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9.お父様の生い立ち

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「また此処へこられたのも何かの縁ね。お嬢さん。少しだけ、このおばあさんの話を聞いてもらえるかしら?」

 老婦人は、そう言いいながら微笑みをうかべると温かさをもらいたいかのようにカップを両手で包みこむ。

 やっぱり誰だか分からないけれど悪い人には見えないわ。

それより、まだ寒いのかしら?
あっ、調度いい物があるわ。

「お話は伺います。けれど少しだけ待って頂けますか?」

 私は奥の小さなコンロがある場所へ向かい鍋の蓋を開けた。そしてさらに中に入っている数個の陶器の器の内の1つを取り出す。手に伝わる温度は、食べ頃だと教えてくれている。

「お待たせしました。召し上がれそうでしたら。胃に何かを入れたほうが身体が温まるかと思います」

 私は木のスプーンを添えて老婦人の前に出した。

「温かいわ」

 老婦人は器を受け取ると嬉しそうに蓋を開け、一口食べると今度はまるでいたずらっ子の様な表情をし、ふふっと笑った。

「懐かしい。この茶碗蒸しは、私が作った時と同じ味がするわ。すも入っていないし、見た目もとても綺麗にできていているわ」

 そう言うとゆっくりと食べ始めた。今日、用意した品はチャワンムシ。

一番重要なのは、ダシという便利屋さんからくるコンブと小魚を乾燥させた物で作ったスープ。それに加える卵は、丁寧にこしている。その二つを混ぜておき、蓋つきの器には小さく切り火を通した鶏肉のマグーとシイタケの代わりにはニルという乾燥させた茸。最後にミツバという葉の代わりでヤイルの葉をさっと茹で数本をまとめ結び固まったチャワンムシの上に添えた。

 本当は他にも代用品がなくて残念なカマボコという魚をすって固めて蒸したものやギンナンという実、ユリネという球根などが入る。

 残念ながら、この町でも似たような実や球根を手に入れるのは可能だけれど時期的に難しかった。

最終的に蒸すのだけど、特に最後の火の通し方が変わっていて二段式の鍋の下には水をいれ上には器を入れ蒸すのだ。

 一番上の底は幾つもの小さな穴が空いている。そして、老夫婦が言った"す"とは気泡、穴ができてないという意味。

 中の温度をいっきに上げてしまうと、卵だけが早く固まりブツブツと表面に穴ができ見た目が悲しいことになるのよね。

 そんな作り方より、私も流石に分かったわ。

 食べ終わる頃を見計らい、私は聞いた。


「以前この部屋に滞在された方ですか?」
「……ええ。夢だったのではないかと思うくらい前に」

やっぱり。

チャワンムシなんて名前を知っている人なんていないもの。

「ご馳走様。おいしかったわ。久しぶりに食べ物を食べることができた」
「具合が悪いのですが?」

つい気になり聞いてしまった。

「数日前から物を口にいれる事ができなかったの。だから食べたり、ふらつきながらでも歩けた事は奇跡だわ」

そんなに具合が?
確かに細く痩せているけれど…。


 老婦人は、自分の存在を確めるかのように、体や腕を軽くさすりながら、こちらに顔を向けた。

「私の残りは多分あと1日か2日くらいかしら」

どうして?

「何故そんなにも穏やかな笑みをうかべられるのですか?」

私なら、そんな余裕な顔なんて無理だわ。

「そうねぇ。久しぶりに食べることができて、美味しいと感じることができたから。でも一番は、この部屋に来られた事かしら」

 首を傾げながらのんびりとした口調の老婦人。

 その姿を見て私は、わけもなく苛立ち、つい強い口調で聞いてしまった。

「貴方は、父が好きだったのですよね?すでに父はいないのに何故いらしたのですか?」

 この店で出す食事の数々の品の作り方を教えた人で、お父様の事が好きだったというのもわかったわ。分からないのは、何故今なのかしら?

 老婦人は、首から気づかなかったけれどアクセサリーかしら?それを外し、ソファー前にあるテーブルに置いた。金の鎖にの先には、とても小さな蓋のない懐中時計がついているようね。

「裏返して見てみて」

 私は、高価そうな品に素手で触れていいのか悩んだが、そのままそっと手に取り裏返した。

 そこには、中央に竜の姿が彫られ縁取るように周りに字が刻まれていた。比較的新しく刻まれているのは。

「ルドルフ、メイリーン、サキコ」

 お父様、お母様の名とサキコ?名前よねきっと。あとは…彫られたのが古いのか薄れて読みづらい。

「えっと…息子ルドルフへ。ヴィアイン・ライグ・ラ・アーヴィナル──父より」

 アーヴィナルは、今いる国の名前だけど。

息子って…?

 懐中時計を持っている自分の手が震えてる。

「大丈夫?」

 老婦人がそっと両手で私の手を包んだ。手をさすり気遣いながらゆっくり教えてくれた。 

「サキコは私の名前で、ルドが私達の名前を彫ったわ。聞いたのは大分昔だけれど、ルドは、王族、国王の弟の子供だと言っていた」
「えっ、代々この副業と場所は移動してるけど食堂を経営していたって…」
「嘘よ。それと親族が誰もいないと聞かされているかもしれないけど、多分今も生きている」

何よそれ!

「嘘だわ!」

怒鳴るような声。
誰?
ああ、私だ。
私がこんな酷い声を出すなんて。

「そして最後の魔法使いの一族達は、竜と共に暮らしているはず」

お父様、どうして話してくれなかったの?

 何故、見ず知らずの方からこんな話を聞かされなきゃいけないの?

知りたくない。

「詳しく話してもらえますか?」

 心とは裏腹にサキコさんという老婦人にお願いしていた。

 自分の目から涙が流れているのも気づかずに。




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