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ログリゾートSでの怪談1
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2.
「じゃあ次は、果蘭ちゃんに話してもらおうかな」
仁藤 健太がラフにセットした髪を撫でて、言った。お鉢が回ってきた三井果蘭は、おおげさに身をくねらせる。
「嫌ですよぉ。果蘭、怖い話なんて知りませんもん」
三井が剥き出しの腕をさする。真夏とはいえ高原なので、日が暮れると気温はぐっと下がった。上着を持ってくればよかったと七虹は後悔した。
「そんなこと言って、ひとつやふたつくらいあるだろ?」
この『企画』の責任者である仁藤が詰め寄る。
観念した三井が口を開こうとする前に、彼の携帯電話が振動した。仁藤は目顔で謝って、その場から離れる。
「仁藤さんいなくなっちゃったけど、いちおー話しますね。これは、ある夫婦の間に起こった話です……」
三井が鼻にかかった甘ったるい声をひそめさせる。前屈みになった拍子に、ワンピースの大きく開いた襟ぐりから胸の谷間がちらりと見えた。
「その夫婦はすっごい美男美女で、周囲からすごい羨ましがられてました。二人の間に待望の赤ちゃんができました。だけどその赤ちゃんは、すごーーく醜い、化け物みたいな赤ちゃんだったんです」
(あ、オチが見えた)
七虹は辟易した。あまりに有名な怪談だったからだ。
三井の話し方も下手すぎる。ハタチだと言っていたが、もっと幼く見えた。
「夫婦はムカついて、赤ちゃんを殺しちゃいました。えっと、山の上だったかな、高いところからポイしたんです。それで何年か経って、夫婦にまた赤ちゃんができました。その子はすごーく可愛くて、天使ちゃんみたいで夫婦は大喜びしました……」
がんばって怖そうに話すが、無駄な努力だった。
周囲からは失笑がわき、特に彼女の隣でウィスキーを舐めている六人部 雄一はあからさまにバカにしている。
「夫婦はちょっと大きくなったその子と一緒に山に登りました。そこは偶然、前の赤ちゃんを殺した場所でした。てっぺんに登った家族が休憩していると、子どもがいきなり言いました――」
「『お父さん、お母さん、今度は落とさないでね』」
三井の句を継いで、二人の人間の声がユニゾンした。
オチをとられた三井は呆気にとられ、場に爆笑が起こった。
「もぉ! ひどいですよ、六人部さんも一ノ宮さんも!」
ピンクのチークを載せた頬を膨らませて、三井は六人部の肩口をぽかぽかと殴る。
六人部と、その逆隣に座る一ノ宮は笑って、
「ごめんごめん、三井ちゃん。つい、ね」
「ソレ知ってるし。もっと他にいいのなかったワケ?」
一ノ宮蓮絵が、長い足を組み替えて、ペディキュアの裸足をブラブラさせる。心底つまらなさそうに吐息した。
「それにしたっていじわるですぅ、見せ場とっちゃうなんて。――あ、ねぇお手伝いさん! おかわりちょーだい」
カラになったグラスを掲げて、三井がダイニングキッチンのスペースに呼びかける。
「はぁい」
すぐに、エプロン姿の椿が返事をした。名前ではなく女中呼ばわりされたのに、彼女は嫌な顔をひとつしない。
「七虹さん、お飲み物大丈夫ですか?」
それどころか七虹にも気遣ってくれた。
「いいよ。あたし、自分でやるから」
「だいじょぶです、これがわたしのお仕事なので」
にっこりと笑う椿に圧され、七虹は同じものを頼んだ。
彼女は快く返事をし、ローテーブルの上に散らかったつまみの包み紙などもさっさと片づける。
「四条さんはどうされますか?」
椿が、七虹の位置からテーブルを挟んで向こう側のソファに座る、四条剛樹に訊く。
彼は無言で首を振り、中型のハンディカメラのレンズを専用の布で丁寧に拭く。彼はずっと会話に参加せず、ひたすらカメラの手入れをしていた。
七虹は椿から三杯目の飲み物を受け取ると、布張りのシングルスツールに座り直し、改めて面々を見回した。
先ほど三井に話を振り、今は席を外しているのが仁藤。最年長で、この『企画』の総合責任者だ。
七虹の斜め横のカウチソファに座っているのが、やたら胸の谷間を強調(同性でも気になるものは気になる)している三井。
もう一人の女が、高身長でスタイルが良く、目鼻立ちがハッキリしている一ノ宮だ。ワイングラスを持つ指先すら堂に入ってて、モデル然としている。
そして彼女らに挟まれている男が六人部。ワイルドな面持ちで、計算された無精髭が特徴的だった。
この三人の共通点は、『人に見られていることを常に意識している』だな、と七虹は思った。彼らの職業柄だろうか。
そしてカメラをずっといじっている四条と、あともう二人――総勢九人が、このログリゾートSにいる全メンバーだった。
「じゃあ次は、果蘭ちゃんに話してもらおうかな」
仁藤 健太がラフにセットした髪を撫でて、言った。お鉢が回ってきた三井果蘭は、おおげさに身をくねらせる。
「嫌ですよぉ。果蘭、怖い話なんて知りませんもん」
三井が剥き出しの腕をさする。真夏とはいえ高原なので、日が暮れると気温はぐっと下がった。上着を持ってくればよかったと七虹は後悔した。
「そんなこと言って、ひとつやふたつくらいあるだろ?」
この『企画』の責任者である仁藤が詰め寄る。
観念した三井が口を開こうとする前に、彼の携帯電話が振動した。仁藤は目顔で謝って、その場から離れる。
「仁藤さんいなくなっちゃったけど、いちおー話しますね。これは、ある夫婦の間に起こった話です……」
三井が鼻にかかった甘ったるい声をひそめさせる。前屈みになった拍子に、ワンピースの大きく開いた襟ぐりから胸の谷間がちらりと見えた。
「その夫婦はすっごい美男美女で、周囲からすごい羨ましがられてました。二人の間に待望の赤ちゃんができました。だけどその赤ちゃんは、すごーーく醜い、化け物みたいな赤ちゃんだったんです」
(あ、オチが見えた)
七虹は辟易した。あまりに有名な怪談だったからだ。
三井の話し方も下手すぎる。ハタチだと言っていたが、もっと幼く見えた。
「夫婦はムカついて、赤ちゃんを殺しちゃいました。えっと、山の上だったかな、高いところからポイしたんです。それで何年か経って、夫婦にまた赤ちゃんができました。その子はすごーく可愛くて、天使ちゃんみたいで夫婦は大喜びしました……」
がんばって怖そうに話すが、無駄な努力だった。
周囲からは失笑がわき、特に彼女の隣でウィスキーを舐めている六人部 雄一はあからさまにバカにしている。
「夫婦はちょっと大きくなったその子と一緒に山に登りました。そこは偶然、前の赤ちゃんを殺した場所でした。てっぺんに登った家族が休憩していると、子どもがいきなり言いました――」
「『お父さん、お母さん、今度は落とさないでね』」
三井の句を継いで、二人の人間の声がユニゾンした。
オチをとられた三井は呆気にとられ、場に爆笑が起こった。
「もぉ! ひどいですよ、六人部さんも一ノ宮さんも!」
ピンクのチークを載せた頬を膨らませて、三井は六人部の肩口をぽかぽかと殴る。
六人部と、その逆隣に座る一ノ宮は笑って、
「ごめんごめん、三井ちゃん。つい、ね」
「ソレ知ってるし。もっと他にいいのなかったワケ?」
一ノ宮蓮絵が、長い足を組み替えて、ペディキュアの裸足をブラブラさせる。心底つまらなさそうに吐息した。
「それにしたっていじわるですぅ、見せ場とっちゃうなんて。――あ、ねぇお手伝いさん! おかわりちょーだい」
カラになったグラスを掲げて、三井がダイニングキッチンのスペースに呼びかける。
「はぁい」
すぐに、エプロン姿の椿が返事をした。名前ではなく女中呼ばわりされたのに、彼女は嫌な顔をひとつしない。
「七虹さん、お飲み物大丈夫ですか?」
それどころか七虹にも気遣ってくれた。
「いいよ。あたし、自分でやるから」
「だいじょぶです、これがわたしのお仕事なので」
にっこりと笑う椿に圧され、七虹は同じものを頼んだ。
彼女は快く返事をし、ローテーブルの上に散らかったつまみの包み紙などもさっさと片づける。
「四条さんはどうされますか?」
椿が、七虹の位置からテーブルを挟んで向こう側のソファに座る、四条剛樹に訊く。
彼は無言で首を振り、中型のハンディカメラのレンズを専用の布で丁寧に拭く。彼はずっと会話に参加せず、ひたすらカメラの手入れをしていた。
七虹は椿から三杯目の飲み物を受け取ると、布張りのシングルスツールに座り直し、改めて面々を見回した。
先ほど三井に話を振り、今は席を外しているのが仁藤。最年長で、この『企画』の総合責任者だ。
七虹の斜め横のカウチソファに座っているのが、やたら胸の谷間を強調(同性でも気になるものは気になる)している三井。
もう一人の女が、高身長でスタイルが良く、目鼻立ちがハッキリしている一ノ宮だ。ワイングラスを持つ指先すら堂に入ってて、モデル然としている。
そして彼女らに挟まれている男が六人部。ワイルドな面持ちで、計算された無精髭が特徴的だった。
この三人の共通点は、『人に見られていることを常に意識している』だな、と七虹は思った。彼らの職業柄だろうか。
そしてカメラをずっといじっている四条と、あともう二人――総勢九人が、このログリゾートSにいる全メンバーだった。
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