9 / 14
9.お父様の生い立ち
しおりを挟む「また此処へこられたのも何かの縁ね。お嬢さん。少しだけ、このおばあさんの話を聞いてもらえるかしら?」
老婦人は、そう言いいながら微笑みをうかべると温かさをもらいたいかのようにカップを両手で包みこむ。
やっぱり誰だか分からないけれど悪い人には見えないわ。
それより、まだ寒いのかしら?
あっ、調度いい物があるわ。
「お話は伺います。けれど少しだけ待って頂けますか?」
私は奥の小さなコンロがある場所へ向かい鍋の蓋を開けた。そしてさらに中に入っている数個の陶器の器の内の1つを取り出す。手に伝わる温度は、食べ頃だと教えてくれている。
「お待たせしました。召し上がれそうでしたら。胃に何かを入れたほうが身体が温まるかと思います」
私は木のスプーンを添えて老婦人の前に出した。
「温かいわ」
老婦人は器を受け取ると嬉しそうに蓋を開け、一口食べると今度はまるでいたずらっ子の様な表情をし、ふふっと笑った。
「懐かしい。この茶碗蒸しは、私が作った時と同じ味がするわ。すも入っていないし、見た目もとても綺麗にできていているわ」
そう言うとゆっくりと食べ始めた。今日、用意した品はチャワンムシ。
一番重要なのは、ダシという便利屋さんからくるコンブと小魚を乾燥させた物で作ったスープ。それに加える卵は、丁寧にこしている。その二つを混ぜておき、蓋つきの器には小さく切り火を通した鶏肉のマグーとシイタケの代わりにはニルという乾燥させた茸。最後にミツバという葉の代わりでヤイルの葉をさっと茹で数本をまとめ結び固まったチャワンムシの上に添えた。
本当は他にも代用品がなくて残念なカマボコという魚をすって固めて蒸したものやギンナンという実、ユリネという球根などが入る。
残念ながら、この町でも似たような実や球根を手に入れるのは可能だけれど時期的に難しかった。
最終的に蒸すのだけど、特に最後の火の通し方が変わっていて二段式の鍋の下には水をいれ上には器を入れ蒸すのだ。
一番上の底は幾つもの小さな穴が空いている。そして、老夫婦が言った"す"とは気泡、穴ができてないという意味。
中の温度をいっきに上げてしまうと、卵だけが早く固まりブツブツと表面に穴ができ見た目が悲しいことになるのよね。
そんな作り方より、私も流石に分かったわ。
食べ終わる頃を見計らい、私は聞いた。
「以前この部屋に滞在された方ですか?」
「……ええ。夢だったのではないかと思うくらい前に」
やっぱり。
チャワンムシなんて名前を知っている人なんていないもの。
「ご馳走様。おいしかったわ。久しぶりに食べ物を食べることができた」
「具合が悪いのですが?」
つい気になり聞いてしまった。
「数日前から物を口にいれる事ができなかったの。だから食べたり、ふらつきながらでも歩けた事は奇跡だわ」
そんなに具合が?
確かに細く痩せているけれど…。
老婦人は、自分の存在を確めるかのように、体や腕を軽くさすりながら、こちらに顔を向けた。
「私の残りは多分あと1日か2日くらいかしら」
どうして?
「何故そんなにも穏やかな笑みをうかべられるのですか?」
私なら、そんな余裕な顔なんて無理だわ。
「そうねぇ。久しぶりに食べることができて、美味しいと感じることができたから。でも一番は、この部屋に来られた事かしら」
首を傾げながらのんびりとした口調の老婦人。
その姿を見て私は、わけもなく苛立ち、つい強い口調で聞いてしまった。
「貴方は、父が好きだったのですよね?すでに父はいないのに何故いらしたのですか?」
この店で出す食事の数々の品の作り方を教えた人で、お父様の事が好きだったというのもわかったわ。分からないのは、何故今なのかしら?
老婦人は、首から気づかなかったけれどアクセサリーかしら?それを外し、ソファー前にあるテーブルに置いた。金の鎖にの先には、とても小さな蓋のない懐中時計がついているようね。
「裏返して見てみて」
私は、高価そうな品に素手で触れていいのか悩んだが、そのままそっと手に取り裏返した。
そこには、中央に竜の姿が彫られ縁取るように周りに字が刻まれていた。比較的新しく刻まれているのは。
「ルドルフ、メイリーン、サキコ」
お父様、お母様の名とサキコ?名前よねきっと。あとは…彫られたのが古いのか薄れて読みづらい。
「えっと…息子ルドルフへ。ヴィアイン・ライグ・ラ・アーヴィナル──父より」
アーヴィナルは、今いる国の名前だけど。
息子って…?
懐中時計を持っている自分の手が震えてる。
「大丈夫?」
老婦人がそっと両手で私の手を包んだ。手をさすり気遣いながらゆっくり教えてくれた。
「サキコは私の名前で、ルドが私達の名前を彫ったわ。聞いたのは大分昔だけれど、ルドは、王族、国王の弟の子供だと言っていた」
「えっ、代々この副業と場所は移動してるけど食堂を経営していたって…」
「嘘よ。それと親族が誰もいないと聞かされているかもしれないけど、多分今も生きている」
何よそれ!
「嘘だわ!」
怒鳴るような声。
誰?
ああ、私だ。
私がこんな酷い声を出すなんて。
「そして最後の魔法使いの一族達は、竜と共に暮らしているはず」
お父様、どうして話してくれなかったの?
何故、見ず知らずの方からこんな話を聞かされなきゃいけないの?
知りたくない。
「詳しく話してもらえますか?」
心とは裏腹にサキコさんという老婦人にお願いしていた。
自分の目から涙が流れているのも気づかずに。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる