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12.生きるとは

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「皆さん時間がたっぷりあるのね」
「嫌だな。貴方に会うために時間を作っているのに」

 滞在中は、私の部屋だと言われた部屋で王子がのたまう。そして彼の顎にはあったはずのモノがない。

「まさか気にして剃っちゃいました?」

 こざっぱりした顔はイケメン度が増したけど、へらりとしているので締りがなく少し残念。

「気に病むなんてないよ。むしろ逆かな」

 彼は、私を囲むように両手を私のすぐ後ろにあるテーブルに付けて覗き込んできた。

「世の中いまやソーシャルディスタンスですよ。あ、倒さないで」

 王子の右腕を上げどかしテーブルに広げられている地図に動きがないかをチェックする。

よし、大丈夫だ。

「聞いた事ないなぁ。呪文みたいだね。あ、そのマスクだっけ? いつも付けてるの? 苦しくない?」

 彼は私のグレーの布マスクをつつく。だから近いんだって。

「俺も気になっていた。万が一危ないからとこもっていた、なんだ隔離期間だっけか。それはとっくに過ぎたんだろう?」

 騎士団長がのんびりしていて国が守れるのかと発言しそうになり、止めておく。この世界の人とは必要最低限の関わりで充分だ。

「そう思うわよね。この普及率だもの」

 この国にもマスクに似た品は実在する。だけど使用しているのは、医療現場で治療にあたる方々と酷い咳などをする患者くらいである。

「私の世界じゃ自分が感染していると仮定するわけよ。だから感染させないように。またはしないように」

こんな布一枚でとは思うわよね。

「でもさ、人は口や鼻、目の周りとか髪の毛とか触るわけよ。それも無意識にかなりの頻度でね」

 目をこするフリや鼻に触れる動きを見せる。

「悪いモノは、口や鼻だけじゃなく目なんかからも入る。マスクをすれば多少触れないじゃない」

 仕事で日常的にマスクを付けてはいたけれど、この新たなウィルスが日常に深く影響していき外出時には付けねばならないという状況になってマスクの意味を考えた気がする。

 まさか勤務外での生活までアルコール消毒やマスクが必要不可欠になるなんて考えもしていなかった。

 爆発的な感染の広がりから半年、それがいまやアルコール消毒は当たり前である。

それに慣れてきた自分も怖い。

「貴方の国では、女性や子供を優先するんじゃなくて高齢の人達を守ったり不思議だなぁ」

 そう。国も違えは世界も違うし考え方は、かなり違いもあるだろう。

「労力に劣る者を優先って、ない考えだなぁ」

 王子が優雅にお茶を飲みながら切り捨てる。

「普通は子孫を残せる女性、またこれからを担う子供が一番の保護対象だよ」

 働けない者は、不用というこの国の王子様に迷いは欠片もみられない。その言葉に私の働いている有料施設の入居者の方々の何名かの顔が浮かんだ。

いらない存在。
そうかもしれない。

──だけど。

「あれ、外出するの?」

 なんか疲れたのよ。貴方がたがいるせいで。

「二人とも、その地図で広くて空気が澄んでる場所あったらチェックしておいて。あ、透明な針は絶対に動かさないでよね。じゃ、よろしく」

 彼らを残し、部屋の住人が出ていくのって、なんか変。

「風にあたりに行かれますか?」

 扉の外で警護してくれていたランクル君が珍しく私を誘った。




***



「む、無理かも」
「もう少し。ほら、着きましたよ」

 ランクル君が案内してくれたのは、お城の上部にある張り出た庭だった。

「気持ちいい」

 ホントに風が顔に強くあたるわ。ただし、急階段を登り続け汗をかいていた私には爽快な風だ。

「此処は昔はガーデニンの発着台だった場所です」

 雰囲気的に何か乗り物としている生き物っぽい。

「あそこに座れる場所があります」

 聞きそびれた私は、石の椅子に誘導されあれよと座り、渡された林檎のミニ版の果実を噛りながら、のんびりと空とその下に広がる町並みや山々を眺めてぼーっとなる。

「よかった」
「何が?」

 距離をとり立っているランクル君の独り言のような小さな声に聞き返したが、彼は無言で少し微笑んだ。

「あー、なんか勝手に重い方向を考えちゃったんだよね。社会に貢献できなくなったらポイみたいな言い方にムカついて。でも、介護職にいるとさ、思うんだよ」

 無言のままでいてくれるランクル君は、賢い。

「長生きはしないほうが周囲は幸せなんじゃないかってね」

でも、悲しいわ。

 何がってこんな答えしか出せない自分の心の狭さが。

「何、笑ってるの?」

 ランクル君の顔は、さっきよりなんかラフだ。

「いや、安心しました」

会話がかみ合わなくて分からない。

「貴方も俺達と同じヒトなんだなと」

 背後にいたランクル君は、いまや私の目の前に立っている。背は高くがっちりしてはいるけど顔は、いくぶんか幼い。なのに目を見ると老成しているように感じる。

「なんで今なのよ。あとソーシャルディスタンスだから」

 顔を傾けたランクル君は、私の唇に触れるだけのキスをした。離れていく瞬間、彼は照れたのか顔がほんのり赤く乙女だ。

いや、そうじゃない。

「たまには婚約者らしい事をしてみようかと」
「せんでいいわ!」

 間髪入れずに切り返せば、くすくすと声を出し笑っている。

「タカミヤ様」
「……かなでいいわよ」
「カナ様?」

なんで疑問系?

 首を傾けながら何度もかなと呼ぶ姿に私まで吹き出した。


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