32 / 64
32.ラジの呟き
しおりを挟むブウンー
「ラジ」
「リューか」
「今日だよな?」
「ああ」
「何があった?」
ガキン!
「っと!俺に八つ当たりするな!」
「別に普通だが」
リューは、文句を言いながらも俺の一撃を軽々と受け止めた。
今日は、地の国に向けて出発の日。
俺は、いつも通りの日課として訓練所で体を動かしていた。国を出た事はすぐに露呈するだろうが、それが遅ければ遅いほど良い。その為に今、日課をこなしている。
否。
それだけじゃない。昨日、俺は彼女に何をした?
この、これからが一番危険で重要になってくる時期に。
深夜、夜会も区切りがついた為、念のためにユラの部屋へ寄ってみれば彼女の気配がなく、遠慮気味にドアを開けてみれば唸るヒュラウ、ノアだけだった。
気配を探る網を広げてみれば近くの部屋にユラはいたが、何故か不思議な動きをしていた。
月明かりの中、舞いのようだが違う。確か、神器の穢れを祓う際に遠目からは見たが。
緩やかだが力強い。
動いているが静だ。
ユラは、俺の事を彼女の世界の動物に例え、しなやかで美しいと言っていたが。
それは彼女の方だろう。
思わず見とれて最後まで見てしまった。
「あまり考えないようにしてたんだけどなぁ」
自分が盗み見たようで気まずくなり驚かせないよう静かに声をかけてしまった。
それだけじゃない。
彼女の呟きがあまりにも悲しそうだったのもある。俺が声をかけたその瞬間、彼女は飛び起き構えた。右手に細くも先が鋭い髪飾りを握りながら。
その姿は、まるでラガーテのようだった。
我が国にはラガーテという動物がいる。
夜行性で単独行動を好むこの動物は滅多にお目にかかれない。以前、ユラに姿形を説明すれば、シカという動物に似ているらしい。だがシカと大きく違う点があった。
ラガーテは飛ぶ。
黒く艶やかな翼を広げ、それは魔力を翼に溜めて蒼白い光を放つ。
一度だけ間近で見たラガーテ。
決して大きくはないのだが、何故か動けなかった。もっと接近できたはずだったのに。
気づいた時には、崖から飛び去っていく後ろ姿。
見惚れた。
だが、ユラはラガーテのようで違う。ラガーテから感じたのは孤高であり揺るがない強さ。
本当の、本来のユラは弱い。
弱音を出したくないのだろう。絞り出すように泣いた姿を見たのは一度きり。
そんな彼女が今、弱さを出していた。
また一人で。
俺の気配を訓練しているのに感じなかったと悔しそうに唇を尖らす。
そして、いつもと違う俺の服装に気づき、彼女は俺をカッコいい? 褒め言葉らしい、その台詞を何度も繰り返したと思ったら、再び表情が曇っていった。
耐えられなくなった俺は、先程の彼女の言葉の理由を無理やり聞き出した。
前の恋人に対してではなかった。何故かそこでほっとする自分がいた。
俺は、この、なんともいえない気持ちを消す為に踊り誘った。最初は嫌がっていたが、彼女の表情をみれば楽しくなってきたのが分かる。
触られるのが馴れないのか照れているユラを見て何かが外れた。
それでも頬に軽く触れただけだ。
挨拶のようなもの。
なのに。
俺の鼻は彼女の匂いを、手は彼女の指の細さを、唇は…頬の柔らかさを知った。
リューは、"ほっとけない、面白い"
俺はー。
ガキン!
「何か言ったか?」
「いや。リュー、単独になるが気をつけろ」
「ああ。まだ死ねないしな。そろそろ先いくわ」
「ああ」
リューの背を見ながら考える。
「俺は…ユラの全てが欲しい」
今、自覚した。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
私、異世界で監禁されました!?
星宮歌
恋愛
ただただ、苦しかった。
暴力をふるわれ、いじめられる毎日。それでも過ぎていく日常。けれど、ある日、いじめっ子グループに突き飛ばされ、トラックに轢かれたことで全てが変わる。
『ここ、どこ?』
声にならない声、見たこともない豪奢な部屋。混乱する私にもたらされるのは、幸せか、不幸せか。
今、全ての歯車が動き出す。
片翼シリーズ第一弾の作品です。
続編は『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』ですので、そちらもどうぞ!
溺愛は結構後半です。
なろうでも公開してます。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる