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9.今までの自分と決別
しおりを挟む私は、挨拶もおざなりに直ぐにお願いしたい事を春の神エレールに話す。それを聞くと彼女は、神らしからぬなんとも悪そうな顔をした。
「ふぅん~。馬鹿ではなさそうね」
でもと私に近づき顎をあげられる。
「それって都合が良すぎるのじゃなくて?」
想定内の反応だ。無理だろうなというレベルから交渉をしかけているのだから。
仕方なく少し食い下がるようなフリをしてみるか。
「それでも与えすぎなんだけど。まぁ、ラナールが珍しく絡んでるし。どうしようかしら。そうね。不足分はそれで貰おうかしら」
彼女が欲しがったモノは大したことないモノで。ちょっと意外だわ。
「こんな物を?」
「お前の気が集まっていて面白いもの」
それで済むならお安いものだ。
「じっとして。おまえ、私に楯突く気?別になにもしないわよ」
唸るノアをシッシッと手で払う神様は、まるで近所に住んでいる煩いおばさんの仕草にそっくりだった。なんだか気がぬけるわ。
風が急に吹き、ザンッといい音がした。
「気が向いたら助けてあげてもいいわよ。私も興味がでてきたしね」
別れ際、春の神は私の頬を細い指で撫で耳元で囁いた。ゾワゾワするから止めてほしい。
「本当の苦しみを、憎しみを知らないお前はどこまでできるかしら?最後までその心が濁らずに済むとよいけど」
強い花の香りを残し風と共に春の神エレールは去った。
「意地悪なのか親切なのか。良く分からないな。あら、どうしたの?」
肩によじ登ってきたノアを撫でながら言われた台詞を反芻する。
「エレールの言葉、一理あるかも」
私は自分の帰るという目的の為に、これから何人、いいえ、何百、何千の人の命を奪うのかもしれないのだから。
首に掛けていた笛を吹き私はラジウスさんを呼んだ。
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