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壱.【工藤家の怪異①】オンライン除霊の章
怪異の出現
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異質なモノの存在を肌で感じる。
ぞわ、ぞわ、と頭皮が粟立つ。
「歩望。起きて」
揺り動かしても弟はうんともすんとも言わない。
寝起きはいい方なのに。
深すぎる眠りに冷たい汗がにじんだ。
ピンポーン……
玄関のインターホンが鳴った。
誰だろう。立ち上がって、壁のパネルに玄関の映像を表示させる。
息を呑んだ。
『おーい、直歩ー歩望ー開けてくれー』
『お父さん、だから近すぎだって。ただいまぁ。開けてちょうだい』
お父さんとお母さんがいた。
あたしは一瞬だけ歩望を見て、パネルに話しかける。
「なんで? 帰ってくるの、明日じゃないの?」
『早退けしてきたんだよー』
『可愛い子どもたちが待ってるんだもの。仕事なんてやってらんないわ』
あたしは返事できなかった。
『鍵、開けてくれるか』
お父さんがニコニコしながら頼んでくる。
『ここは寒いわ、早く家に入れてちょうだい』
お母さんがニコニコニコニコしながら急かす。
『早く開けて』
『早く入れて』
『早く』
『く早』
『開けて』
『てけ開』
両親の声が、交互に催促する。
――その時、あたしの中で、
何かがプツンと切れた。
キッチンに向かい、下の収納から包丁を取り出す。
「――っざけんなぁ!!」
腹の底から叫んで、パネルの画面に包丁を突きつけた。
「お父さんとお母さんがそんなこと言うわけないでしょーが! 人の親をバカにすんなっ! 家に入りたいからって腹立つことしくさってんじゃない!」
たまりにたまった怒りが爆発した。
手段を選ばないクソお化けが!
包丁を持ってきたのは、桃吾くんが教えてくれた『いざとなったら』の対処法だ。
――直接対決となったら、武器を用意します。愛用の刃物はありますか?
毎日料理で使う包丁ならあると答えたら、それを使えと言われた。
スーパーで二千円の包丁ですけど、と訝しんだら、
――物には力が宿ります。きっとその包丁は工藤さんの力になってくれますよ。
言ったとおりだった。
両親に化けたアレは、正体を表した。
二人の顔は白目になって口をぐわっと開け、
『ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ』
左右に揺れながら声を発した。
「やめろっつってんでしょ!」
偽物だとしてもメンタルが削られる。あたしが怒鳴ると姿を消した。
……諦めた……?
歩望の傍らに移動して、包丁を構えながらパネルを凝視した。
数秒か数分か経った頃、またインターホンが鳴った。
パネルにまた信じられないものが映る。
『――工藤さん!』
きっちり整えた髪に黒縁眼鏡の男子。それは、
「桃吾くん……?」
なんでうちの前にいるの?
『来ました。工藤さんのことが心配で』
「……来たって、あんなに外出できないって言ってたのに?」
『そんなこと言ってる場合じゃないんです! 工藤さん、家に入れてください!』
必死な形相の桃吾くん。
「で、でも誰も入れるなって」
『アレは危険なんです! 内側から結界を張ります、それしか助かる方法はない!』
「ていうか、なんでいるの? 桃吾くんちがどこなのか知らないけど、さっきまであたしたち通話してたよね!?」
『通話していたのは、偽物です』
ギクっと肩が跳ねた。
さっきまで話していた桃吾くんが偽物?
『対処法もすべて嘘です。もうそこには、霊が入り込んでしまっている!』
「!」
心当たりはあった。
こんなに騒いでも、歩望は目を覚まさない。
『開けてください……お願いします』
桃吾くんが苦しげに懇願する。
どうしよう。
どっちを信じたらいいの?
分からない、分からない――
工藤さん、と呼びかけられる。
『画面越しの俺と今ここにいる俺、どっちが信用できますか!』
焦れったそうに桃吾くんが叫んだ。
その瞬間、あたしのハラは決まった。
「……だからふざけんなっての」
腹を通り越して地の底から低い声が出た。
包丁を強く強く握りしめる。
「桃吾くんがどれだけ自分の『家族』を大事にしてると思うの。あとさ、桃吾くんの一人称は『僕』ですから。育ちの良さげな眼鏡男子が自分のことを『僕』っていうキュンポイントがあるんだよ」
怒りのあまり訳の分からないことまで呟きつつ、包丁を両手で握り直した。
一回も会ったことないけど、
直接話したことはないけど、
会ってもたぶんお互いにマスクを着けてるだろうけど、
それでも自信を持って言える。
桃吾くんはそんなこと言わない!
「消えろこのパパパ野郎!!」
あたしは勢いのまま包丁で右上から左下に流れるように空中を切った。日本刀で袈裟斬りをするように。
ドンッ!!
家の外でダンプカーが正面衝突したような音がした。
その後は完全な静寂。歩望の寝息しか聞こえない。
全身の力が抜けて、その場に座り込む。
しばらく経っても、家の内外は静かなままだった。
あれだけ大きな音がしても、近所の人は騒がないし、サイレンの音も聞こえない。
……ということは心霊現象による音だったんだろう。
すると背後で、ソファで眠る歩望が身じろぎした気配がした。
「お姉ちゃん……?」
歩望の呼び声。
よかった、目を覚ましたんだ。
あたしは安堵して振り向く、と。
「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」
白目を剥いて口を開けた歩望がそこにいた。
ぞわ、ぞわ、と頭皮が粟立つ。
「歩望。起きて」
揺り動かしても弟はうんともすんとも言わない。
寝起きはいい方なのに。
深すぎる眠りに冷たい汗がにじんだ。
ピンポーン……
玄関のインターホンが鳴った。
誰だろう。立ち上がって、壁のパネルに玄関の映像を表示させる。
息を呑んだ。
『おーい、直歩ー歩望ー開けてくれー』
『お父さん、だから近すぎだって。ただいまぁ。開けてちょうだい』
お父さんとお母さんがいた。
あたしは一瞬だけ歩望を見て、パネルに話しかける。
「なんで? 帰ってくるの、明日じゃないの?」
『早退けしてきたんだよー』
『可愛い子どもたちが待ってるんだもの。仕事なんてやってらんないわ』
あたしは返事できなかった。
『鍵、開けてくれるか』
お父さんがニコニコしながら頼んでくる。
『ここは寒いわ、早く家に入れてちょうだい』
お母さんがニコニコニコニコしながら急かす。
『早く開けて』
『早く入れて』
『早く』
『く早』
『開けて』
『てけ開』
両親の声が、交互に催促する。
――その時、あたしの中で、
何かがプツンと切れた。
キッチンに向かい、下の収納から包丁を取り出す。
「――っざけんなぁ!!」
腹の底から叫んで、パネルの画面に包丁を突きつけた。
「お父さんとお母さんがそんなこと言うわけないでしょーが! 人の親をバカにすんなっ! 家に入りたいからって腹立つことしくさってんじゃない!」
たまりにたまった怒りが爆発した。
手段を選ばないクソお化けが!
包丁を持ってきたのは、桃吾くんが教えてくれた『いざとなったら』の対処法だ。
――直接対決となったら、武器を用意します。愛用の刃物はありますか?
毎日料理で使う包丁ならあると答えたら、それを使えと言われた。
スーパーで二千円の包丁ですけど、と訝しんだら、
――物には力が宿ります。きっとその包丁は工藤さんの力になってくれますよ。
言ったとおりだった。
両親に化けたアレは、正体を表した。
二人の顔は白目になって口をぐわっと開け、
『ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ』
左右に揺れながら声を発した。
「やめろっつってんでしょ!」
偽物だとしてもメンタルが削られる。あたしが怒鳴ると姿を消した。
……諦めた……?
歩望の傍らに移動して、包丁を構えながらパネルを凝視した。
数秒か数分か経った頃、またインターホンが鳴った。
パネルにまた信じられないものが映る。
『――工藤さん!』
きっちり整えた髪に黒縁眼鏡の男子。それは、
「桃吾くん……?」
なんでうちの前にいるの?
『来ました。工藤さんのことが心配で』
「……来たって、あんなに外出できないって言ってたのに?」
『そんなこと言ってる場合じゃないんです! 工藤さん、家に入れてください!』
必死な形相の桃吾くん。
「で、でも誰も入れるなって」
『アレは危険なんです! 内側から結界を張ります、それしか助かる方法はない!』
「ていうか、なんでいるの? 桃吾くんちがどこなのか知らないけど、さっきまであたしたち通話してたよね!?」
『通話していたのは、偽物です』
ギクっと肩が跳ねた。
さっきまで話していた桃吾くんが偽物?
『対処法もすべて嘘です。もうそこには、霊が入り込んでしまっている!』
「!」
心当たりはあった。
こんなに騒いでも、歩望は目を覚まさない。
『開けてください……お願いします』
桃吾くんが苦しげに懇願する。
どうしよう。
どっちを信じたらいいの?
分からない、分からない――
工藤さん、と呼びかけられる。
『画面越しの俺と今ここにいる俺、どっちが信用できますか!』
焦れったそうに桃吾くんが叫んだ。
その瞬間、あたしのハラは決まった。
「……だからふざけんなっての」
腹を通り越して地の底から低い声が出た。
包丁を強く強く握りしめる。
「桃吾くんがどれだけ自分の『家族』を大事にしてると思うの。あとさ、桃吾くんの一人称は『僕』ですから。育ちの良さげな眼鏡男子が自分のことを『僕』っていうキュンポイントがあるんだよ」
怒りのあまり訳の分からないことまで呟きつつ、包丁を両手で握り直した。
一回も会ったことないけど、
直接話したことはないけど、
会ってもたぶんお互いにマスクを着けてるだろうけど、
それでも自信を持って言える。
桃吾くんはそんなこと言わない!
「消えろこのパパパ野郎!!」
あたしは勢いのまま包丁で右上から左下に流れるように空中を切った。日本刀で袈裟斬りをするように。
ドンッ!!
家の外でダンプカーが正面衝突したような音がした。
その後は完全な静寂。歩望の寝息しか聞こえない。
全身の力が抜けて、その場に座り込む。
しばらく経っても、家の内外は静かなままだった。
あれだけ大きな音がしても、近所の人は騒がないし、サイレンの音も聞こえない。
……ということは心霊現象による音だったんだろう。
すると背後で、ソファで眠る歩望が身じろぎした気配がした。
「お姉ちゃん……?」
歩望の呼び声。
よかった、目を覚ましたんだ。
あたしは安堵して振り向く、と。
「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ」
白目を剥いて口を開けた歩望がそこにいた。
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