上 下
20 / 25

彼らの『仕事』

しおりを挟む
「何だこれっ! 痛い、痛い痛い痛いっ!」

 仁藤の全身に、小さくて黒いものがまとわりついていた。形状はおたまじゃくしに似ている。
 『人魚』に比べたらあまりにも矮小なそれが、仁藤の肉をキツツキのように啄ばんだ。

「伍川ぁ! 助けろぉ!」
 命じるが、伍川は小便を漏らして腰を抜かしていた。
 椿が右手から血を流しながら、仁藤にくっついたおたまじゃくしもどきを叩き落とす。踏みつぶすと、それは水風船のように破裂した。
 二体の『人魚』が床に倒れた。大和が一体目と二体目を殺したのだ。荒い息を整えつつ、大和が潰れたおたまじゃくしもどきを観察した。

「ひーちゃん、これ何かな?」
 右手を抑えながら椿が問う。さっきまで死んでいたのが嘘のような態度で。
「……稚魚」

 ぼそりと呟いた。が、仁藤の悲鳴に掻き消された。
 四体目の『人魚』が仁藤の肩を噛みついている。先ほどの三体よりは若干小さいが、歯の鋭さは変わらなかった。

「何体いるんだよ!」
 大和がデッキブラシで、『人魚』の脳天を叩き、椿がガラスの破片で喉を切り裂く。
 息の合ったコンビネーションだと、もしも七虹が当事者ではなく、画面越しの観客ならそう思っただろう。

 大和は他にも『人魚』の気配が無いか確かめたあと、肩の肉を持っていかれ、ぎゃあぎゃあ叫ぶ仁藤の口に丸めた布巾を突っ込み、応急処置を施した。
 椿は残った左手と口で、器用に包帯を巻き、自らの右手首の断面を隠した。

「大丈夫か?」
「だいじょぶ、って言いたいけど右手首なくなっちゃったのきついかな。頭とおなかの傷も思ったよりひどい……」
 椿が腹を抱えて、その場にうずくまった。
「がんばれ、がんばれわたしの細胞……早くくっついて治って……」

 そう囁く。漫画みたいな台詞だと、こんな時なのに笑ってしまいそうになった。
 七虹の涙はすっかり乾いていた。

「アンタら、何なんスか! 何なんスか、あの『化け物』は!」

 伍川が小便の水たまりでバシャバシャしながら問うた。
 しかし、大和はその質問に答えなかった。

「うっせぇよ。ちったぁ自分で考えろ」
「ひーちゃん、そんな言い方は……」
「答えてやる義理は無い。昨日オレが話してやったことと合わせて、自分で答えを見つけろ。理解が難しいなら状況を受容しろ」

 一刀両断にも程がある。七虹はおずおずと、口を開いた。

「あの生き物が『人魚』で……、仁藤さんを襲ったのがその『稚魚』? 『人魚』の……子ども?」

 無視されるかと思ったが、大和は頷いてくれた。

「そう。『人魚』が『人間』を喰うのは、子どもを産むためだ。――ってことは、『人間』を喰った『人魚』は子どもを産むようになったと見て間違いない」
「三井さんを襲ったのも、稚魚ってこと?」
「傷口から察するに。一ノ宮を喰ったのが子どもを産んで、それが三井を襲って、更にそれがここに来たようだな」
「何匹くらい、産むんだろう」
「さぁな。まぁ何匹いようと、全部ここでぶち殺さないといけないのは変わりない」

 大和がすっくと立ち上がった。その双眸には得体の知れない暗いものが宿っていた。

「それがオレたちの『仕事』だからな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

#彼女を探して・・・

杉 孝子
ホラー
 佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。

もらうね

あむあむ
ホラー
少女の日常が 出会いによって壊れていく 恐怖の訪れ 読んでくださった方の日常が 非日常へと変わらないとこを願います

煩い人

星来香文子
ホラー
陽光学園高学校は、新校舎建設中の間、夜間学校・月光学園の校舎を昼の間借りることになった。 「夜七時以降、陽光学園の生徒は校舎にいてはいけない」という校則があるのにも関わらず、ある一人の女子生徒が忘れ物を取りに行ってしまう。 彼女はそこで、肌も髪も真っ白で、美しい人を見た。 それから彼女は何度も狂ったように夜の学校に出入りするようになり、いつの間にか姿を消したという。 彼女の親友だった美波は、真相を探るため一人、夜間学校に潜入するのだが…… (全7話) ※タイトルは「わずらいびと」と読みます ※カクヨムでも掲載しています

彼ノ女人禁制地ニテ

フルーツパフェ
ホラー
古より日本に点在する女人禁制の地―― その理由は語られぬまま、時代は令和を迎える。 柏原鈴奈は本業のOLの片手間、動画配信者として活動していた。 今なお日本に根強く残る女性差別を忌み嫌う彼女は、動画配信の一環としてとある地方都市に存在する女人禁制地潜入の動画配信を企てる。 地元住民の監視を警告を無視し、勧誘した協力者達と共に神聖な土地で破廉恥な演出を続けた彼女達は視聴者たちから一定の反応を得た後、帰途に就こうとするが――

処理中です...