16 / 24
16.別れ
しおりを挟む早朝、美味しい朝食をありがたく頂き食べ終わった頃にドアがノックされ、ムーデさんが顔を出した。
「先生、ノイアーの小僧が来ましたよ」
「予想通りね。離れの部屋に入って待っているように言ってくれる?」
「…懲りない先生だね」
「ふふん、今度はヘマしないわよ」
呆れた顔をしたムーデさんが、やれやれと言いながら去っていった。
「先生が心配なんですね」
面倒そうな顔のムーデさんだけど、先生の事を気にかけているのがとてもよく分かる。
「そうなのかしらね~。産まれた時から、かれこれ五十年くらい一緒だから」
「えっ五十年?!」
思わず声が大きく出てしまい、慌てて自分の口に手をあてた。もう手遅れだけど。そして失礼ながら先生をじっくり見てしまう。そんな私の様子を先生が気がつかないはずもなく。
「あ~、この世界では保持している魔力量が多いほど長生きするのよ。まあ、そうはいっても私だったらあと七十年くらいかしら」
何事もなければな話だけどと先生はケラケラ笑った。
どう見ても二十代後半にしか見えない。つい質問をしてしまう。
「見た目というか外見は止まってしまうんですか?」
「まさか。緩やかにだけど変化していくわよ」
「…そうなんですか」
興味深いな異世界。
見た目だけじゃなくて中身はどうなんだろう?
「はい、考えるのはそこまで。さっさと作った物を試しましょ。ユイはどうする? 安全は保証できないけど」
ここまできて除け者なんて嫌だよ。
「行きます!」
「そうこなくっちゃね。じゃないと務まらない。いえ、こっちの話よ」
…?
なんだろう今のは。
考える間もなくせかされて、次の瞬間に忘れてしまった。
「さっ行きましょ。成功すれば、そのまま屋敷に帰るだろうから忘れ物しないようにね」
「はい」
本当に学校の先生みたいだな。
つい返事をしてしまう私は生徒そのものだ。
私は、隅に立て掛けてあった先に綺麗な赤い石がついた棒、杖かな。それを手に持ち外へ出ていく先生の後を追いかけた。
「私の人生で三番以内に入るくらいの出来な物よ」
「はあ」
案内された場所は、先生のお家からすぐに見える森の中に入って大きな岩の後ろにあった。
それは半球の形だ。岩と同じ色で目立たないようにしたらしい。どこか近代的な建物で不思議だな。前にいたラナ先生が何か呟くといきなり扉が開いた。
「早く」
「あっ、はい!」
急いで中に入ると。
「…外観と広さが違う」
外から見た時は、小さな戸建てくらいの大きさだったはずなのに、室内は学校の体育館三つ分くらいはあり、物は何もない。それに周りを確認しても窓や電気は見当たらないのに日中くらいの明るさがある不思議な空間。
無機質な部屋の中央にはラスティ君が無表情で立っていた。その彼にラナ先生が話しかけた。
「ラス、じい様はどうだった?」
「西の町の土砂崩れが予想より被害がでていて、今日戻られる予定です」
「ふ~ん。まぁ、いつ帰るかわからないから早速始めましょうか」
「それよりユイはいなくてよいのでは?」
「今後の為に見ていたほうがいい。これは決定よ」
ラナ先生の本気の声は怖かった。
先生が、私の方へ振り向くと杖を私に向かってひと振り。直後私を中心に小さな光る円が足元に発生した。
「ユイは、そこから私がいいと言うまで出ないでね」
「はい」
私は素直に返事をするしかない。
次に先生は、ラスティ君とラナ先生が立っている丁度中心の場所に昨夜作った品を置いた。
「ラス、それに力を徐々に出してみて」
「これにですか?」
「そう。つべこべ言わずやりなさい」
置かれた物、小さなブローチに戸惑いを隠せないようだ。そうだよね。私もそんな物で大丈夫かなと不安だもの。
ラスティ君は一瞬、躊躇したものの左手をそのブローチに向けた。その手から黒い炎が出てくる。
「もっとよ」
「でも」
「私を誰だと思っているの? この国で一番の私に二度目の失敗なんてありえない」
凄い自信。
私だったら絶対言えない台詞。というかラナ先生ってもしかして、とても偉い人なのかな。
「いいわね。もっと」
ラスティ君は、その絶対的な言葉に勇気づけられたのか、黒い炎は強さを増していく。
そんな時、突然先生はラスティ君に問いかけをし始めた。
もはや問いかけというより…こういうのを矢継ぎ早というのかも。
「ねぇラス、あなたは、あの家に産まれなければ、どんな人生を送る事ができたのかしら?」
「え?」
「あなたはこの一族に産まれ、しかもその力によって人生は既に決まっている。自分を嫌にならなかった?友を羨ましく、憎く思わなかった?」
「先生…」
「あなたは、ここに一生縛られなくてはならない。あるのは、ほんの少しの自由のみ。そして、あなたはユリを利用しようとしたあのじい様を憎んでもいる」
「憎んでなんか」
「そうかしら? ならばユイをここに留めておけばいい。ユイは、あなたの力を恐れない。ユイを屋敷に閉じ込める? それとも、民に恐れられながらも利用され続けた我が一族の復讐をしてくれるのかしら? ユイを隣につれていれば力はコントロールしやすいから可能よ」
煽るような言葉。
──絶対わざとだ。
「やめてください!」
いつもの冷静なラスティ君なら、そんな事わかるはずなのに。
黒い炎は、不規則に動き大きくなっていきそれは膨れ上がり激しく揺れながら量を増していく。
力が乱れていくのが、素人の目でもわかる。
でも、不思議と怖さはまったくない。
それより制御ができなくなってきたのか、ラスティ君の何かに耐えている表情を見て辛くなってきた。思わず一歩を踏み出そうとしたら。
「ユイ、出ないで」
「う」
その鋭い声でなんとか踏みとどまった。背中に目でもついているのかな。あっ、微かにガラスが割れる様な音が。その音は置かれたブローチから。
やっぱり駄目だったの?!
「やっぱりこっちのじゃないと難しいか」
ラナ先生は、そう言うといつ取り出したのか手には同じブローチが。それを中央へ投げた。
ヒュン
一瞬で黒い炎が消えた。
…魔法みたい。あっ、そもそも魔法か。
なんだか此方にきて段々感覚が麻痺しているのかも。
「これは…」
私よりも驚いているのはラスティ君だった。
綺麗な大きな目がさらに広がりこぼれおちそうだ。
「流石私。上手くいったようね」
先生は、中央に転がっている二つのブローチを取り上げた。私は、足元の光が消えたので膝をついて荒い息をしたラスティ君に急いで近づき声をかけ肩に触れようとしたら、手で制された。拒否されたとちょっとショックを受けたら。
「汗がつきます」
違ったようで、ほっとした。
あれ? なんで安心したんだろう。
「ラス」
「はい」
「コレは、ユイの髪とユリの気が入った物で出来ている。予備も含め二つある」
そこで先生はラスティ君の襟首を掴み無理やり立ち上がらせた。先生は、あんなに細いのに何処にそんな力が? その手は襟首を離さずギリギリと締め上げた。
「グッ」
「ラス、アンタは弱い。身体じゃなくて心が。力に対して器が小さいのは、小さくしてんのはアンタ自信なんだよ」
先生の手は急に離された。
ラスティ君は、ドサリと剥き出しのコンクリートの様な床に崩れた。
「ラス、力は、過去は変えられない。だけど、そこからは変えようとすれば少しは変わるかもよ? 器に入りきらないなら器を大きくすればいい。アンタ次第よ」
「…はい」
ラナ先生の声は、優しかった。
私、ここにいる必要ないんじゃないかな。二人の入り込めない空気に、なんか悲しくなった。
✻~✻~✻
「えっとお邪魔しました」
「お邪魔じゃないわよ~!いつでもいらっしゃい」
「はい」
私は、ラナ先生に挨拶をしてラスティ君が乗ってきた馬に乗り、というか乗せてもらい二人でラグナスさんのお屋敷に向かった。
私は、馬の上でさっき別れたラナ先生の呟きが気になっていた。先生は「会うのはいつになるやら。だいぶ先かしら」と確かに言っていた。
しばらくして距離の感じだと、もうお屋敷につくかなと思っていたら何故か今では見慣れている景色の場所にいた。
「降ろします」
先に馬から降りていたラスティ君が、私が返事をする前に脇に手を差し込まれふわりと地面着地していた。
「ラスティ君? お屋敷に帰るんじゃないの?」
私は、無言のラスティ君に手を掴まれ裂け目に連れていかれた。裂け目の目の前に到着すると細く長い指がスルリと離れて。トンと背中を押され、前に一歩出た私が振り向けば。
「ラスティ君?」
なんで、そんな泣きそうな顔をしているの?
私は、ラスティ君に笑って欲しいのに。
「さよならユイ」
黒い炎は私を柔らかく包んだ。私の意識はそこまでだった。
私は忘れてしまった。
あの花畑の景色も。
ラスティ君の泣きそうな顔も。
──全て消えた。
10
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
私は王子のサンドバッグ
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のローズは第二王子エリックの婚約者だった。王子の希望によって成された婚約のはずであったが、ローズは王子から冷たい仕打ちを受ける。
学園に入学してからは周囲の生徒も巻き込んで苛烈なイジメに発展していく。
伯爵家は王家に対して何度も婚約解消を申し出るが、何故か受け入れられない。
婚約破棄を言い渡されるまでの辛抱と我慢を続けるローズだったが、王子が憂さ晴らしの玩具を手放すつもりがないことを知ったローズは絶望して自殺を図る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる