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14.朝から疲れたわ

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「アンタが噂の騎士さんか?」

 騎士にそれも貴族にそんな態度をとるなんて! 罰せられてもおかしくないアズの態度に私は焦った。

「アズ! そんな言い方は、よくないわ!」
「こんな物を付けさせた奴が騎士だなんてな」

 掴まれた手首をそのまま引っ張り注意するも効果はなく逆に挑発するような視線をライル様に送っている。

「なんとでも言うがいい。その手を離せ。お前が触れている彼女の腕を見てみろ」

 睨みあった二人だけれど、ライル様の言葉にアズが私に視線を移し、それは私の手首へ。

「あ…」

 ゆっくり離されたそこは、大きな手の跡が浮かんでいた。その同じ手が私の頭上に移動してきて。ついビクリと肩を動かしてしまった。

「マリー」

 アズが悲しそうに私の名前を呼んだ。私は、視線を下げたまま小さな声しか出なかったけれどハッキリした口調でアズに伝えた。

「いつものアズは好きだけど、今日のアズは嫌だ」

 アズの手が離れた私は数歩下がった。

ほんの少しだけ怖かった。

「マリー、暫くいるから返事を聞かせて」

 何も言わない私にそう言うとアズは帰っていった。

 その後ろ姿を見て久しぶりに会ったアズなのにと悲しくなった。でも、身体はアズが離れていくと強張りがとれたようで、私はふっと息をはいた。

「大丈夫か?」
「あっ」

  すっかりライル様の事を忘れていたわ。

「ごめんなさい! いつもはあんな態度なんてとらないはずなのに」

 見上げて謝れば、ライル様の眉間は更に険しくなった。彼は無言のまま白い手袋を片手だけ外し、その手は柵越しにゆっくり伸びてきた。意味がわからず、見上げて目で問えば。

「左手を」

 ああ、ブレスレットを外してくれるのかと私は左手を彼の伸ばされた手まで近づけた。

「失礼」

 ライルさんが触れた手からじんわりとした温かさが伝わる。術をつかってくれたのか鈍い痛みが引いていく。

 そして直ぐにその温かさが消え、手首の痕もなくなっていた。もう少し温かさを感じていたかった。

今、何を思ったの?

 慌ててライル様にお礼を伝えた。

「ありがとうございます。あの」

 離れていった手が、また伸びてきてブレスレットの鎖に触れた。

「もう、外れるだろう」
「何の術をかけていたのですか?」
「危害を加えられそうになった場合に発動する」

 大雑把な説明だけど、私が危険だとブレスレットがライル様に知らせたということかしら。

「何をなさっているのですか?」

 ライルさんの右手は、私の耳に、小さな耳飾りがついた所に触れていた。

「これには貴方が本当に身の危険の際に発動する攻撃魔法が組まれているようだが」

耳元に何かが。

「強化した。それは外してくれ。一人暮らしと聞いて役に立つようにと思い渡したのだが。逆に怖い思いをさせてすまなかった」

 ブレスレットのかわりにって事かしら。

「何故そこまで?」
「あのくす…言葉が出ない?」

 私は戸惑っているライル様に伝えた。

「お店に関係する事は、あの空間以外で話すことはできないそうです」
「…そうか。夜とは違うな」

 何か口を開きかけ言いたそうだったけど止めて家を見上げながら呟いた。

そうですね。

 マリアージュの扉は家の裏側に位置する。それだけではなく、マリアージュの扉は特別らしい。その一つは人によって見え方が違うと言われている。

 ある人には粗末な木の扉、ある人には見上げるほど大きな立派な扉だったりと。こんなにも曖昧な言い方しかできないのは理由がある。

 外から見れば壁なのよね。中からはドアがあるのに、外は壁。少し他の家より変わっているかとは思っていたけれど、最近の出来事といい少しどころじゃないわ。

我が家は本当に変わっている。

 なんともいえない表情をしているライル様に私は明るい声で話しかけた。

「焼き菓子を作るので今夜、宜しければいらして下さい」

無理なはずだと思って誘った。

 だって今日は、花祭の日だから。暖かい春の訪れに感謝をするこの祭の時、町は人で賑わうから騎士のライル様だって忙しいはず。

形だけの誘い。

 だって何か話したそうだったから。でも、今はアズの事といい、自分の事だけで手一杯だわ。

「ああ。伺おう」

えっ?

……どうやら上手くいかない事だらけらしいわ。

 何故かいやに嬉しそうに微笑むライル様を見てそう思った。


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