嫁ぎ先、選べます

みや いちう

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二章続き

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◆◆
 「ん……」
  マリアンヌが次に目を覚ました場所、そこは地下水路のようだった。汚泥のたまる厭な臭いがする。自分の足元を鼠たちが這う。
 「ここ、は……」
  マリアンヌはこの恐ろしい光のない世界でも、希望を捨てぬことをやめなかった。どこか、出口があるはず。この、薄汚れたおぞましい世界から、逃げ出す為の――。
 「あれ、は……」
  歩き出してすぐ、マリアンヌは自分が踏みつけた床が頭蓋骨だということを知った。床は踏みつけてすぐに割れていったからである。
 次に踏んだのは大腿骨だった。次には肋骨あらわになった死体だった。最初はおののいていたマリアンヌだったが、そのうち、何も感じなくなっていった。ただ、出口が欲しかった。この薄汚れた世界から抜け出す、出口が、光が、ただただ、恋しかった。
 「あ……」
  やがて光は見えた。地下水路を閉ざすドアの先は、光が漏れていた。急いてドアを開ける。
そこは鏡が何十にも置かれた、不気味な部屋だった。マリアンヌの眼から、次第に生気が失われていった。ああ、あれほど欲した出口が、どこにも、ない……。この鏡の間は、どこを折れても出口を示さなかった。ただ、虚ろな目をする自分を映すばかりだった。その自分の背後に、何か波打った艶のない黒い髪が、はりついているのにいつからかマリアンヌは気づいた。それは黒い影のようにマリアンヌにぴったりと憑いて、離れなかった。そのうち、それはマリアンヌへ話しかけ始めた。
 「ねえ、ねえ」
 「あなたはだあれ、わたしはどおこ」
 「ねえ、ねえ」
 「あなたはどおこ。わたしはだあれ」
 「だし……て」
  マリアンヌはようやっとそう呟いたあと、おもむろに、鏡を転がっていた石を用い渾身の力で砕いた。そして勢いよくはねた破片の大きいのを取って、その首にあてがわんとした。 
  くす、くす
 この笑いは、誰が発しているのか、あるいは、自分か。
 「ここから、私を、出して……」
 「マリアンヌ!!」
  はっと、マリアンヌは男の声で眼を覚ました。見れば右手にガラス片を強く握っていて、血が出ている。振り返るとミカエルがいた。もうあの黒髪の女はいなくなっていた。
 「マリアンヌ……すまない。来るのが、遅れて」
  ミカエルの悲痛な面持ちに、マリアンヌは安堵したように涙をこぼした。
 「わたくし、誰かとお話ししていたような気がしますの。孤独な、出口を失った魂と……」
 「そう、か」
  ミカエルがマリアンヌの右手の血を吸い、ぬぐう。それから、力いっぱいマリアンヌを抱きしめた。そのあたたかさは、確かに生きている人間のものだった。
 「すまない、すまない……本当に、すまなかった。お前を助けられなくて」
マリアンヌはいまだ悪夢からさめやらない様子だったが、徐々に、涙をこぼすたびに、元の彼女に戻っていった。
 「ミカエル様、ミカエル様……」
  その時、軍部の一人が、走り寄ってきてミカエルに告げた。
 「殿下、子供たちの声が奥の部屋より聞こえてきます!!」
  ◆
 奥の部屋では、うつろな目で泣き出す子どもたちがみなみな無事でいた。
 「我が愛しき民たちよ、大丈夫か!!」
 「もう大丈夫よ。もう怖くないわ」
  ミカエルが子どもたちに声をかけ、マリアンヌが抱き留める。虚ろな目をした子どもたちは、生きている人間のあたたかさに触れ、次第に正気を取り戻していった。一人、また一人と声高く泣き出した。
 「ぼ、ぼくたち、怖い女に連れてこられたの」
 「あの、黒い手で……」
  子どもたちは火のついたように泣き叫んだ。それを軍部やマリアンヌがなだめて安心させる。
 「もう大丈夫よ。安心して。もう大丈夫」
  その声を背に、ミカエルはある手紙を見つけた。板で打ち付けられた景色のない窓の下、飴色の机に手紙が記されていた。
 【あなたはやっぱり来てくれた。永遠にあなたはわたしのもの】
  宛名も差出人も不明だったが、ミカエルにはこれが誰によって、誰あてに書かれたかよくわかっていた。
 「……」
  無言で鎮痛な表情を見せたあと、彼は振り向いて。
 「さあ、この呪われた城からとっとと出るぞ!! 子どもたちを抱き留めて、外に出よう!!」
  と、再び威ある声で命じた。マリアンヌも子供を一人抱きかかえる。そのあとで、ふっと脳裏をよぎるものがあった。
(あの時、鏡の破片で自害しようとしたわたくしを呼び留めたのは、ミカエル様の声、ではなかった……あれは、ルシフェール様の、お声?)
 しかしその謎は解けないまま、彼女もまた城を後にした。

その頃、漆黒の闇に包まれたこの古城の一室で、ミカエルにあてられた手紙を読んだルシフェールはひとり、深いため息をつき、苦し気に呻いた。
 「いまだ……」
  ――気が付けば、部屋の床から黒き髪の毛がはいずり出ている。
 「いまだ諦めかねているのか。ディアーヌよ」

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