない。あのウルトラハードな世界で、彼等は間違いなく路頭に迷う。そんなこと、私が言わなくとも彼は間違いなくわかっている。
 あの世界、小説の中の話、でも、確かに生きている人がいた。彼は、本来の彼はそこで生きてきた人なのに……。

「どうもしない。私はもうルイで、貴女の夫だから」

 彼は今、私を押し倒して、笑っている。

(いいのかな、これで……)

 あまりにも急にすべて整えられて、だからこそ、うまく言葉にできない不安がつきまとう。不安を抱えたまま彼を見上げると、彼は優しいキスをくれた。

「……香織、私を幸せにしてくれないか?」
「え?」
「あの世界では、私はいずれ殺されて死ぬだけだ。志半ば、何も救えぬまま……」
「そんなこと……」
「わかるんだ。……あの世界で私にはもう先はなかった」

 そうだ。彼はラスボスだ。討伐されてこそ世界は救われる。

「だからこの世界で、教祖ではない……ただの人として、ただの男として、……」

 たしかに彼としてはバッドエンド。でも、それラスボスは、彼の選択の先にあったものだ。それこそが、彼の人生だったはずだ。
 なのに、それを、彼は今全部捨てて、ここにいる。

「……それで、いいの?」

 賢すぎる彼は、私の言いたいことが全部わかったのだろう。彼は眉を下げて、笑った。

「……うん、……本当はずっと、こうしたかったんだ。ただ……好きな人を抱きしめていたかった。何もかも放りだして、人として……」

 ちゅ、とキスされると、リン、と鈴が鳴る。

「香織、……こんな無責任で、なにもない私でも、受け入れてくれる?」

 そんなことはないと思うけれど、彼の声は迷子のようにも思えた。

(そっか……この世界で、この人、今、一人ぼっちだ……)

 そっと、彼を抱きしめる。
 あの戦火に常に追われる、命がけの世界の匂いがするような気がした。彼も私を抱きしめて、深く息を吐く。その吐息に、彼の思いがある気がした。

「……ドレイブンさん……」
「ルイでいい。ルイと呼んで」

 彼はもう、その名前を背負ったのだ。
 ルイ、と呼ぶと、うん、と彼が小さく返事をした。
 
「……私、普通だよ? 他の人の方がいいかもしれないよ……? この世界、色んな人居るし……いててっ!」

 彼は私をぎゅうぎゅうとわざとらしいほど強く抱きしめて、はぁあ、とまたわざとらしいため息をついた。

「私の思いを疑うなんて……本当に『教育』されるのが好きだね、香織」
「えっ……!」
「明日の仕事は休みなさい。動けないだろうから」
「え、ちょっ、あっ! 待ってっ、アッ……」

 服を脱がされながら、気がついた。

「結局、どの世界でも、どんな名前でも……『教育』されちゃうの、私……?」
「いやらしい顔して……フフ、期待に応えてあげますよ」

 ちゅ、と額にキスをされ、ぎゅんとお腹の奥がはねてしまった。
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