約束~牌戦士シリーズ短編~

彼方

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約束

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 僕は約束は大抵守る方だ。

 果たせない大きな約束とか、小さな事で忘れちゃった約束とかは抜きにして。守れる約束は守る。特に自分から言い出したやつだったら尚更だ。
 そんな僕の記憶の中で、破った約束。でも、それでいいと思った約束。その思い出話を聞いてくれるかい────


 僕の名前は賎機光しずはたひかり。みんなにはヒカリくんて呼ばれてる。多分苗字が読めないから覚えてもらえてないんだと思う。
 職業は雀荘メンバー。メンバーってのは店員ってことね。千葉県にある雀荘『積み木』の遅番よるを担当してる。

 ある真夏のその夜は暇で、雀荘『積み木』には遅番の来客が1人しか無く。僕はその1人のお客さんの話し相手になってた。
 その人はお客さんの中でもかなりお金持ちで麻雀も強くて優しくて女性にもモテるんだろうなあという尾崎洋平おざきようへいさんというお客さんだ。遅番担当の僕は「もう今日は誰も来ないからあがっていいよ」とオーナーに言われた。すると尾崎さんは

「ヒカリくん、じゃあ今からキャバクラでも行こうか。どうせ今帰っても早すぎるだろ? おれは朝まで麻雀するつもりだったんだから付き合ってくれよ。お金は気にしなくていいから」と言われた。

 別にいいんだけど自分には付き合ってる彼女ヒトがいるので罪悪感があった。だが、麻雀が打てなかったのは2人体制の雀荘の責任でもある。お金気にしなくていいまで言われたら「いいえお断りします」とは言えなかった。

(まあ、一緒にちょっと騒いで飲み物飲んでたまに歌う程度のことだろう。何も問題ないかな)と思って僕はキャバクラに付き合った。人生でまだ4度目のキャバクラである。
 正直、キャバクラに自分の意志で足を運んだことは一度もない。上司の誘いに付き合ったことがあるだけの、キャバクラド素人だ。だから知らなかったんだけど、キャバクラって色々なタイプの店があるんだね。

 入ってみたら最初のうちはまあ、思った通りの空間で。可愛い子もいたし綺麗な方もいた。特別ノリのいい子もいて。楽しそうだった。
 酒は飲める方だったので出されるままに飲み、マイクを渡されたので一曲歌ってみた。

 そのうち1人のノリのいい子が「失礼しまぁす」と言いながら僕の上に座ってきた。そして絡みつくように抱きついてきて。

「私のこと好きなだけ触っていいよ。直接手を入れていいからねぇ」と言われた。
 それだけでもう僕は驚いてしまって直接触るなどという勇気は無かったので下着の上から触れてみた。あたたかい。

「うふふ。優しいんだぁ」と言われた。別に優しかったわけじゃない。触ったし。

 その時笑ったその子は八重歯が特徴的でとても笑顔が可愛かった。
 長い髪をかき上げて首にかかる髪を後ろに流した仕草は何とも表現しがたいセクシーさがあり、その時見えた少し大きめの二つのホクロすらその子の魅力に思えた。


 僕はすっかりキャバクラを堪能していた。思ってたのとだいぶ違う、セクシーな店だったわけだが。ちょっと酔ってきて、トイレに立つと出てきた所におしぼりを用意してさっきの女の子が待ってた。そこで彼女はこっそり耳打ちしてきた。

「…あなたのこと、好きになっちゃった。顔が好みなの。ねぇ、連絡先を交換してよ。営業メールとかは絶対しないから。そうじゃなくて、真面目に誘ってるの。ね」

 彼女が開いて連絡先交換をしようとしてる携帯電話の待ち受けは『松潤』だった。僕は自分で言うのはちょっとアレだが松潤に似てると言われてきた。それは10回20回程度のことではなく、「ありがと、もう分かったよ」と言いたくなるくらい色々な人から言われることだった。つまり、その待ち受けを見ることで本当に僕の顔が好みなんだとわかった。

 そして、この子のことは僕も好きになりつつあった。いや、好きだった。連絡先の交換はしたい。付き合いたい。また、この子に絡みつくように抱きしめられたい。そういう気持ちになった。一瞬だけど。

 でも、僕は彼女持ちだ。裏切りたくない。かと言ってこの子がすんなり引き下がる言葉ってなんだろう。「連絡先交換くらい良いじゃない」と言われそうだ。その通りだとも思うけど、ここで交換したらそのままお付き合いに発展する気しかしなかった。自分のことは自分が一番わかる。

「……もう一度会ったら」

「え?」

「僕は多分この店にはもう来る機会はない。それでも偶然どこかであなたともう一度会ったら。
その時は運命だと思って連絡先を交換すると約束する」

「わかった、約束よ!」

「約束だ」



 

◆◇◆◇

 



6年後

 僕は渋谷にいた。
   今から帰ろうと駅前の大森堂書店に少し寄り道してから交差点に向かう時。とっても素敵な笑顔でベビーカーを押すお母さんがいた。
 横にはどこか僕に似てる顔をした旦那さんがいてまだ小さな赤ん坊と3人で僕の横を通り大森堂書店へ向かって行った。
 髪はショートだったので首は見えていた。2つのホクロがある。前より歳を重ねて綺麗になってるなあと、少しだけ見つめてしまった。
 僕はもう帰るつもりだったけどすぐ近くのカフェに気付いたら入ってた。会ってどうするつもりなんだろう。会わない方がいいに決まってる。(このまま帰れよ)自分に言い聞かせたが、カフェでとりあえず休憩してしまった。


「ちょんちょん」

 そう言いながら僕の頬をつつく指があった。彼女がそこにベビーカーを押してやってきていた。

「あ、気付いたの。すごいね」
「アナタ全然あの時のまま変わって無かったから」
 ニコッと笑った彼女はあの時と同じ、かわいい八重歯を見せていた。

「キミは歳を重ねて綺麗さに磨きがかかったね。あの時よりも美しいと思う」
「6年ぶりだからね」
「そんなになるの? たった一日のことよく覚えてるね」
「本当に好きになってたから…… 会いたかった」

 …

 …


「そうだ、旦那さんは?」
「あの人は本屋に入ったらもうしばらくは出てこないから、その間はカフェに行くのはいつものことなの」

「幸せそうじゃないか。やっぱりあの時僕と連絡先交換しなくて良かったんじゃないか?」
   
 少し黙って、女は考えた


「…そう、かもね。でも会いたかったのよ」

「6年後になるとはね」


「ねえ、あの時の約束は…?」


「いま幸せなら僕はジャマになっちゃうだろ。きみの幸せを壊すのは絶対いやだよ」

「…そうね。じゃあもし、もしまた会う時があったら」

「そうだねその時は。さすがに約束守ろうか」



 見つめあって2人は少し止まる


「もう、行くわ」


「あ! あの。名前は」



「あすか!」



 そう言うとあすかはベビーカーを押してまた本屋に向かった。僕は名乗ることもなかった。


 あすかとはその後は会えないままだ。でも…… それでいい。



 
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