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1.僕の初恋は
しおりを挟む「じゃあ、今日はここまで。次は最後まで弾いてきてね」
「はい。ありがとうございました」
僕は、楽譜をはずして先生にお辞儀をし、椅子から降り鞄に楽譜をしまった後、いつものお願いをした。
「あの、猫を見てもいいですか?」
「もちろん。多分、美和ちゃんが来ているから呼んでもらえるかな」
「はい」
荷物を持って部屋から出ると右の廊下の先には引き戸があり、僕は一度ノックし返事を待つ。でも、その間にもにぎやかな話し声は聞こえている。
「どうぞ」
「失礼します」
中から返事をもらったので、引き戸をゆっくりひくと、すぐ近くに置かれた大きな長方形の木のテーブルがあって椅子には年配の女の人、先生のお母さんと、その正面には制服を着たお姉さんがいた。
「こんにちは」
「こんにちはっ」
僕が二人に挨拶をすれば、お姉さんからも元気な挨拶が返ってきた。
「あ~行かなきゃ!せっかく乗ってきてくれたのにな~」
僕の次はお姉さんのレッスンなので伝えなくても分かっているお姉さんは、残念そうに自分の膝を見下ろし、そこにでんとまるくなり目をつぶり寝ている白猫、桜の頭をそっと撫でると抱き上げ床にゆっくりとおろした。
降ろされた桜は、そのまま床に転がり伸びをした。夏なせいもあるのか、なんともだらしない姿だ。
「あらあら。真っ白になっちゃったわ」
「全然気にならないので。あっ
、でもピアノによくないか。やっぱり借ります!」
先生のお母さんが、埃とりをお姉さん、美和さんに渡し、受け取った美和さんは、紺色の制服にちらばっている沢山の白い毛を大雑把にとると、よしと呟きこちらを向き。
「猫好きはこんなの気になんないよね!むしろ膝に乗ってくれて嬉しい!ね!」
「…はい」
なんとなく「はい」しかないように思えた僕は逆らわず賛同の返事をすれば満足したらしく、お姉さんは、ふにゃりと笑った。
「あ~ヤバい。練習サボりぎみで。颯そう君、耳ふさいでて!あっ紅茶ご馳走さまでした!」
美和さんは、慌ただしく挨拶をして引き戸の近くの壁に置かれていた鞄を掴むと。
「じゃあ、またね!」
手を振り元気よく去っていった。
床に伸びていたはずの桜がいつの間にか僕の足元で体をこすりつけてきた。
「颯君、紅茶でいいかしら?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
僕は先程まで美和さんが座っていた椅子にこしかけた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
出された背の高いグラスには、氷がたっぷり入った少しだけ甘いアイスティー。僕は、既にグラスにささっているストローに口をつけた。
先生のお母さんは、夏はアイスティー、冬は温かいミルクティーかストレートの紅茶をだしてくれる。そしてこの家には、今は桜しかいないけど、もう一匹同じ白猫の桃がいる。
レッスンが終わった後の、ほんの少しの時間。
だけど僕にとっては、とても大切な時。
でも、半年前から変化した。
さっき会った美和さんだ。
塾の日にちを増やした為にレッスン日を変更した半年前くらいから会うようになった。
そして僕は、あの台風のようなお姉さんに。
──恋をしている。
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