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彼らの『仕事』
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「何だこれっ! 痛い、痛い痛い痛いっ!」
仁藤の全身に、小さくて黒いものがまとわりついていた。形状はおたまじゃくしに似ている。
『人魚』に比べたらあまりにも矮小なそれが、仁藤の肉をキツツキのように啄ばんだ。
「伍川ぁ! 助けろぉ!」
命じるが、伍川は小便を漏らして腰を抜かしていた。
椿が右手から血を流しながら、仁藤にくっついたおたまじゃくしもどきを叩き落とす。踏みつぶすと、それは水風船のように破裂した。
二体の『人魚』が床に倒れた。大和が一体目と二体目を殺したのだ。荒い息を整えつつ、大和が潰れたおたまじゃくしもどきを観察した。
「ひーちゃん、これ何かな?」
右手を抑えながら椿が問う。さっきまで死んでいたのが嘘のような態度で。
「……稚魚」
ぼそりと呟いた。が、仁藤の悲鳴に掻き消された。
四体目の『人魚』が仁藤の肩を噛みついている。先ほどの三体よりは若干小さいが、歯の鋭さは変わらなかった。
「何体いるんだよ!」
大和がデッキブラシで、『人魚』の脳天を叩き、椿がガラスの破片で喉を切り裂く。
息の合ったコンビネーションだと、もしも七虹が当事者ではなく、画面越しの観客ならそう思っただろう。
大和は他にも『人魚』の気配が無いか確かめたあと、肩の肉を持っていかれ、ぎゃあぎゃあ叫ぶ仁藤の口に丸めた布巾を突っ込み、応急処置を施した。
椿は残った左手と口で、器用に包帯を巻き、自らの右手首の断面を隠した。
「大丈夫か?」
「だいじょぶ、って言いたいけど右手首なくなっちゃったのきついかな。頭とおなかの傷も思ったよりひどい……」
椿が腹を抱えて、その場にうずくまった。
「がんばれ、がんばれわたしの細胞……早くくっついて治って……」
そう囁く。漫画みたいな台詞だと、こんな時なのに笑ってしまいそうになった。
七虹の涙はすっかり乾いていた。
「アンタら、何なんスか! 何なんスか、あの『化け物』は!」
伍川が小便の水たまりでバシャバシャしながら問うた。
しかし、大和はその質問に答えなかった。
「うっせぇよ。ちったぁ自分で考えろ」
「ひーちゃん、そんな言い方は……」
「答えてやる義理は無い。昨日オレが話してやったことと合わせて、自分で答えを見つけろ。理解が難しいなら状況を受容しろ」
一刀両断にも程がある。七虹はおずおずと、口を開いた。
「あの生き物が『人魚』で……、仁藤さんを襲ったのがその『稚魚』? 『人魚』の……子ども?」
無視されるかと思ったが、大和は頷いてくれた。
「そう。『人魚』が『人間』を喰うのは、子どもを産むためだ。――ってことは、『人間』を喰った『人魚』は子どもを産むようになったと見て間違いない」
「三井さんを襲ったのも、稚魚ってこと?」
「傷口から察するに。一ノ宮を喰ったのが子どもを産んで、それが三井を襲って、更にそれがここに来たようだな」
「何匹くらい、産むんだろう」
「さぁな。まぁ何匹いようと、全部ここでぶち殺さないといけないのは変わりない」
大和がすっくと立ち上がった。その双眸には得体の知れない暗いものが宿っていた。
「それがオレたちの『仕事』だからな」
仁藤の全身に、小さくて黒いものがまとわりついていた。形状はおたまじゃくしに似ている。
『人魚』に比べたらあまりにも矮小なそれが、仁藤の肉をキツツキのように啄ばんだ。
「伍川ぁ! 助けろぉ!」
命じるが、伍川は小便を漏らして腰を抜かしていた。
椿が右手から血を流しながら、仁藤にくっついたおたまじゃくしもどきを叩き落とす。踏みつぶすと、それは水風船のように破裂した。
二体の『人魚』が床に倒れた。大和が一体目と二体目を殺したのだ。荒い息を整えつつ、大和が潰れたおたまじゃくしもどきを観察した。
「ひーちゃん、これ何かな?」
右手を抑えながら椿が問う。さっきまで死んでいたのが嘘のような態度で。
「……稚魚」
ぼそりと呟いた。が、仁藤の悲鳴に掻き消された。
四体目の『人魚』が仁藤の肩を噛みついている。先ほどの三体よりは若干小さいが、歯の鋭さは変わらなかった。
「何体いるんだよ!」
大和がデッキブラシで、『人魚』の脳天を叩き、椿がガラスの破片で喉を切り裂く。
息の合ったコンビネーションだと、もしも七虹が当事者ではなく、画面越しの観客ならそう思っただろう。
大和は他にも『人魚』の気配が無いか確かめたあと、肩の肉を持っていかれ、ぎゃあぎゃあ叫ぶ仁藤の口に丸めた布巾を突っ込み、応急処置を施した。
椿は残った左手と口で、器用に包帯を巻き、自らの右手首の断面を隠した。
「大丈夫か?」
「だいじょぶ、って言いたいけど右手首なくなっちゃったのきついかな。頭とおなかの傷も思ったよりひどい……」
椿が腹を抱えて、その場にうずくまった。
「がんばれ、がんばれわたしの細胞……早くくっついて治って……」
そう囁く。漫画みたいな台詞だと、こんな時なのに笑ってしまいそうになった。
七虹の涙はすっかり乾いていた。
「アンタら、何なんスか! 何なんスか、あの『化け物』は!」
伍川が小便の水たまりでバシャバシャしながら問うた。
しかし、大和はその質問に答えなかった。
「うっせぇよ。ちったぁ自分で考えろ」
「ひーちゃん、そんな言い方は……」
「答えてやる義理は無い。昨日オレが話してやったことと合わせて、自分で答えを見つけろ。理解が難しいなら状況を受容しろ」
一刀両断にも程がある。七虹はおずおずと、口を開いた。
「あの生き物が『人魚』で……、仁藤さんを襲ったのがその『稚魚』? 『人魚』の……子ども?」
無視されるかと思ったが、大和は頷いてくれた。
「そう。『人魚』が『人間』を喰うのは、子どもを産むためだ。――ってことは、『人間』を喰った『人魚』は子どもを産むようになったと見て間違いない」
「三井さんを襲ったのも、稚魚ってこと?」
「傷口から察するに。一ノ宮を喰ったのが子どもを産んで、それが三井を襲って、更にそれがここに来たようだな」
「何匹くらい、産むんだろう」
「さぁな。まぁ何匹いようと、全部ここでぶち殺さないといけないのは変わりない」
大和がすっくと立ち上がった。その双眸には得体の知れない暗いものが宿っていた。
「それがオレたちの『仕事』だからな」
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