上 下
16 / 17

16.調子、狂うじゃんか

しおりを挟む
 なんか、もう面倒だな。会話が長引くと億劫になるのは自分の改善すべき箇所だけど、こればっかりは無理だ。

「それとも、ダックスではなく元の世界の想い人が忘れられませんか?」

 しかも見当違いな事ばかりでゲンナリする。そうだとしたら、貴方に何の影響があるの?ないでしょ?

「逆にそちらはどう思ってきたんですか?奥さんを犠牲にして私が存在しているという現実について」

……あぁ、やってしまった。踏み込みすぎたと思った時には手遅れだ。

「すみ」
「謝る必要はありません。我が国は、マリエル様の命と夏様の未来を犠牲にして救われました」

 淡々としている表情は逆にとても仲が良かったんだろうか。私は、お姫様について、とても美しく聡明だったという、いわゆる教科書に載るような表面的なモノしか知らない。

「マリエル様は、隣国に想う方がおりましたが、情勢が不安定だったのもあり安定してから婚約を公表する手はずだったのです。ですが、王位争いに敗れた王子は毒殺されました」

 ドラマではなく実際にあった過去の出来事というのが冷たい言い方になるけれど、現実味がない。

「表向きには、病死となっています」

 この国だけではなく、他国も弱肉強食だなぁ。

「随分前から、それだけ切羽詰まっていたのか」

 小国の場合、特殊な魔法石など採掘場や特産品あれば潤うだろうが、それだっていつかは枯渇するだろうし。最終的に戦になれば自給率が高い国がより生き残れるだろう。

 まぁ、武力もないと一瞬で支配されるか。あとは国の位置も重要だよね。攻めやすいか、攻めにくいか。

「ついでに近隣諸国しか知りませんが、貧富の差が激しい国ほど一気に崩れていくなとは感じますね」

 他国との国取り合戦より内乱が多発し、それは自滅に繋がる。

「というか、何の話をしていたんでしたっけ?」

 この押し倒されている状況を除けばまるで勉強会のようになっている。

「私達の今後についてですよ」
「うわ」
「重かったですね」

 いきなり抱き起こされ、膝の上に座らせられた。しかも、こっちのが余計に密着している。

「夏様、マリエル様の為にもお伝えしたいのですが、彼女とは書類上のみで

 互いに触れ合うという事はありませんでした。また、既に婚姻時には体調が悪化しており手の施しようがなかった」

 何処か具合がわるかったという話は知らない。

「以前、夏様には、召喚の際には膨大な魔力が必要になると言いましたが、そもそも魔力とは後から得られるモノではない。普通は、その身に合う魔力量を持っているのです。ですが、稀にいるのです。少ない分には問題ありませんが」

 お姫様は、自身の魔力に耐えきれなかった。

「そうです。マリエル様は、魔力を吸収する魔石を常に身につけておりましたが、所詮気休め程度。成長に伴い内側から傷つき始めた頃、彼女は国庫に眠っていた召喚について記された古書を見つけました」

 自分の命と引き換えに強い者を喚ぶことが出来たなら、泥沼化していた戦に終止符が打てるかもしれないと。

「召喚の時、その身が指先から砂になりながらマリエル様は笑みを浮かべていました」

 そう言いながら彼の口角が微かに上がった。

「彼女は、最期まで王女でした」

 誇らしげのように聞こえるけれど、眼の前の彼は、どう見ても悲しんでいた。

「納得、してないんですね」

 伏せ気味だった紫の目が此方に向いた。

「王女が、幼い時から苦しんできたのを間近で見てきました。ですが、自ら進んで砂になる姿を見たくなかった。勿論、止める事も出来ました。ですが……今も正しかったかは、分かりません」

 彼は、会った頃とブレることなく迷いなく判断する。何十人、何百と隣国の捕虜の処分を下し顔色を変える事はない。

その彼がと意外だった。

「グレードさんにとって、マリエル様は大事な人だったんですね。あ、今もだろうけど」

 うーん、気の利いた言い回しとか私にはハードルが高い。

「お姫様は、幸せだと思いますよ。おそらくですが、まぁ、一緒になれなったけれど王子様のような本気で好きな人がいた。グレードさんみたいに、ずっと記憶してくれている人がいる。この世界に来て思ったんですが、生きるって長さじゃなくて、濃さな気がします」

充実度っていうのかな。

「まぁ、考え方は人それぞれだけど、フグっ」

 背中に回された腕の強さが一気に増して呼吸が苦しい。あ、言い方が気に入らないとか?

「あの、私に素敵な言葉を期待するのは無理だから」
「有難うございます」

え?

「貴方に…夏様に会えた事をマリエル様に心から感謝しています」


……泣くのは自由だけど、なんか調子狂うからやめてよね。



 肩に乗っかってきた、ちょっと重いけどサラサラと指通りの良い髪を感じながら頭をナデナデしてみた。

 うん、お上品な大型犬のようだ。

 撫で疲れた頃、やっと肩から重みが消えたと思えば。

「夏、納得されたと思いますので、あの婚姻届の用紙に名前を記入してもらえますか?」
「それとこれとはわけが違うっ!」


調子に乗り過ぎだ!




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。 十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。 途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。 それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。 命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。 孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます! ※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

男爵令嬢に転生したら実は悪役令嬢でした! 伯爵家の養女になったヒロインよりも悲惨な目にあっているのに断罪なんてお断りです

古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
恋愛
「お前との婚約を破棄する」 クラウディアはイケメンの男から婚約破棄されてしまった…… クラウディアはその瞬間ハッとして目を覚ました。 ええええ! 何なのこの夢は? 正夢? でも、クラウディアは属国のしがない男爵令嬢なのよ。婚約破棄ってそれ以前にあんな凛々しいイケメンが婚約者なわけないじゃない! それ以前に、クラウディアは継母とその妹によって男爵家の中では虐められていて、メイドのような雑用をさせられていたのだ。こんな婚約者がいるわけない。 しかし、そのクラウディアの前に宗主国の帝国から貴族の子弟が通う学園に通うようにと指示が来てクラウディアの運命は大きく変わっていくのだ。果たして白馬の皇子様との断罪を阻止できるのか? ぜひともお楽しみ下さい。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

処理中です...