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30.出発の前日に
しおりを挟む『お姉ちゃん~、起きないとヤバイんじゃないの?』
面倒そうな妹、麻里まりの声。
妹よ、あと5分だけ。どうやら揺すられたようだ。
おっ。
いつもなら毛布を剥ぎ取られるか枕を引っこ抜かれるのに。
今朝は、いやに優しいじゃないの。
やっと姉を敬う気になったか。
「ユラ様」
声が違う。
一気に覚醒した。
「いつもの起床時間を過ぎておりましたので」
「あ、ありがとうございます」
勢いよく起き上がれば、リアンヌさんが申し訳なさそうにしている。
「ご飯お願いできますか? お腹すいちゃいました」
「あらあら。こちらに直ぐお持ち致しますね」
「すみません。ありがとうございます」
私は、なんとなく話を逸したくて朝食をお願いした。案の定、察しの良い彼女は何も言わず食事をとりに帯出した。
「なんか寝言とか喋ったかな」
心配りが行き届いているリアンヌさんがさっき見せた表情だとそんな感じがする。
タンタンッ!
ふいに頭上から軽快な音がした。
「キュー!」
「ぶっ!」
「ノア~! 顔にダイブしないでよ!」
「キュゥ」
高い場所にある窓の縁から飛び降り、私の顔にダイブしてきたノアをべりっと剥がす。
「まぁ、分からないでもないけどさ」
私に注意され、しっぽが元気なく垂れ下がるノアの頭を撫でながら吹き抜けの天井を見上げた。窓が沢山あるので室内はとても優しい光が降り注ぐ。
今、寝起きしている場所は、いつも借りていた部屋ではなく、お城近くに建てられている離れである。
何故か?
それは、動きを探られない為だ。さも、優雅にのんびりしていますを装い実は行動しているみたいな。
オルゴールを使った結界は、ちゃんと作動しているらしいけど、内通者が本人はそう気づいていなく例えば疑いたくないけど子供とか、実は情報を流していたとしてもおかしくないじゃない?
まあ、少しの時間稼ぎにしかならないだろうけど。
「着替えなきゃ」
とりあえずベッドから足を出し立ち上がろうと腰を上げた時。
「あたた」
脇腹や腕が痛い。いや原因はわかってる。
「大丈夫ですか?」
「はい。ただの筋肉痛なので」
朝食のトレーを手に入ってきたリアンヌさんに声をかけられたので、心配しないようにすぐに大丈夫と答えた。
最近、彼女は本当に過保護なのだ。
「ありがとうございます」
「明日から寂しくなりますわ」
食後にお茶を用意してくれたリアンヌさんにお礼を伝えれば、そう言われた。
そう、明日やっと地の国グラーナスへ向け出発する。色々準備もあって思っていたより出発する迄に時間がかかった。
「また戻るので」
私は、行儀悪く椅子の背にもたれながら愚痴る。
「正直ひきこもってるのも限界なので。また戻ったらご迷惑だと思いますが、お願いします」
「あら、私は楽しくお世話をさせて頂いておりますよ。少しお転婆さんの所が心配ですけれど」
「えっ、そうですか?」
そんな事ないはずと反論したらクスリと笑われた。う~ん、リアンヌさんにはあらゆる面で敵わない気がする。
「今日の予定は何だっけな」
明日、一緒に出かけるメンバーと皆集まったら不自然なので個別に少し会って話をすると約束していたくらいかな。
「昼寝でもしよっかな」
起きたばかりなのに、もうベッドに戻りたくなった。
***
「寝れなぞ」
たっぷり寝ておいたほうがいいのに、そんな夜に限って眠気がこないものよね。
「ちょっと体、動かしてくる」
側で丸くなり寝ているノアにそのまま寝てていいよと小さく声をかけ、ベッドからスルリと抜け出した。
私は、とある扉をそっと開けた。20畳くらいだろうか。ガランとした何もない部屋で窓からの月明かりの中、太極拳をして最後に礼をした後、床に寝転んだ。
『お姉ちゃん』
今朝の声をふと思い出した。
「なんだかなぁ」
不意討ちは少しきつい。
「あまり考えないようにしてたんだけどなぁ」
「何を?」
「!」
私は、飛び起きて声のした方へ向き構えた。
構える前に気づいたけれど見れば、やはりラジだった。
「というか気配が全くしなかったわ。結構頑張ってるんだけどな」
最近では筋肉痛になるくらいは訓練しているのに。
「癖でつい。驚かせてすみません」
少しすまなさそうに言いながらラジは近づいてきた。
ドア付近の真っ暗な位置から月明かりが差し込む窓の近くに来たので彼の顔がよく見えた。
相変わらず、整っている顔…あれ?
今日のラジは、前髪を上げ、詰め襟で膝くらいまでの丈が長めの服に腰には複雑で派手な飾り帯を締め、胸には太く平たい金の土台に紺色の宝石が幾つか埋め込まれた重たそうなネックレス。
「ああ、この格好ですか? 今夜は、ラキア王女の誕生日の祝いがあったので」
私が、ガン見していたのに気がついたのか説明してくれた。なるほどね。
ラキア王女とは、水の国の王様の娘さんだ。
確か一人っ子らしいからパーティーはさぞや盛大に行われているだろう。
~♪
「そういえば、微かに楽器の音がする。ホント別世界だわ」
ダンスとかしたり、オホホ、ウフフみたいな感じかしら。無縁な生活だからサッパリわからない。
ん? 急に腕を引っ張られた。
「ラジ?」
「興味がありますか?」
そう彼は言うなり、私が返事をする前に腰に手を回してきて、もう片方は私の手を軽く握った。
「…近い」
「こうしないと踊れないので」
「そうじゃなくて、ダンスなんてしたことないから!」
決して強くされているわけじゃないのに腰に添えられた手は、ちょっと体をひねったくらいじゃ離れなさそうだ。動揺しているうちにいきますよと始まってしまった。
「上手ですよ」
操り人形のように動かされ、クルリとターンをさせられた。
この人上手いな。弱点はないのか?
「女性はこうします」
最後の礼の仕方を教えてもらい終了した。
うん。足を踏まなかっただけでも優秀だよね。
しかし、ダンスってかなり相手と密着じゃない。違う汗をかいたわ。
「で、何を考えないようにですか?」
「えっ」
ダンスが終わり手が離れていくはずが、何故か握られ再び引き寄せられたので彼の胸辺りにぶつかりそうになり慌ててラジの胸に片手をついた。
彼が見下ろしているのは気配でわかる。理由を言うまで手を離す気はないんだろう。
そういうちょっと頑固そうな一面が彼にはある。
「妹の声を夢で聞いただけ」
「あとは?」
「あと?」
意味が分からず思わず聞き返えした拍子につい見上げてしまった。うっ美形オーラ全快じゃない。髪をオールバックにしているからか、もろに視線が絡む。
「指輪…元の恋人のことは?」
「──貴方には関係ない」
何故指輪の事を知ってるの?私、そんな話をしたっけ?
いいえ、何も言ってない。じゃあ、もしかして光とか?
「気になる」
「は?」
ぐるぐる頭の中で考えていたらラジが頭上から呟いた。
「ちょっと」
顎あごに手が伸びてきて、ゆっくり上に向かされた。
「自分でもわからない。ただ、気になって仕方がない」
貴方がと呟くと、ラジの顔が近づいてきて。
──頬にキスをされた。
何これ?
動揺する私の耳には微かにまたダンスが始まったのか音が流れてくる。
ラジに耳元で風邪をひかないよう早く休むように言われ気がつけば肩にブランケットをかけられ、部屋には私1人。
「…もやもやするじゃない!」
何なのよと私は既にいないラジに文句を言った。
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